社会・経済: ずくなしの冷や水

2016年07月09日

英霊になって、骨壺におさまって帰りたい人は、自民・公明・維新に入れよう!

2016/7/2にぶうさんから寄せられた投稿を掲載する。引用開始。


なんか、三宅さんじゃないけど、選挙フェスト的なノリで、この国を楽しくするために、選挙に行こう?というコメントが、いちばんしっくりきますね。

英霊になって、骨壺におさまって帰りたい人は、自民・公明・維新に入れよう!みたいなね。というか、年金資金、概算で37兆円、株ですっていて、それで参院選挙前に発表できない?という話ですが、そんな自民に入れる馬鹿がまだいることが、爆笑もんでしょうね。

ここはやはり、ムサシの電子開票不正システムが作動か?で、不正が疑われる結果がでたときに、どう反攻するか?野党さんの中の人たちは、ちゃんと考えているのかな?不正を監視するのもだいじだけど、これまでみたいに泣き寝入りするようだったら、個人的には、『野党もグル?』説、確定ということで、それなりの対処を考えます。

私が言いたいことを、鳥取の奥様がほとんど代弁して下さったので、最後にもっと怪しげなことだけを付け加えておくと、個人の変化、家族の変化、地域コミュニティーの変化、地方自治体の変化、日本の変化、極東アジアの変化、アジアの変化、世界・人類の変化、地球の変化、太陽系惑星の変化、太陽の変化、天の川銀河の変化、銀河団の変化、宇宙の変化、、、。

ミクロコスモスの変化とマクロコスモスの変化。物質界の変化と精神界の変化。

目の前の一つのことを行う時に、そのすべてのレベル、次元の変化を含みながら行うこともできるし、ちっぽけな目先のことだけで行うこともできる。

学校教育やらメディアやらの洗脳で、その可能性すら思い浮かばないようにされているけれど、本来、我々は多次元的な存在であり、霊能者であり、霊視者であり、教えられなくても答えを知っているものであり、宇宙の知恵と一体のものであり、また、母なる地球と直接語り合うことのできる存在だと言うことを、思い出す時なんだと思う。

で、その地球母さんに何度聞いても同じ答えがかえってくるんだけど、地球の未来に、原発はいらないって。いらないものを自分のちっぽけな利益のために残そうとしている人たちに、宣言しておくけど、そんなことを続けていると、あなたの未来の地球での居場所がなくなってしまいますよ。

地球母さんとの共同創造。地球という自然の楽園のガーデナーとして、我々人類は招かれてきているのに、その本来の使命を忘れさせられて、うかうかと26000年?過ごしてしまいましたが、そろそろ本来の仕事に戻らないと、、、

日本の文化のなかでは、地球母さんの意識は、伊勢神宮の外宮の豊受大神様であり、伏見稲荷のウカノミタマノオオカミ様だと理解していますが、その意識は戦争も原発も望んでいませんよ。あべ某が伊勢でサミットを開いたのは、あらゆる意味において、神を冒涜するものであったと。

世の自称霊能者の方々、なんでそれを言わないんですかね?そろそろ目を覚まして、現実に向き合いつつ、神々の本当の意志を降ろして下さいな!演技性人格障害の病人の言うこと、やることにまどわされず、きちんと真理を伝えないと、ハーメルンの笛吹きに連れていかれますぞ!魔界に!

これでいいそうです。アディオス(=^0^=)/
posted by ZUKUNASHI at 23:14| Comment(1) | 社会・経済

2016年07月07日

意外や意外 このブログの読者には自公支持者が多い

意外にも意外、このブログの読者には自公支持者が多いようですね。

気が楽になりました。もういつこのブログ閉めてもよいと。
予告なしに記事の更新を止めることがあります。



※ きむらとも ‏@kimuratomo 氏の2016/6/26のツイート
「国民の生命財産を守るため汗をかいていた自衛官」を「他国の権益財産を守るために地球の裏側まで行って人殺しできる自衛官」に勝手に変えてしまったのは安倍政権だ。これこそ、国民の生命財産を守るため汗をかいていた自衛官の皆さんに無礼至極だ。

※ 命は大切さんの2016/6/26のコメント
自民・公明支持の方が多いと聞いて、「特権階級に属する自公支持者達」は、既に被曝回避の為に家族などを海外に逃がし済の筈ですから、このブログを見る必要は無いでしょう。
見ているのは恐らく、実際は戦後の人口拡大・「朝鮮戦争・ベトナム戦争特需」が輸出拡大に繋がった「右肩上がり経済」に郷愁を感じる世代や、口では右翼振りを発揮しながら周囲の体調変化に戦々恐々の若者ではないかと想像します。
「国民に主権が有るのはおかしい」と言う西田昌司自民党副幹事長、「国民の生活の為の政治はおかしい」と言う稲田朋美政調会長、「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義と言うのを無くさなければ真の憲法では無い」と言った長勢甚遠元法務大臣などを知ってもなお、「自公支持出来る」のならば以下の事は自分の身に降り掛かる事だと覚悟して下さい。
原発事故・熊本地震の様な自然災害では「棄民」され、それよりも国威発揚イベントが重視される事、原発事故との因果関係隠蔽に大量の放射性廃棄物が全国で建築材料などに利用され「不必要な被曝」を強いられる事、現在から将来に至る「貧困・格差の不解消」、国民皆保険を喪失し「治療が受けられなくなる事」、政府批判的な発言で即逮捕され裁判も受けられず承諾無しに「臓器提供」や製薬メーカーの「治験に利用される事」、英国のEU離脱で既に3.6兆が消えたとも聞きますが、更に年金資金を株式相場で溶かし「年金受給不可」に成る事など、凡そ「ナチス・北朝鮮・中国などを批判する際に非難して来た内容」が、総て貴方達に起こり得るのだと。
そして身の回りに有る「公共サービス」は消え去り、教育・ゴミ回収・救急車利用・水道事業・各種役所への届出なども民営化で有料・高額化し、「コチャバンバ紛争」の様に貧乏人は雨水さえも飲めずに餓死する事に成ります。
それらを受け入れられる人は、是非参議院選挙で自公の候補に投票し、「中国・北朝鮮並みの悲惨な人生」を甘受して下さい。

命は大切さんの指摘は、管理人はよく分かります。訃報を集計していて政治家や大企業トップのそれが極端に少ないのです。カネのある人はリスクマネジメントの会社や医師、原子力専門家などから個別に汚染状況と被曝回避策の指導を受けているはずです。

政治家の健康被害で聞こえてきたのは鳩山邦夫氏のがん発症だけです。

・・・・・

この記事を書いて数日後、一つ仕掛け、いや企画を行いました。参議院選挙関係の記事を冒頭に集めました。7月に入った頃です。7月に入ってからこのブログのアクセスが大きく減りました。(ノ゚ρ゚)ノ (^0^!)

自公を批判し、野党に投票を勧める記事がよほど嫌な人も多いようですね。今回の企画も大きな成果あり。いつも冒頭に自公批判の記事を置いて随時更新していけば、害虫が寄り付かなくなるんですね。

これは選挙が終わってもやります。人の迷惑を顧みず、自己の利益だけ追求している方は、閲覧お断り。 \(*`∧´)/
posted by ZUKUNASHI at 23:55| Comment(13) | 社会・経済

開票の不正は間違いなくある 読者の投稿を掲載

2016/7/7に東京近郊の読者から寄せられた投稿を掲載する。引用開始。

ずくなし様 こんにちは。 毎日拝読しております。 いろいろお伝えしたいことはありますが、選挙に関して一件だけ。

2012年12月の選挙で、私は「死に票」とは知りながらも、応援したい候補者へ一票入れました。 候補者は落選したのですが、後日、選挙公報で確認すると、私が入れた投票所からはその方への投票はゼロになっていました。

小さな町の投票所ですからわかったことですが、最初は自分の目が信じられませんでした。 それまで、不正選挙など陰謀論者のたわごとと思っていたのですが、まさか自分の入れた票で起きるとは・・・

本日、不在者投票に行ってきましたが、今日の日付が載った新聞の横に自分の投票用紙を置いて、携帯電話で写メを撮りました 立会人の方が、ぶつぶつおっしゃってましたが、事情を説明して、投票結果が出るまではどこにも公表する意思がないことを述べて帰ってきました。

きっと、変人だと思われたでしょう。 でも、証拠が有れば、もしもの時に主張できますからね。 もっとも、今回の選挙で、私の票は「死に票」にならなくなれば、それが一番良いことなのですが。

・・・引用終わり・・・

やはりあるんですね。

posted by ZUKUNASHI at 19:17| Comment(6) | 社会・経済

2016年07月06日

ネット時代は大量の情報の識別が難しい? そうだろうか

2016/7/6に寄せられたコメント

親類は某大学の元教授で、現役ではないのにもかかわらず、311後のふく1の異変を、教授仲間からの情報にて知り、数日後には関西の親戚宅へ避難しておりました。 やはり一般人とは明らかに違う横の繋がりが存在していますが、彼らの中でも半信半疑だったのか、あるいは諦めていたのか、行動しなかった人も大勢いた様です。

どんな身分な方でも汚染地に留まる限り、平等に被爆し続ける訳ですので、最後は一人一人の決断に掛かってくる訳です。 ただ以前と違い大量の情報の識別という行為が、ネットの普及によって、より難しい時代になったと思われます。 どの情報ソースを信用するのかは、勿論人それぞれなのですが、これからは自分も含めて、ご自分の判断(直感)を大事にし、後々後悔しない様に、最善を尽くして生活したいものです。

・・・引用終わり・・・

「ただ以前と違い大量の情報の識別という行為が、ネットの普及によって、より難しい時代になった」かという点に関しては、管理人はまったく別の感想を持っています。

以前なら、新聞やテレビで情報を入手するしかなかったのですが、今はツイッターをはじめとするSNSで一次情報が流れます。もはや情報はマスメディアの独占物ではありません。

ネット情報の利点は、複数のチャネルで情報が流れることです。特に最近は、各国のマスメディアのネットニュースが増えてきていることに加え、一次情報を分析してくれる情報系のブログやサイトが急増しており、情報源が多様化しています。

管理人は、日本国内のニュースも外国のメディアやサイトで知ることが多くなっています。RT(ロシアトゥディ)やENENEWSなどは日本の大手新聞社が伝えない日本発の情報も掲載しています。

情報の流通チャネルが多様化すると、それらを比較、検証することによりどれが正しく、どれが不正確あるいは意図的な宣伝であるかはすぐ分かります。

もう、新聞を取っていれば、テレビを見ていれば世の中、あるいは世界の動きが分かるという時代ではありません。関心がある事項については自分で情報を探す、そのためのチャネルを探し出しておいてそこを随時チェックするという方法を取らなければ、有益な情報は得られません。

この方法を取ると、多くの情報を読み、その中から正しい情報を得るというプロセスに時間がかかります。

日本の新聞社がツイッターでニュースのヘッドラインを流していますが、ほとんど意味のない情報がほとんどです。意味がないという以上に海外情報に関してはトンデモが多く、今は日本の新聞社の特派員情報は見なくなりました。遅いし、間違いだらけ、意味不明。

正しい情報は、過去の情報とも、他のラインで流れる情報とも多面的につながります。複数の情報を組み合わせて、今、どんなことになっているか、矛盾なく浮かび上がってくればよし。そうならなければ、情報が抜け落ちているか、間違った情報が紛れ込んでいるということです。

・・・・・

これからは、情報の選別、整理をしてくれる商売ができると思います。東海アマ氏や机の上の空 大沼安史の個人新聞のような役割ですね。

評論家ではなく情報収集・整理業。そういう人に月千円とか払って整理された情報を見る、そんな形になるんではないでしょうか。
posted by ZUKUNASHI at 22:01| Comment(1) | 社会・経済

2016年07月05日

秋葉原でバーチャルリアリティ・セックス・フェスティバルがあったんだそうだ

RT2016/7/5
A virtual reality porn festival in Japan was shut down after too many simulated sex enthusiasts came... um, make that... arrived early.

It has emerged that the country’s first-ever event of its kind, Adult VR Fest 01, was turned off early last month because of overcrowding at the Akihabara district venue.

The festival offered visitors a peek at the latest in VR sex tech including a headset which, with the help of an inflatable doll, replicated sex with a women.

A translated version of events which appeared on VRTalk described how pent-up porn fans were turned away as a “riot” threatened to erupt outside the festival, before attendees got a chance to penetrate the venue.

“The event didn’t start until 2:00 p.m., so I went there in high spirits an hour before then, but the city was already overflowing with people,” local blogger Eizo0000 reported.
posted by ZUKUNASHI at 15:43| Comment(0) | 社会・経済

2016年07月03日

過去の記憶に囚われるか、未来の創造に自分の思考能力を用立てるか?

2016/7/3のぶうさんの投稿を掲載する。少し難しかった。引用開始。

最近は、『インターステラー』から始まって、『アバター』、『カウボーイ・ビバップ』、『プラテネス』と、宇宙ものの映画やアニメばかり見ています。というか、朝の5時から夜の8時まで、明るい間は仕事でバタバタ、でも12時から14時までは暑すぎて仕事にならないし、、、で、夜は宇宙で息抜き?

いま、宇宙とか太陽系とか地球とか、大きな文脈で変化が起きていますが、それと連関して、政治、経済、社会の変化が起きています。このとき、どのベクトルで変化を理解しようとするか? 小さな文脈のなかで自己完結する説明や因果関係を探すか? より大きな文脈のなかに、その変化を位置づけ直すか?

目先の変化のために力を尽くすのは大事なことだが、大きな文脈とのつながりを見失わないようにしないといけない。言い方を変えると、目の前の人参のなかに宇宙を見る、って、誰かさんの本のタイトルのパクりですが(≧へ≦)

コメントでダーウィンを取り上げている方がおられましたが、私はラマルキアンの上に、最近はインテリジェンス・デザイナー説に与しているので、ちょっとピンと来ませんでした。

というか、人間は猿から進化したんじゃなくて、宇宙人によって遺伝子操作されて生み出された存在だ、みたいな古代史がディスクロージャーされたときに、『ふーん、なるほどね!』とついていける人は、どれくらいいるだろうか?

まあ、なんせ学校で教えられることなんか、適当なもので、真理など関係ありませんから、新しい仮説を提示されたら、古い仮説や常識は捨てて、どんどん飛びついちゃってください。

大学で教えていたときに、学生が帰納法と演繹法の違いや、相関関係と因果関係の関係についてすら、学んでいない、というか大学までの教師が誰もそれを教えてこなかったことに気づいて、愕然としたことがあります。

思考とは何か? 具体的にどういうふうに考えたらよいのか? 思考による認識の限界はどこにあるのか? 記憶と思考は、どう違うのか? 

こういうことを一切教えずに、『考えなさい!』 そして、教師の想定した解答が再生されたら○、それ以外なら×。つまり、教師の頭のなかでも、記憶の想起と、論理的な思考とが、ごっちゃになっている。

そして、ネットやスマホの時代になって、あらゆる情報をワンタッチで検索し、画面上に投影できるようになって、人々はますます考えなくなっているように思える。

そんな状況のなかで迎えつつある、人類史の非連続的変化。『考えるな! 感じるんだ!』で乗り切れればいいけど(=^0^=)/

プログラムはすでに変化していて、その変化が現実というスクリーンに投影されるまでの、わずかなタイムラグ。いま、私たちは、そこの隙間時間を生きているような気がするんだけど。

画面上の変化と、プログラムの変化、さらにプログラマーの変化。どのレベルでも変化についての説明はできるが、全体の連関を考えないと、全体像は見えてこない。

はて? 何を言いたかったのか? いや、もう、あまり言うこともないんですよね。ウカノミタマノオオカミは、生成化育の神様だそうですが、ずっと変化の原理と技法を追いかけてきて、結論的には、変化は創造のヴァリエーションに過ぎない、治療も改革も、創造によってしか、なしえない!? というところまで行きました。

古い秩序の崩壊に目を奪われるか? それとも新しい創造に注目し、参画するか? 過去の記憶に囚われるか、未来の創造に、自分の思考能力を用立てるか?

決めるのは、あなたです。
posted by ZUKUNASHI at 23:11| Comment(0) | 社会・経済

2016年07月01日

せっかくの被曝啓蒙活動の会で『キモチワルイ』集団反応を引き出してしまわないために

2016/6/30のぶうさんの投稿を掲載する。とてもおもしろいです。引用開始。

自民党支持者にも、公明党支持者にも、共産党支持者にも、他の党の支持者にも共通するのは、思考が停止しているということ。確かに組織が提示する主張を拡散して、批判に対しては色をなして反論し、論破しようとするが、そもそもの『主張』は無批判に受け入れている。

ヘッドレス・ソサイエティと言うべきか、ブレインレス・ソサイエティと言うべきか? 愛国心を言うなら、放射能で国民と国土を汚染して破壊するのは、完全に矛盾している。改憲と戦争経済化の流れは、明らかに世界平和をうたった教祖の教えに反している。何のための脱原発かを考えれば、脱原発を主張しながら、避難や被曝回避を言わず、食べて応援や除染ボランティアに若者たちを巻き込むのは、明らかにおかしい。

それにも関わらず、その政党を支持するには、自分の思考を停止するしかなくなってしまう。

311後、共産党主催の肥田医師の講演会に行ったのだが、原爆症治療の経験を踏まえた非常にためになる話だったにも関わらず、現在は放射線被曝の診断はだせなくなっているという話になり、最後は、なるべくストレスを減らすのが、被曝対策だ?! という山下某と同じ結論になってしまった。

そこで、『先生のその結論では、そもそもここへ来て、内部被曝や低線量被曝の話をうかがう意味もないんじゃないですか? 被曝の診断が出せないというところは、何とかならんのですか?』と尋ねたら、ちょっとムッとされて、色々と言い訳をされました。その言い訳が終わった瞬間に、誰が合図を出したのか、満場の拍手が!? 『やれやれ、共産党のなかのひとたちは、これこそが外部の人たちにとってキモチワルイことなんだ、というかとがわからんのかな?』と思っていると、知り合いの学生が寄ってきて、『僕は、あなたの言うことが正しいと思いますよ』と声をかけてくれました。

それが、私の経験した政党がらみの『思考停止』。別に共産党を批判したいわけではなくて、どうもそれを美点のように思っているのかもしれないが、外部の者にとっては、それこそが『キモチワルイ』から、やめたほうがいいですよ! というだけの話です。

私も、鳥取の奥様にはかないませんが、どこぞへ行って口を開くと、怒るなと言っている坊さんを怒らせてしまったり、せっかくの被曝啓蒙活動の会で『キモチワルイ』集団反応を引き出してしまったりm(__)m

ちなみに、もう数年間、テレビも新聞も見ていませんが、行きつけの食堂で国営放送がかかっていたりしたら、いらいらが昂じて、テレビを破壊したくなる衝動を抑えるのに必死です。だって、意味のある言葉か、まったくないんですから。そして、言葉の向こうに、誰もいないんですから! いつもテレビを見ている人たちは、気にならないかもしれない? というか、空虚で無意味な言葉や情報に身を預けてしまって、自身も空の境地に入っているのかもしれませんね! というか、空の境地だったら、すごいじゃん! という話ですが。

たまに新聞を開いても、意味のある言葉が見つからない。ここに載っていることが『情報』だと言うのなら、『情報』という言葉は、『無意味』を意味するのだろうか? みたいな。

こう書いてくると、実は私の方がヤバいのかも。すべてが、意味ありげな無意味に感じられて、せっかく希望を捨てずに現実を何とか変えようとされている方々がいるのに、その足を引っ張ってあるのかも? みたいな。

いやいや、そんなつもりもありませんし、草葉の陰から応援していますので、それぞれが自分の頭で考えて、堤美香さんの言う『自分争点』を見つけて、投票するなり、投票用紙に『あべのばか』と書くなり、はたまた、自主出口調査でイカサマ選挙かどうか、自分の創意工夫で確かめてみてください。

『我思う、故に我あり』というのも、『こらデカルト! 人間存在を思考領域だけに閉じ込めるんじゃねえ!』と言いたい面はありますが、それでも、思考停止して組織の歯車になって、我を失ってしまうよりはマシだと思うので、考えて、考えて、考え抜いて、それから行動して、さらにその結果をきちんと評価してください。

って、最後はPDCAサイクルですか? う〜ん、トヨタさんの『なぜを5回』を使う方がいいかな?

少しだけ補足を。質疑応答のライブで、異論がでたときに、どう対処するか? というのは、非常に難しい問題です。怒るなの坊さんや共産党さんのことを言っている私も、正直、自分がそちらの立場になったときに、うまく応答できる自信はありません。

特に困るのは、敵意を持っている相手や自己アピールをしたい相手ではなく、純粋な好奇心や探究心、さらには講演会や会議全体を実のあるものにしたい、という動機から質問してくる相手です。一番痛いところを突いてきますが、それを自分に対する攻撃と認識して、相手を論破してやろうとすると、なぜかおかしなことになります。論争の勝敗ではなく、その場が何かを語り始めてしまうのです。

相手の鋭い一撃を、攻撃ではなく、啓発の機会と捉えると、そこから新しいものが生まれる可能性が生じます。とは言っても、いきなり痛いところを突かれると、どうしても頭に血がのぼってしまうので、一つの手としては、『その質問の趣旨を、このように理解したが、それでいいのか?』と、質問仕返すという手があります。

ある意味、時間稼ぎですが、その間にクールダウンして、相手と一緒にその質問に対する答えを共同創造する、というスタンスに立ち戻ります。 聴衆の前で自分が恥をかくとか、そういう恐れを手放して、わからないことはわからないと言って、質問者に教えを請い、間違ったことを言っても修正してもらえばよいし、間違いに気づいたら、自分で誤りを認めて、修正してもいいし!?  くらいのところで、気楽に対話に入れると、何か新しい気づきや知恵が生まれる余地ができます。

講演会や講座て、そういう場ができるというのは、なかなか稀有(ケウ)なことですが、もしそれが実現すれば、講演や講座の内容よりも、質疑応答のなかで生じた何かの方が、聴衆の心に残ることになります。

いやいや、理想論としてはそうなのですが、私もすぐに着火して、自分を守ろうとしてしまうので、言うは易くの世界です。対話の真剣勝負のなかで、針ケ谷夕雲のような相抜けができると、非常に爽快なのですが、なかなかねえo(^-^)o
posted by ZUKUNASHI at 01:21| Comment(1) | 社会・経済

2016年06月26日

山は小股で、ジグザグに回りながら登る方がいい

2016/6/25に「次の参議院選挙では、共産党が推進する野党共闘候補を推そう」に触れて寄せられた投稿を掲載する。引用開始。


もうすぐ90歳になる私の祖父、まだまだ元気です。

彼が二十歳の頃戦争が終わり、東京に戻って目の当たりにした焼け野はらを見て、「俺が日本を変えなくては!俺が変える!」と思ったそうだ。

以来、彼は活動を続けている。途中安保闘争のような時代にお縄になる事もあったが、獄中でも狂うことなく信念を持ち続け、「ゴキブリの髭と髭を結んで相撲をさせたりして楽しんだよ」と笑顔で話す。

誰に言われても言い返すのではなく、相手の話を良く聞いた後に自分の想いを話して聞かせるだけで論破せず、想うことを綴っては知人にニュースと称して郵送し、友が次々と倒れていっても、独りでも活動を続ける。まるで仙人のように。

私が社会の壁にぶち当たり悩んでいる時に、彼と山に登った。若い私は直線的にガツガツ登り、早々に息をあげてへたばった。彼は笑いながら「山は小股で、ジグザグに回りながら登る方がいいんだよ。回り道なようでも、その方が疲れないし確実に登れるものだ」と話してくれた。

私は「人生の山や谷も同じさ」と教えられたと感じ、靄が晴れていくような気持ちになった。 彼は、今年の参院選も「俺が日本を変える!」と思って頑張ることだろう。

私はそんな彼を見て、放射能の事も、政治の事も、諦めてはいけないんじゃないかと思っている。

90年の人生経験、それから語られる事実の重みに私の悩みなど小さいなぁと反省させられている。

・・・・・

この投稿に触れて寄せられたみゆうさんの投稿を掲載する。引用開始。

私も山歩きが(少々ですが…)好きです。急な坂道は、投稿者様のお祖父様がおっしゃるように、小さな歩幅でジグザグに登るのが鉄則と、最初に山歩きを教えて下さった方に私も習いました。

更に言えば、「疲れきる前に、小さな休憩(立ったまま、など)を取る」「ゆっくりで良いから、歩き続ける…右足を出しているあいだに左足を休めるイメージで…オーバーペースと休憩を繰り返すよりも疲れないし、結局その方が早い」「登りより下りのほうが、実はきつい」など、実際に歩いてみたら、どなたも『確かに!』と頷けることばかりと思います。日々を生きるうえでら示唆を受けることがたくさんあるので、人間は山歩きをやめられないんだろうと思います(^^)。

投稿者様のお祖父様のような方が、私が子供の頃(30年くらい前)の「大人」のイメージでした。今はなかなかお目にかかることがありません…70代(後半)以上の方の中にはまだおられるようですが、60代以下の方は、総じて「若い」というか「子ども」というか…かわいくてお茶目で魅力的な方々ばかりで…戦後の価値観のなかで、「若さ(未成熟)」が過度に評価されてきた、その見事な結果なのではないでしょうか。現政権の有り様は、その象徴のように思えます。

これから70代以上の方々が退席されていくことを考えると、状況はますます厳しくなりそうです。ですが、結局は「王道」を行くしかないと思うのです…小手先の戦術での勝利は、また小手先の戦術で簡単に引っくり返されます。小さい歩幅で歩き続けることしかないのではないでしょうか…投稿者様のお祖父様のように。日暮れまでに目的地まで、間に合うか間に合わないかは判りませんが…。
posted by ZUKUNASHI at 01:40| Comment(0) | 社会・経済

2016年06月20日

沖縄の怒りは限界を超えた

RT2016/6/19
One of biggest protests in 2 decades: Over 50,000 Okinawans gather for anti-US military rally



FARSNEWS2016/6/19
TEHRAN (FNA)- Tens of thousands of people on Okinawa protested Sunday against the presence of US military bases on the Japanese island, many wearing black to mourn the rape and killing of a local woman in which an American contractor is a suspect.

The rally called for a review of the US-Japanese security agreement, which burdens Okinawa with hosting the bulk of American troops in Japan. Also contentious is a plan to relocate a Marine Corps air station to a less-populated part of the southwestern island that developed after public anger erupted in 1995 over the rape of a girl by three American servicemen, CBC reported.

The killing of the local woman, who had been missing for several weeks when her body was found last month, set off outrage on Okinawa, where tensions periodically run high over crime linked to American troops. The US contractor, a former Marine, was arrested on May 19 on suspicion of abandoning the woman's body, but has not been charged with killing her.

Okinawa Gov. Takeshi Onaga told the crowd Sunday in Okinawa's capital, Naha, that he wanted to apologize to the woman for failing to protect her, even after what happened in 1995.

"We had pledged never to repeat such an incident," he said. "I couldn't change the political system to prevent that. That is my utmost regret as a politician and as governor of Okinawa."

About 65,000 people attended the rally, according to the Kyodo News agency. Many people held signs demanding the Marines leave and the overall military on Okinawa be scaled back. Many people held signs demanding the Marines leave and the overall military on Okinawa be scaled back.

A rally was also held in front of the prime minister's residence in Tokyo, drawing about 10,000 people, timed to coincide with and show support for the Okinawa rally.

PRESSTV2016/6/19
Japanese rally in tens of thousands to protest US military presence

Tens of thousands of people have demonstrated in Japan against the heavy US military presence and violent crimes by American personnel on the Island of Okinawa.

The protest rally, considered one of the largest anti-US demonstrations held in Japan in the past two decades, was held at an athletics park under scorching heat at 2:00 p.m. local time (0500 GMT) on Sunday in Okinawa’s prefectural capital, Naha.

The demonstrators, who organizers said numbered at more than 50,000, called for the scrapping of plans to relocate a major US Marine facility in the center of the island to pristine waters off its northern coast.

The US and Japan agreed in 1996 to relocate the US Marines’ Futenma base, currently in a heavily-populated area, to a new site in Okinawa. However, many residents, whose prefecture was the only part of Japan to suffer a bloody land battle during World War II, want the base and the US military off their land altogether.

Okinawa has become known as the site of enduring tensions with the US forces deployed there. More than half of the 47,000 US military forces in Japan are stationed on the island.

The US military bases in Japan are a key part of the US-Japan security alliance.

On May 19, Okinawan police arrested American national Kenneth Franklin Shinzato, a former US Marine who works at the US Kadena Air Base, for reportedly disposing the body of 20-year-old Rina Shimabukuro in a weed-covered area in southern Okinawa after allegedly raping and murdering her back in April.

Police have found DNA matching the dead woman’s body in a car belonging to Shinzato.

The Sunday rally began with a message from Rina’s father, after a minute of silence for her.

“Why my daughter, why was she killed?” read the message. “My thoughts are the same as those of all the bereaved families that have met with suffering up to now.”

In early June, a US sailor was arrested for drunk-driving the wrong way down a street in the region and injuring two people.

In 2013, two American sailors admitted to raping a woman in Okinawa a year before in a case that sparked huge anti-US sentiments in Japan.

The gang rape of a 12-year-old Okinawan girl by three US servicemen in 1995 also sparked mass protests.

In 1995, the abduction and rape of a 12-year-old girl by three US servicemen triggered huge protests, prompting Washington to pledge efforts to strengthen troop discipline to prevent such crimes and reduce the US footprint on the island.

PRESSTV2016/6/12
Japanese in Tokyo protest against US military presence

In Tokyo, about 100 people took to the streets Sunday in protest against the military presence of the United States on Japan’s southern island of Okinawa and the crimes committed by US soldiers there.

The demonstrators marched through the streets of downtown Tokyo to denounce a plan by the government to relocate a contentious US military base on Okinawa.

The angry protesters chanted slogans against the plan holding banners that read, “no more base.”

A major demonstration with a similar objective is planned on Okinawa for next week.

A US base employee was recently arrested following the rape and murder of a local woman. The move prompted recent anti-US protests.

Police found DNA matching the dead woman's in a car belonging to Kenneth Franklin Shinzato, a former US Marine who works at the US Air Force's Kadena Air Base in Okinawa. The man is suspected of having murdered the victim and disposed of her body.

In early June, a US sailor was arrested for drunk-driving the wrong way down a street in the region injuring two people.

In 2013, two American sailors admitted to raping a woman in Okinawa a year earlier in a case that sparked huge anti-US sentiments in Japan.

The gang rape of a 12-year-old Okinawan girl by three US servicemen in 1995 also sparked mass protests.

Okinawa has become known as the site of enduring tensions with the US forces deployed there. Pacifist inclinations as well as security and safety concerns have prompted the Japanese to protest against the deployment.

More than half of the 47,000 US military forces in Japan are stationed in Okinawa.

The United States and Japan agreed in 1996 to relocate the US Marines’ Futenma base, currently in a heavily populated area, to a new site in Okinawa.

However, many residents whose prefecture was the only part of Japan to suffer a bloody land battle during World War Two want the base and the US military off their land altogether.
posted by ZUKUNASHI at 18:57| Comment(0) | 社会・経済

2016年06月16日

日本のおとうさん悲しすぎ



それなりにお歳だろうが、なーんにも見えていないのでは?

いや、アベノミクスはアホノミクスとか詐欺などと言ったら放映されないから、メディア受けを計算して発言している?

まあ、年配者でも日本ではこんな人達が大多数を占めるということだ。

※ pinball ‏@flipperpinball 氏の2016/6/15のツイート
石原慎太郎が大量得票で当選するたびに味わった、マイノリティや弱者を蔑むこの男に共感する人間がこれだけいるのかという絶望的な気持ちは忘れない。
posted by ZUKUNASHI at 16:27| Comment(1) | 社会・経済

2016年05月28日

グループホームはこんなにカネがかかる

先日街を歩いていたら、認知症高齢者グループホームという看板のあるアパートのような新しい建物が目に入りました。こんな汚染地域のしかも住宅街の中に?

調べると、こういう施設は、すでにたくさんあるんですね。
HOME'Sのサイトによると、「グループホームは、社会福祉法人や地方自治体、NPOなどによって運営される地域密着型の介護施設であり、主に軽度の認知症高齢者を受け入れています」とあります。

徘徊が止まらない管理人はお世話になるかもしれませんので費用を見てみました。
初期費用  0〜数百万円
月額費用 15〜30万円
が相場らしいです。初期費用は入居一時金と呼ばれるもので介護施設では一般的です。

月額費用は、介護サービス費を除いた生活費が、家賃相当の住居費8万円程度、食費4.5万円程度、光熱費や共益費が4.5万円程度。合計で17万円程度かかります。

これに加えて介護を受ける場合は、介護保険適用で要介護3で月額28万円程度、そのうちの1割が自己負担。

合計で月額費用20万円です。ひゃー、高い。これだけ払える人どれほどいるんでしょう。

知人には、介護施設でも月13万円程度のところがあると聞いていましたが、これでは一般の介護施設と変わらないじゃありませんか。

まあ、不動産賃貸業者がNPO法人に施設を貸して運営させるんでしょうから、高くなりますよね。

生活保護受けていないと月18万円払える人はそう多くはいないように思いますが、どうなんでしょう。

やはりグループホームが低所得者にも利用できるものになるかどうかは、安い建物を確保出来るかどうかで決まりますね。家賃3万円、食費4万円、共益費1万円で8万円。国民年金だけの人にはちょっときついです。

助け合いの精神を基にした共同生活という点からすれば、例えば@料理が出来るという人には調理を担当してもらう、A大工ができる人、運転が出来る人はそれぞれ得意なことをやってもらう、B何も特技がない人は掃除をしてもらう、ということで人件費をかけないようにすればいいはずです。

その面からすると、介護が必要になったときも入居者同士で支えてやるようにしないといけないから、介護の知識を持つ人も欲しいですね。

筆者は、年寄りの共同生活には、費用の応能負担を導入すべきではないかと考えています。全員が月8万円の負担だけでやっていけるか、疑問です。国民年金の人が全額拠出したらシャツを買うカネもなくなります。病院にかかる費用も持っていなければなりません。

パチンコしか趣味のない人もいるでしょう。65歳を過ぎたばかりの爺さんは、おとなしく家に篭っているようなことはありません。娯楽も考えないといけません。

田舎であれば、どこかに畑を借りて野菜を作ってもらうとかもできますが、今は、汚染が少ない地域でしかできませんね、

下流老人ならぬ貧困老人の助け合い制度としては、例えばこれまでの住居地から遠いところにこのような施設があっても使いづらいように思います。旅費をどうやって工面するか、そこからすでに難問です。貧乏老人は家財は持っていませんから引越し費用はかかりませんが、そうすぐに新しい共同生活になじめるとも思えないので、前住んでいたところへ帰ってしまうようなことが起きるでしょう。

そういう脱走老人を探して所在を確認するような手間もかかるでしょう。

そんなことを考えると、今、貧乏老人に必要なのは、寝る場所と食事をとれる場所をいかに安価に供給することではなかろうかと思えてきます。被曝回避も重要ですが、汚染されていない食事を供し、屋外で地面の近いところに寝なくても良いようにすれば、被曝はそれまでよりもぐーんと軽減できます。

上で見たように、生活費で大きいのは家賃です。東日本では、これから人が減っていきます。建物の需給バランスも緩んできて寮として使われていたような施設で安い物件も出てくるのではないでしょうか。

そうなってくれば、貧乏老人の生活救済はかなりやりやすくなります。老いてからも少しでも長く健康でいられるよう、内部被曝回避シェルター、それだけでも十分意味はある。

そんな風に考えています。

そして、そのような施設を置くには、セシウムはもちろんですが、アルファ線源、ベータ線源の少ない場所を選ばなければなりません。

東日本のアルファ線源、ベータ線源汚染状況に関する情報をどうやって入手するか、改めて考えなければなりません。
posted by ZUKUNASHI at 08:49| Comment(0) | 社会・経済

2016年05月26日

日本人の女が脱皮しつつある確かな手ごたえ

@ 原発、放射能問題を扱うきーこ氏のブログ
みんな楽しくHappy♡がいい♪
副題に「2011年3月11日。その後私は変わりました。」とあります。

2013/3/5の記事大勢の友達を見殺しにした夜には次のように書かれています。
「こんな自分が頭が変なんじゃないか?と一瞬思ったほどでした。
だけど、私はもう食べられない。
きっと死ぬまで食べないと思います。
どんなに新鮮な刺し身でも、もう美味しいとは思えなくなってしまったから。」

A ウィンザー通信2013/7/10
安倍首相が郡山市で街頭演説中、抗議のプラカード掲げたこの女性は、こう言わはったらしい。
「福島のママ達に、
我慢しないで、という思いと願いをこめて、
プラカードかかげました。
堂々と抗議をしよう」

この写真は、すでに歴史的な価値を持つものになりました。

B このブログの早い時期からの女性中年読者の中には、被曝回避について家族の理解、協力が得られないことに悩みぬき、家族との離別まで考えるに至りましたが、その後、被曝被害が広がり、深刻化する中で、自分はできるだけ生き抜いて遺児や孤児の世話をしたい、原発廃止のための運動にも積極的に参加すると専業主婦から社会行動派に転換した方がおられます。

投稿なども時間の経過、回数を重ねるごとに内容が冷静、客観的なものになり多数のアクセスを集めるようになりました。

放射能問題の情報収集のためにパソコンを使い始めたという主婦は多いです。

C 幼い子どもの健康被害防止、自身の健康回復のため、夫や親兄弟との摩擦にもめげず、母子避難、あるいは離婚に踏み切った若い女性も少なくありません。これらの方たちは、経済的な基盤があったわけではなく、避難先での生活維持のため、大変な苦労を背負っています。

4歳の子供とふたりで福島中通りから新発田市に自主避難してきているお母さんの話

母子避難に限りませんが、被曝回避のために避難した方は、後から避難してくる方たちに助言の労を惜しまない方が多いです。現地で実際の受け入れ活動を担っている方も多いです。一度、主体的に孤独でも自分の選んだ道を歩み始めると、私は私、やりたいこと、できることをやるという行動パターンが身につくようです。

D 先日届いた便りに次のように記されていました。

「最近、延命処置について親と話す機会があり、その時、自分の考えが少し変わってきていることに気が付きました。
健康状態が悪化して「生活の質」がなくなればさっさと人生畳ませてほしいと自分本位に思っていたのですが、頭だけでもしっかりしていれば少しは社会のお役に立てるのではないかと思い、お役に立てる間は石にかじりついてでも生きよう、と思うようになっているのです。」

この方は、311で世の中に対する自分の見方とかかわり方が変わったと述べていました。

「仕事はいっぱいある、とこんなことを思うのは人生初めてです。」

子供など次の世代に対する義務として今私達がやらなければならないことは一杯ある、それが終わることはない、という意味だと管理人は理解しています。

この方の心境の変化は、Bの例の方と似ています。社会、政治面の与えられた認識、価値観を無批判に受け入れることなく、何が正しいのか、どうあるべきかを個人レベルで深く考える人が多くなってきた、人間的に一皮も二皮もむける人が増えてきたとの確かな手ごたえを感じ取っています。

ぶう氏は、「私は、人類そのものが人質であり、しかも、加害者を崇拝し、その支配を自ら求めるように洗脳された状態にあると見ています。そして、人質から解放される過程において、人によって個人差はあれど、自己のアイデンティティや存在性を問い返されるような霊的危機を通過せざるを得ないと思っています」と書いている。

目覚め、解放されるにはきっかけが必要だが、福島第一原発事故はこの霊的な危機をもたらしている。
posted by ZUKUNASHI at 21:06| Comment(17) | 社会・経済

2016年05月13日

インドネシアで地域の人が家を担いで移動させた

It takes a village… to move an entire house by hand (VIDEO)

gotong-royongと呼ばれるそうですが、とても感動的です。

posted by ZUKUNASHI at 13:07| Comment(0) | 社会・経済

2016年05月04日

日本の憲法記念日に多くの人がアヘ政治に反対して行動

RT2016/5/3
Mass protests in Japan as battle over changes to pacifist constitution looms
posted by ZUKUNASHI at 09:33| Comment(0) | 社会・経済

2016年05月03日

アヘノミクスは福島第一原発事故並みの災いで終わる

今週、2016/4の最終週は円高が進みました。その前週は、マイナス金利の適用拡大とかの報道で円安が進みましたが、それが事実ではなかったことで一気に円高に引き戻され、1年半前の水準に並びました。

5月に入っても円高傾向は続き、5/3は105円台になっています。





為替介入は、水準の安定を旨として行うべきもの。日本の当局は、反対のことをやっています。

1年前、2015/4/26のドル円は120.1円でした。2016/4/30は106.3円。1万ドル持っていれば、14万円の目減りです。

悪魔の誘いに乗った金融当局者は、今、何を思っているでしょうか。何をやらせるために自分に声がかかったかは、百も承知だったはずです。




(初出 2016/4/30 追記 5/3)
posted by ZUKUNASHI at 14:32| Comment(1) | 社会・経済

2016年04月07日

円高進行は安倍内閣退陣の先取り?

円高が急激に進行している。
安倍内閣のアホノミクスが世界経済のリスク、日本発の経済恐慌もなどと言う人も出てきた。

2016/4/7、株価は下げ止まっているが、円高が止まらない。株は年金資金で買いを入れれば下落を止めることができるだろうが、為替は介入できる環境ではない。かくして、円高は口先介入だけとなる。



安倍内閣退陣先取りの動きだろう。

3/29 始値113.45円 から 4/7 午後11時半で108円ちょうど前後で推移。10日で5.5円動いている。

2013年07月10日 危うい相場 アベノミクスはどうなる 2
posted by ZUKUNASHI at 23:37| Comment(0) | 社会・経済

2016年03月09日

ぶうさんの教育論 6

コメントありがとうございます。こういう場を作っていただいたずくなしさんにも、感謝もうしあげます。

意識の拡大に関しては、私は『場の意識になる』という捉え方をしています。そういえば、『場所的個としての覚者』という本がありましたね。私とあなたの関わりを包む私として行動すると言いますか? 私を含めた全体の幸せを考えると言いますか? 利己的に生きるのでもなく、滅私奉公で自分を殺して我慢するでもなく、三方よしで、相手も自分も世間もよくなるような道を選択すると言いましょうか? 

シュタイナー教育は、おそらく現時点では、一番理想に近い教育実践体系と言えるでしょう。ただ、子供によって合う合わないがありますし、教師の資質に関しても、幅があるかもしれませんが。

もしかすると、前にキーワードで挙げているのですが、『共同学習』のコンセプトがヒントになるかもしれません。『学習の輪』という副題の本が出ていたような気がしますが、ある意味、現代の教育の在り方を根底から覆すような可能性を持っています。

理論書としては、『競争主義を超えて』という本と『報酬主義を超えて』という本があったような気がしますが、とても高価だったような記憶が!? 

教育や学習の動機づけに関する議論ですが、報酬を獲得することや競争で勝つことを抜きにした学習行動が成立するとしたら、それこそが本当の意味での学習なんじゃないか? みたいなことです。

共同学習というのは、仲間と協力しあって問題を解決したり、新しいものを創造したりする喜びや愉しみを動機付けにした学習ということになります。

そのために、グループのメンバーに学習課題を分けて与えて、課題をお互いに持ち寄らないと解決できないようなカリキュラムを組んだり、あるいはテストの点数を個人の点数ではなく、グループ全体の総合得点でカウントして、わかった子がまだわからない子に積極的に教えて助けるように仕向けたりします。

職場でも家庭でもそうだとおもいますが、会社の目標、家族の課題にお互いに協力しあって取り組んでいくわけですよね。私もサッカー部でディフェンスをしていましたが、フォワードみたいにゴールして注目を浴びることはないし、点を入れられるとお前が悪いみたいに言われるし、やってられんとはおもいましたが、でもディフェンス抜きではチームが成り立たないわけですよね。

シャドウ・ワークと言いますか? 自分がいつも主役で、周りはみんな競争相手という学習環境ではなくて、主役になったり脇役になったりエキストラになったりカメラマンになったり監督になったり、いろいろと選手交代しながら、みんなが適材適所で協力し合う仲間、という学習環境のなかで過ごすわけです。そういうなかで、場の意識を体現できるようになると、意識の深化や拡大にもつながると思います。

変な言い方なんですが、人生の課題というのは、たいていの場合、誰かと協力し合わないと超えられないようなものが多いと思います。誰かを蹴落としてとか、自分一人の努力でなんとかなるとか、そういうことは滅多にないような気がします。

だから、今の学校教育の制度のなかで、いくら優秀な成績をおさめても、社会では通用しないというか、むしろ社会にとっては迷惑な存在になってしまうかもしれません。 いやいや、このあたりも言うは易くで、私もかなり苦労したというか、周りの人達を苦労させました(ノ_・。) 

とにかく、2年間、組織のなかで働いてみたらいい! というのも、そういうことを体得するためだったりします。

共同学習あるいは場の意識という視点に立って、311以降の状況を見ますと、原発推進派と原発反対派の二項対立、笑っていれば放射能は来ない派と内部被曝&低線量被曝で大変なことになる派の二項対立の裏で、もっと大事なことが進行しているのではないか? という気がしています。

何か人類史的に重大な変化、おそらくは意識の変化から、日本人の注意を逸らそうとしているのではないか? という気がしてなりません。 一方で真剣に被曝回避に取り組みながら、まさにずくなしさんがやっておられるように、(日本のメディアによって隠された)世界の変化にも目を向けておく必要があるかもしれません。

原発推進派の人達や笑っていれ放射能は来ない派の人達を説得する必要も、暇も、エネルギーもないでしょう。いま起こっている事実をつたえたら、そこから先は、その人達の責任であり、自由意志でしょう。

むしろ、彼らの言動、彼らとの関わりから、私たちは何を学ぶか? そして、二項対立によって目を逸らされている大事なものは何か? を見抜き、また、そうやって、高見の見物を決め込んでいる誰かさんの正体と動機を見抜くこと。風評被害とか食べて応援というキャッチコピーを使って、人々の善意を悪用している存在の正体とその動機を見抜くこと。それも大事かな? と思いました。

意見の合わない人との関わり、(自分にとっての)敵役や悪役との関わりで学ぶことも多いものです。別に、無理して意見を合わせたり、仲良くしたりする必要はありませんが、そういった関わりさえも、『学者する組織』に転化しうるということです。

さらに、自分と敵役のやり取り、ドラマを場の視点から包み込むように眺めることができれば、その状況そのものが持っている意味を見出だすこともできるかもしれません。
posted by ZUKUNASHI at 23:43| Comment(1) | 社会・経済

whiteさんの教育論

2016/3/9のwhiteさんの投稿

学んだことから脱却できると、ほとんど不要だったことに気が付き、自分でできることは何なんだろうか、何をしたいのかの感覚が戻ると思います。

そして、したいことに集中して、実践するようになり、雑念から解放されていきます。

ある時点になると物事の本質が理解できるようになり、簡単な言葉で分かりやすく説明できるようになります。そう、難しい数式とか、文字とか、言葉なんていらないことに気が付きます。そうしたものが真実を偽装するために作り出されたことに気が付きます。

そもそも、ここの国の教育っていうものは、彼らが都合よく人縛り、使用人とするために作られたシステムであることにどの時点で気が付くかどうかです。

自分に染みついたものを取り払うことで、世界がかわり、道が開けます。

posted by ZUKUNASHI at 10:18| Comment(1) | 社会・経済

2016年03月08日

ぶうさんの教育論 5

2016/3/8のぶうさんの投稿。

いやいや、自分でもよくわからないこと、曖昧なところは、ついつい難しい言葉を使ってごまかしてしまうもので(^-^; 

あと、行者さんというのが苦手で、あっちの世界をよく知っている方に対して、あっちの世界(宗教的な世界)から語るべきなのか、こっちの世界(哲学的な世界)から語るべきなのか? 迷ってしまって、訳がわからなくなってしまうというのもあります。

個人的には、以前にも書いたような気がしますが、パソコンができて、インターネットが普及するなかで、それをアナロジー(類推)として人間存在を理解できるようになったと思っています。

昔、モーツァルトが一瞬で楽想を掴んで、あとはそれを楽譜に書き留めるだけだったという逸話を聞いて、???だったのですが、ネットで音楽をダウンロードして聴けるようになって、『これじゃ〜ん!』と思ったりとか。

個人的には、突然、論文のアイデアが下りてきて、三日三晩で書き上げて、ほとんどそのまま専門誌に載ったことがありますが、まさにダウンロードで、自分のなかで考えたこととは思えないし、書いた論文が自分のものという感覚もあまりないんですね。

ただ、モーツァルトが楽譜の書き方をしらなかったら、彼の作品が後生に残ることはなかったし、私にボキャブラリーとブラインド・タッチの技術がなかったら、あの論文も忘却の彼方だったでしょう。

学校教育に意味があるとしたら、直観を通じてつかまえた知恵、異なる次元の世界からダウンロードした情報を、現実的な世界で表現したり再現したりする技術や方法を身につけて、訓練することだと思います。

しかし、直観や創造性の開発を抜きにして、記憶術や形式論理ばかり磨くのでは、他の誰かのヴィジョンや欲望を実現するための道具にされてしまうだけです。

自分も被曝させられた被害者なのに、5億円の退職金をもらってドバイの超高級マンションに一族で避難し移住した加害責任者を守るために、命令と報酬に従って盲目的に行動してしまうロボットになりたかったら、ぜひ、東京大学を目指すべきです。まあ、誰かに脅されて、仕方なくそのように振る舞っている可能性もあるので、東大を目の敵にしても仕方がないのですが(^.^) 

開放系とか閉鎖系というのは、そういうことを言わんとしています。

ネットに接続していなくて与えられたプログラムに沿ってしか動かないパソコンと、ネット接続していて無限に近い情報にアクセスできるパソコンの違いと言いましょうか? 学校教育のなかでは、ネット接続の仕方も、良いサイトと悪いサイトの見分け方も、プログラム言語も教えてくれないので、ネット接続なしで死ぬまで頑張るか?(いや、USB(メディアや書籍)で情報を取り込むことはできますよね)、学校を出てから、独学でネット接続を学ぶか? どちらかということになります。

で、独学で学びを進め始めると、どうしても自分の好きなもの、興味のあるもの、受け入れられるものばかりを選んでしまうことになります。変な言い方なんですが、良くも悪くも、偏った妄想的な世界を構築してしまうのです。どこかで、自分の可能性や潜在性を閉じ込めている妄想をうちこわして、そこから出てくる必要があるのです。

その時に、師匠が必要になるという人もいますが、身の回りの人達との関わりや状況が、否応なしにその殻を破ってくれることもあります。端的に言うと、誰かに『こんなことをしてみたら?』と、思ってもないことを言われて、その誘いにふらふらと乗ってみると、新しい自分を創造できるかもしれません(失敗も多いけど)。

そういう意味で、何度かゼロリセットを経験して、独りよがりな殻を破ってはまた殻を作り、さらに脱皮すると、立派なモスラになって、宇宙に飛び立つことができるかもしれない、いや、そうなるといいなあ! みたいな。

自力から他力への位相転換という、良くわからない言葉を使いましたが、自力の努力や学習が極まった時に、他力(自分を超えた何かからの働きかけ)がタイミングよく加わって、そったく[管理人注:雛がかえろうとするとき、雛が内からつつくのを「啐」、母鳥が外からつつくのを「啄」という。大辞林から]のように、非連続的な(飛躍的な)成長が起こる、ということを言いたかったわけです。

まあ、名人級の教師は、このセンスを磨いているみたいですね。私は、どちらかと言うと、卵を温め過ぎて、ふ化を通り過ぎて、ゆで卵になっちゃった?!というタイプの教師だったので、さっさと自分の才に見切りをつけました(・_・、)

別に放射能のせいではないですが、みんながモスラになって宇宙に飛び立つ日が近づいているみたいなので、こんな話をしています。

学校教育は、自由意志をなくしたとはいいませんが、『仕組まれた自由』からいつまでも卒業できない子羊を育成するものであって、自由に飛翔するモスラを育てるものではありません。 いや、食って糞して寝るだけの巨大芋虫を養殖して、間違っても殻を破って脱皮して羽化したりしないように、エンターテイメントを提供して、そこそこ満足させて時間を浪費させる、開かれた牢獄と言いましょうか? 

教育や心理学、さらには宗教や修行というものが、刑務所から脱獄するための手段に違いない! と思って一生懸命に勉強したんですが、何のことはない、看守として生徒やクライアントを洗脳し、資本主義社会という監獄に適応したり復帰したりするように仕向けるためのスキルだったわけですね。

で、実は、看守こそが、刑務所というシステムに一番深く組み込まれていて、そこから脱獄しようというアイデアさえ浮かばない存在だったりするのです。

というわけで、最後は、ブラジルの教育学者、パウロ・フレイレの有名な言葉で〆ましょう。 『被抑圧者が自らを解放することによってしか、抑圧者を解放することはできない』
posted by ZUKUNASHI at 22:26| Comment(2) | 社会・経済