プルーム襲来時に、特に屋外にいた幼児の保護者は、甲状腺の異状に注意を: ずくなしの冷や水

2013年05月15日

プルーム襲来時に、特に屋外にいた幼児の保護者は、甲状腺の異状に注意を

福島第一原発事故によるプルームの襲来を受けた関東居住の方とそのお子さんに甲状腺異状が出ているとの情報が続いている。私の知る例をあげる。

1.竹野内真理氏
2011/3/15に東京から沖縄に避難。以下は同氏のツイート。
「3月15日午後東京から母子避難。年末同時期にふたつの病院で母子で甲状腺エコー検査。一つめの病院は母子とも全く異常なしと言われ、二つ目はエコー画像をくれる医院で、私で右側に1.3mmののう胞が2個、3歳息子で左右両方とも0.1mm〜0.2mmののう胞が無数に見つかった。」
「息子も数か月、首を外から見てもわかるくらいの、3個くらいぽこぽことした腫れがある状態が続いていました。」

2.守谷市にお住まいだった方
2011/3/15に守谷市から大分県へ避難
「3/15の昼ごろに、守谷駅から電車で羽田空港へ。15時ごろに到着し飛行機で大分へ。5月のGWまで、大分で過ごす。5月に帰省。守谷に数日いて、足立区の自宅に10日間いたら、子どもが鼻血を出す。以前は、ほとんど鼻血出さない。当時3歳の子。鼻血と下痢も。大分に戻る。白血球が高い気味。軽い膀胱炎と言われた。泌尿器科で。11月中旬、足がおかしくて歩けない。→レストレスレッグス症候群と診断。
12月に守谷に一時戻る。「手がおかしい。」と子供が訴える→精神的なものじゃないのかと医師に言われた。その後、大分ですごし、体調が落ち着いていた。
1月 嘔吐下痢、溶連菌も感染。
5月 足立区に一時帰宅。高熱が続く。マイコプラズマ発症。サイログロブリンの数値が高く、フェリチンの数値も高い。大分でさらに診療継続。」

3.つくば市にお住まいだった方
2011/3/15朝、九州へ避難。2週間後に茨城へ帰宅。2012年初めに中部地方に転居。
「息子の甲状腺エコー検査の結果、小さなのう胞があると言われ、こののう胞が悪性か良性か現時点では判断できない。まだ、のう胞が小さいので、経過観察していくしかない。3ヶ月〜4ヶ月後にまたエコー検査しに来てくださいと言われました。もしかしたら、のう胞が悪性で癌になる可能性もある。ガンになるとしも4、5年後。とお医者さんから言われ頭が真っ白になりました。
血液検査では、甲状腺になんらかの異常が見られる人に数値が高く出るといわれている、サイログブリンの数値も高めでした。もうすぐ息子は二歳になります。」

4.土浦市にお住まいだった方
2012年夏四国に避難。
「甲状腺エコー検査を近隣の内科で行っていることを知り、子どもと一緒に行ってきました。結果、子ども達はのう胞が多数見つかりましたがとくに異常はなし。私の方は『甲状腺濾胞状腺腫』35ミリ、というちょっと立派な?病名がつきました。これは悪性なら甲状腺がん、良性なら単なる腺腫、ですみそうですが切って捌いてみないとわからないもののようです。」

5.龍ヶ崎市にお住まいだった方
2013/3月初めころ母子で長野県松本市に転居
「妊娠中に福島第一原発事故が発生、事故後に出産。子どもが一歳八ヶ月のとき東京で検査を受け、白血球の好中球が1008で、好中球減少症との診断。異形リンパ球がプラスで、甲状腺ホルモンの数値も悪化していた。」

6.東京多摩西部にお住まいだった方
福島第一原発事故当時後、上のお子さん(9歳)に学校を休ませていたが、3/15から登校させ、2歳のお子さんを連れて学校まで同行。7時50分に家を出て帰宅後下の子を遊ばせ9時少し前まで外にいた。
3/18に静岡東部に避難し、夫婦はそこから東京に出勤。4/6、新学期にあわせて東京に戻り、2012/3/3まで生活。食べ物は汚染のないものを食べるよう気をつけていたが、上の子はしょっちゅう口内炎に罹り、下の子はアレルギー症状の悪化(目を痒がり、目やにがひどい。喘息のような咳が続く)と手足口病、溶連菌、その他よくわからない発熱と常に体調が悪い状態が続いたとのこと。母親は唇にヘルペスかと思うようなピリピリ感があり皮がぼろぼろむけた。5/7にエコー受診、下の子のほうにリンパの腫れを認め、7/30に甲状腺の再検査。エコーでリンパの腫れの増大と増加。上の子のリンパにも腫れが複数認められた。

7.東京多摩地区にお住まいだった方の例
震災後、1年経って、2012年4月に東京多摩地区から7歳児と共に西へ避難した40代女性。子どもに甲状腺に異常(3ミリ弱程度ののう胞が数個)が見つかり、母親も初期の甲状腺ガンと診断された。
「震災後、子どもにはありとあらゆる症状(頻尿、視力低下、水イボ、副鼻腔炎、関節痛、次々と感染症罹患等)が起き、でも私自身は頭痛や倦怠感程度だった気がします。避難後、子どもは2、3ヶ月で落ち着いたものの、むしろ私の方にいろいろ症状(寝込むような頭痛や倦怠感、治らない関節痛、急激な脱毛、赤いほくろ等)が出ました。被爆なのだろうかと思いつつも、引越しの疲れなのか、年齢的なものなのかもわからず、やり過ごしていました。
そんな折、東京では断られていた甲状腺の検査を西日本でようやく受け、まず子どもに、それからしばらくして私自身に上記の結果となりました。」

8.東京西部にお住まいだった方
2011/3から2012/3まで東京都西部に在住。2011/4半ば頃から4歳の娘さんが膣炎を繰り返し、痛みと痒みで夜中に泣き叫ぶ。2011/8頃から外遊びをすると40度の発熱、翌朝には平熱を繰り返すようになる。同時に全身に強い発疹。病院では突発性発疹と言われるが、6回も繰り返した。2011/10、尿中セシウムの検査、Cs合算で0.65Bq/Kg。

9.東京在住の年配女性で、2011年3月14日静岡県三島市、15日静岡市、16日〜26日名古屋と移動した方の例

10.千葉市に住んでいた方の例
子供が2人いる母親に2011年末に体調不良が起こり、2012年のはじめに千葉から西日本に避難。体調不良は甲状腺の腫れ、頚椎の不調、頭痛などこれまで経験したことがないもの。避難移住してから、4才の子どもに甲状腺の結節も見つかったとのこと。
ご本人は、今まで、体調不良も何もなく、甲状腺の異常なども特になにもなかった。家系的にもそういう話はない。プルームが襲った3/15の時点では、千葉市内で午前中にこの4歳の子供とご本人は、自動車で外出。上の子供は早い時間帯に学校内にいたとのこと。(この方の内部被曝は3/20過ぎのほうが大きい可能性がある)

11.岩手県南部にお住まいだった方
2011年末九州に避難
「震災後から、家族全員原因不明の今までとは違う体調不良を繰り返し、とうとう私は一時期寝たきりになってしまいました。息子におきた甲状腺機能低下のような一連の症状。娘は水で蕁麻疹や出来物を繰り返し。旦那の疲労感と眩暈と膀胱の異変。私は空気や食べ物に体が反応するようになりました。」

他にもこのブログで取り上げた事例があったような気もするが、思い出せない。ここに並べたのは、東京近辺で3/15に避難したにもかかわらず、甲状腺に異状が出ている方がおられるということに注目してほしいからだ。

つまり、初期プルームを浴びた、吸っただけで、甲状腺の異状が出てきているのだ。避難せずにとどまっている方も、初期プルームの襲来を受けており、甲状腺に異状を生ずる可能性は高い。甲状腺異状は被曝度合いに応じて現われる非確率的な症状とされている。

関西と東京の子供のエコー検査をした医師が、「事故時に関西にいた赤ん坊は全くのう胞がないが、東京にいた赤ん坊は、ほぼ全員に小さいのう胞が数多く出た」と述べていると伝えられている。

どうぞ、幼い子供さんを持つ親御さんは、機会を得てお子さんの、そして必要ならご本人の診察を受けていただくことをお勧めする。

私の知る限り、プルームの到来時に、年齢が幼いほど、そして屋外にいた時間が長いほど、吸気による内部被曝が大きく、リスクは高いと見られる。

リスク度合いの推定の参考として、「空間線量率グラフ集」の記事に2011/3の各地の空間線量率の推移グラフを、「プルーム襲来時に、特に屋外にいた幼児の保護者は、甲状腺の異状に注意を! ヨウ素の地表付近の濃度シミュレーション図」を掲げるので、自分の住む場所、住んでいた場所の空間線量率のピークがいつだったかを把握し、そしてその時どうしていたかを思い出してほしい。
posted by ZUKUNASHI at 22:47| Comment(0) | 原発事故健康被害
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