事故後避難していたつくば市の30代女性が甲状腺乳頭癌発症で手術: ずくなしの冷や水

2012年11月16日

事故後避難していたつくば市の30代女性が甲状腺乳頭癌発症で手術

木下黄太のブログ 2012/11/16の記事につくば市の30代女性が甲状腺乳頭癌を発症した例が掲載されている。

このご家族の健康状態
長男8才:腺腫様甲状腺腫
三男2才4ヵ月:SEG(8)LYM(85)など
・・・SEGは血液の好中球の指標、LYMはリンパ球のパーセンテージ。
本人36才女性:甲状腺乳頭癌。事故前のデータなし。今年6月検査受診し指摘され,8月病院で手術。右葉10o(T3:N1:M0)周囲摘出リンパ節転移13個/22個中

この母子の事故以降の滞在地
3/11当時:居住地の茨城県つくば市
3/13〜26:広島へ一時避難
3/27〜7/27:つくば市滞在
7/28〜8/21:徳島保養
8/22〜2012/2/17:つくば市滞在
2012/2/18〜:甲信越地域の汚染の少ないエリアへ母子避難

3月中は外出を控える,花粉用マスク着用で外出(三男はあまりマスクできず)。ただ,徐々にマスクはしたりしなかったりに。食事は4月いっぱいは極力西のもの,なければ地元産を食べることも。

徐々に西のもののみに。長男は4月は弁当,5月は牛乳のみ停止給食,6月以降弁当。二男は5月より週2日給食(多くが地元産?)。三男は2011/8月末まで母乳。水はペットボトル飲用。

ご本人は9月より学校線量測定・除染活動参加。8月授乳終了後も体重戻らず,呼吸器内科で採血。(9/6)TSH:6.62↑ FT4:1.27 FT3:2.88 → 異常指摘されず。

ご主人は今年9月時点でエコー・採血とも異常なし。爆発前後3月中は茨城県北で屋外の仕事。

・・引用終わり・・

この方の場合、3/13につくば市を離れ、3/26まで広島市に滞在されたからこの間に関東を襲った強力なプルームによる被爆は免れることができただろう。2011/3、2011/4も福島第一原発からの放射性物質の放出は続き、つくば市では降下、沈着が続いたはずだが、事故直後に比べれば格段に少ない。

それでも息子さんとご本人に健康障害が生じており、この方の場合、つくば市に降下・沈着した放射性物質と飲食物に含まれた放射性物質の影響による健康被害と見るしかない。

上の記事につくば市在住の方から次のコメントが寄せられている。
「市内の中心部を計測すると、基本的に地表面は0.2μシーベルトを越えますし、溝などは0.5を越えることもあります。2012年につくば市に引っ越してきてから、外出すると必ず喉が痛くなります。スーパーには茨城県産の野菜や東日本産のものが並び、肉や魚も気にせず購入されていく方が多くいらっしゃいます。」


つくば市は筑波山から牛久沼まで南北に広い市域を有しており、文部科学省の空中測定マップ(2011/11/5時点)を参照すると、北部の沈着密度は相対的に低く、南部では相対的に高くなっている。上のご家族が市内のどの辺にお住まいか不明だが、つくば市の汚染程度の区域は関東に広範に広がっている。

2012/10の都市別人口動態で千葉県東葛飾地域など汚染の強い地域で死亡者数が増えており、他の記事で警戒を呼びかけたが、初期のプルームによる被爆が大きかった地域に続いて、放射性物質の沈着量の多い地域、汚染の強い地域で健康被害が急速に顕在化してくる恐れがある。

事故直後の強力なプルームによる内部被爆は、プルーム濃度と暴露時間の積に応じて健康被害が出ていると見られる。それと同じように、放射性物質の沈着量の多い地域、汚染の強い地域での居住期間が長いほど健康被害が強まることは避けられない。

個人的にマスク着用などで気をつけても限界がある。もし、家族に健康障害が生じているのなら汚染地帯からの脱出は緊急を要する。



posted by ZUKUNASHI at 11:36| Comment(0) | 原発事故健康被害
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