2011/3/15の避難がケースにより被爆を長引かせた可能性: ずくなしの冷や水

2012年11月15日

2011/3/15の避難がケースにより被爆を長引かせた可能性

木下黄太のブログ11/15の記事に東京から東海へ避難していた方の甲状腺障害の例が載っている。

「東京在住の年配女性で、2011年3月14日静岡県三島市、15日静岡市、16日〜26日名古屋と移動。少しずつ移動し、東京に30日に戻ったそうです。新幹線での移動でした。

今年夏の終わりから体調不良があり、検査した結果、数ミリのサイズの甲状腺がん(乳頭がん)が見つかったそうです。甲状腺の病気に罹った家族はなく、遺伝的な要素はあまり考えられないそうです。」

同じように新幹線で東京から避難した方の健康障害の例を以前の記事に掲げている。

今日の放射能 備忘録10
※ ある家族の避難記録から。
2011/3/14 正午ごろ東京から静岡へ移動。3/15 午前、静岡から京都へ、昼過ぎ京都着。3/17 夫大阪合流、東京で被曝のため家族で一番ひどい症状。起きていられず寝込む。お腹にじんましん。妻しゃがみこむめまい。肩に湿疹?、かゆみ。

気象研究所のシミュレーションによると、3/15の昼にはプルームが愛知県にまで広がっている。

冒頭の年配女性の3/15の移動の時間帯が不明だが、三島であれ、静岡であれプルームが襲来しており、その時間帯に下り新幹線に乗車していたのであれば、継続的に放射性物質を吸い込んだ可能性がある。

新幹線は、トンネル通過時の気圧変化による不快感を避けるために車内の気圧を一定に保つ換気装置があり、床下で吸排気を行っている。プルームの西進とともに新幹線で移動するのは、それだけ被爆の時間が長くなる。

3/15未明に水戸市から車で避難した方の例を検討したことがあるが、水戸市の中心部を3/15の午前1時に出発したと仮定すると、東名高速に乗るまでの2時間はプルームの中を走っていたことになる。そして午前5時には、プルームが沼津にまで到達するが、途中で仮眠を取ったり、道路が混雑していれば、ずっとプルームの中にい続けた可能性もあるとの結論になった。

被爆防止は、正しい情報に基づいて行わなければ逆効果になることもある。今は何よりも飲食物からの放射性物質の体内取り込みの排除であり、次なるプルーム襲来に向けた備えは、避難する気があるのであれば、放射性物質の放出が安定している間に行動を起こすことだ。

プルーム襲来時の内部被爆は、プルームの放射性物質濃度とプルームへの暴露時間の積で決まると見てよい。神奈川県で健康被害が顕著なのは、プルームの放射性物質濃度が他地域に比べて相対的に低かったようだがプルームの滞留時間が長かったためと見られる。

一方、茨城県西部や栃木県南東部は、暴露時間はそう長くないと見られるが、プルームの放射性物質濃度が高かったために健康被害がやはり顕著になっているようだ。
posted by ZUKUNASHI at 12:12| Comment(0) | 原発事故健康被害
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