福島第一原発から放出された放射性物質の茨城県内の2011/3月中の拡散状況(資料): ずくなしの冷や水

2012年07月05日

福島第一原発から放出された放射性物質の茨城県内の2011/3月中の拡散状況(資料)

日本原子力研究開発機構 H23/09/02
福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質の大気拡散解析
茨城県南部の線量上昇についてのWSPEEDIシミュレーションによる考察
」から

空間線量率の比較
計算値:面コンター
測定値:プロットと数値

最初は阿武隈山地に沿って南下。まだ拡散していない。「福島第一原発周辺への帰還はこの上なく危険」参照。


阿武隈山地が途切れるとプルームがいわき市から茨城県北の山間地帯に入ってくる。600〜800mの山が連なるが、地形は流れを変えていない。プルームの中核部分が800くらいにあれば風向きの変化で山を越えられる。拡散が始まる。


内陸にふくらみ、大子町から那須烏山市へ、宇都宮市まで延びている。栃木県の東南部は、濃度の高いブルームが相当時間滞留した。内部被爆が大きかった可能性がある。


栃木県東部と茨城県西部に沈着が見られる。3/15は茨城県ではほとんど降雨がなかった。


3/16、12時に北茨城市で高線量率を記録したブルームは、太平洋に伸びたが、一時陸地に寄ったものと見られる。このシミュレーションでは、その動きが出ていない。





相対的に茨城県西部のプルーム濃度は低く、降水量も少なかったが沈着量が増した。南部は濃度の高いプルームが通り、沈着量は多かったが、雨のシャワーで内部被爆は相対的に少なかった可能性も考えられる。

栃木県東部の市町村とつながる形で茨城県西部の市町村の人口自然増変化指数が高いことは、この資料と整合性を持つ。ただ、沈着量は周辺に比べて高くないのに顕著な変化を示しているのはなぜだろう。内部被爆の度合いあるいは核種の違いか?

日光の山で線量率を測定された方がおられ、標高1,050m程度のところが最も値が高かったという。「薄く水平に平べったく広がりながら150km以上もたなびいてきたようだ。特に上方への拡散は非常に少なかった。逆転層の影響だろう。」とも記されている。
posted by ZUKUNASHI at 10:49| Comment(3) | 原発事故健康被害
この記事へのコメント
こちらは今年の3月なのでしょうか?去年の3月でしょうか、よくわかりません。
Posted by at 2012年07月05日 23:20
冒頭に記載してあるように原典は日本原子力研究開発機構のH23/09/02の資料ですから、2011/3のことです。
Posted by ずくなし at 2012年07月06日 08:39
つくばの山を地形の影響を受けずに風向きのとおり通過しているということは、高度1000mを近い位置にはなりますが、上空からまず放射線を照射されたということがいえます。それから、山越えした際に、山の斜面に沿って風は流れていきます。これを「○○おろし」とよく呼びます。したがって、上空のプルームと分岐する形で、線量は落ちますが、地表面を降ろした風に乗って放射線が身体の横から浴びせられます。また、スギ花粉の時期ですので、花粉も一緒に舞い飛び、そこに付着した放射性物質を肺の中に吸い込んでしまうことでしょう。内部被爆、外部被爆の両方を同時に受けた可能性が高いです。

わたくしは、原発事故の映像をTVで見てからN95を着用し、自転車で買い物をいくのをやめて、車で外に出るようにしました。無用な外出はさけましたが、16日まで現地に滞在しましたので、相当の被爆は受けたと思います。

16日の深夜車で移動し名古屋に17日からしばらくホテルで滞在しましたが、疲れが一気に出たのと、被爆いよる免疫低下で、40度を超える発熱が3日続き、どうしようもなくなって医者にいきました。強い抗生剤をもらいましたが、まったく効き目がなく、食事も喉にとおらず4日目に微熱まで戻り、回復しました。その後、虫歯が痛んでしかたない時期があったり、頭皮がかゆくてたまらなかったり、爪がのびるのが早くてもぞもぞしたりということが、時々ありました。その後は、都心に出かけた際に喉の痛みがひどく、マスクを常時着用することを心がけています。(脱線してすみません)その後1年は、西日本と東日本を往復しながら仕事をすすめ、三重に適地を探しあて、2012年から、そちらを拠点に活動しています。それでも関東に出張で滞在する頻度は、地元の人よりは高いです。2013、14年になってくると、空気中のちりやほこりが落ち着いたせいか、仕事中にマスクをとった場合の痛みは以前ほどではなくなった気もしています。しかし、2013年中は、マスクをとって一時間もすると、のどに粘膜がはりはじめ、身体が防護体制をとる反応がはっきりわかりました。声もすぐにかれて出しにくくなりました。

茨城に話しが戻りますが、現地ではしばらくの間、雨がなかったため地表面に土着したり、水で土中に沈着した度合いは他の地域よりも少ないことでしょう。

したがって、土ぼこりなどが梅雨時までの間に春風にのって舞い上がり、それをたくさんの人が吸い込み吸気被爆した可能性が高まります。

この現象は、実は中部圏でも起こっています。名古屋在住の登山を趣味としている知り合いの方が、事故が1年くらいの時期に登山の途中で、くも膜下出血で病院に搬送され、緊急手術により一命をとりとめました。おそらく、登山には、事故後も定期的に出かけていらしたことでしょうし、その際に、東海、中部圏の山岳地帯南面に、雨をうけずに、葉っぱの上や木々の間に降下した放射性物質がチリやほこりと一緒になって、多く肺の中に取り込まれたと思います。その結果、血管内膜炎をおこし、その方の場合は、登山で血圧が高まった際に、出血に至ったと思います。

茨城に話がもどりますが、現地は開闊した地形で、中部は鬼怒川沿いに平坦な状態です。しかし、現象としては、比較的濃厚な放射性物質が、地面にふりかけられた状態でしたから、これをたくさん吸い込む状況にあった人は多く、症状が次第に顕著になってきているのだと思います。

急性症状に関する事例ですが、身近では宇都宮で自転車をよく乗っている方、2011年7月に心筋梗塞ですぐになくなりました。年齢は70代でしたが、健康そのものの人で、田舎のご老人は10歳は若く見えます。その方が、まさかでした。

その後、結城市の副市長さん、確か49歳だったと思います。自転車レースの際に体調をくずし、イベントの途中で亡くなりました。

宇都宮で自転車をよく乗っている方の奥さんもご自身が亡くなる前に、原因不明の体調不良で、入院されたそうで、看病しながらの生活とうかがっています。ご自宅は、宇都宮の北部ですので、強いプルームの影響を受けている地域です。

わたくしは、当時は自転車を趣味としておりまして、2月は冬場の運動不足を解消するために、一念発起して、鬼怒川沿いを走ったばかりで、その方とは、1月に知り合い、暖かくなったら、地元で自転車クラブに入って仲間と交流するのが楽しみでした、その折にこの原発事故です。用心深いわたしは、それから、三重に移住するまでは、一度も自転車にも乗っていませんし、登山もやりますが、昨年久しぶりに穂高に様子を見に行ったくらいです。自分と行動が近い人で、原発の影響を無視した人とリスクコントロールをおこなった自分との比較で、行動方針に関する正しさを判断をしているようなところがあります。

いまのところの結論としては、きなこ餅現象が起こっている場所での、マスクの確実な着用と運動の禁止で、吸気被爆の影響を回避しています。

要素としては

1.その場所にどの程度の放射性物質が滞留しているかの見極め

2.放射性物質を吸着する核になる物質の存在の有無

(例)ちり、ほこり、焼却灰(ゴミ焼却場、セメント工場、稲わら)排気ガスのNOX、電車が発進・停止する際のスラッグ、花粉、タバコの煙の粒子、黄砂やPM2.5など およびこれらを付着させた人、物体(ダンボール箱)、車、設備(エアコン。ボイラーの給排気)

3.風や雨の影響の受け方

1.にも関連しますが、雨があたらずに乾いたままのビルの谷間のふくろ小路、うっそうとした森林の下の木陰、大きな倉庫・物置の中(乾燥とちりほこりの存在)、エアコンなど設備の下と地面との間。都会の歩道なら、アスファルトや敷石のある歩道よりは、街路樹の植え込みの土部分を踏まないなど。

少々脱線しましたが、
茨城の人の影響の大きさは、事故から比較的長い間、乾燥が続いたことにより、高い線量をもつ放射性物質を日常的に呼吸によって吸気していたために、内部被爆による病状の悪化が顕著なのではと思います。

同じような条件下で、行動した覚えのある方や現在もそのような行動と環境下にある人は、東日本在住に限らず同様のリスクを負うということになります。

そして、ここからは個人差が出ますが、日常の活動で、呼吸量が一般の人よりも多くなる職業や趣味の人は、リスクがさらに高いということになります。

この仮説で、いまのところ、わたくしは、世の中でおこる出来事や身近な人の健康状況を見ています。
Posted by 出稼ぎ仕事人 at 2015年02月25日 12:03
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。