このメッセージは、2011/10に書かれたもの。同氏の肩書き等は次のとおり。
サンクトペテルブルグ放射線衛生研究所教授
国際放射線防護委員会(ICRP)委員
世界保健機構(WHO)コンサルタント
原子放射線による影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)コンサルタント
10/7〜15日本に滞在し福島県での汚染状況、除染対策などを調査したIAEA除染専門家チームの一員
以下全文引用。太字、下線はずくなしが付した。
私は、ミハイル・バロノフ教授と申します。ロシア人の公衆の放射線被ばく管理に40年以上携わる専門家です。特に、1986 年のチェルノブイリ事故時には、その収束に初期のころから参加しました。
数週間前に、私は福島県を訪れました。この訪問、また、(文部科学省による)放射線モニタリングマップから、私は、現在の福島の放射線を巡る状況が、チェルノブイリ事故の後に放射性核種で汚染されたロシアのブリャンスク地域の1986 年秋の頃に非常に似ていると思いました。あなたがたが、今、日本でしているように、我々ロシア人も、最も影響を受けた地域から人々が避難し、居住地を除染し、農業と山林で対策を実行し、住民の、特に子どもの健康状態を調査しました。
1986 年以来25 年が過ぎました。私たちは、今、公衆衛生上のどのような損害がチェルノブイリ事故によって引き起こされたか知っています。損害のほとんどが、1986年5 月に、汚染された地域で生成された、放射性ヨウ素を含んだミルクを飲んだ子どもの高い甲状腺癌発生率に帰着しました。
不運にも、当局と専門家は、この内部被ばくの危険から、適時、十分に彼らを保護することに失敗しました。福島では、子どもが2011年3月から4月にかけて、放射性物質を含むミルクを飲まなかったことにより、この種の放射線被ばくは非常に小さかったといえます。このため、近い将来あるいは、遠い将来、どんな甲状腺疾患の増加も予想できません。
チェルノブイリ周辺の放射性セシウムに晒された地域の居住者の長期被ばくがどのような影響を与えたかについて、25 年間にわたる細心の医学的経過観察および科学研究は、ブリャンスク地域の人口における特別の疾患の増加を示しませんでした。
また、最近、最も権威のある国際的な専門家により行われた、ベラルーシ、ロシアおよびウクライナにおけるチェルノブイリ事故の健康影響の評価でも同様でした。(United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation, SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATION UNSCEAR 2008 Report(2008年原題/2011年公表) http://www.unscear.org/docs/reports/2008/11-80076_Report_2008_Annex_D.pdf)
1986 年のロシアのブリャンスク地域における被ばく状況の比較と2011 年の福島県の比較から、日本の人口における放射線起因の特別の疾患の増加はありそうもないということができます。
人の被ばく量の縮小を目的とした改善手段を、福島県の中で最も影響を受けた地域において、さらに継続的に実行すべきです。この対策には、居住地、および特に学校や幼稚園など子どもが実質的な時間を過ごす地域の除染を含むべきです。それが外部被ばくを減少させます。農業において、いくつかの対策を実行することで、食料中の放射性セシウムのレベルを下げることができるでしょう。汚染された森林への立ち入りや狩猟の臨時制限は、一般の方々の放射線被ばくをさらに縮小するでしょう。
福島県の皆さんがこの不運な放射線を巡る障害に対処することを日本人の放射線被ばく防護専門家が支援すると私は確信しています。また、福島の避難をよぎなくされた方々は、家に戻ることができるようになるでしょう。私は、あなたがたが復旧・復興に成功することを心から祈ります。また、チェルノブイリの経験をいつでも分かち合いたいと思います。
引用終わり。
次は、「SOURCES AND EFFECTS OF IONIZING RADIATION UNSCEAR 2008 Report」から取った汚染状況マップ。

ブリヤンスク州の位置と面積。ロシア連邦共和国内では、最も汚染が強い。上の地図では、汚染度の階層区分の上限がセシウム137で3,700kBq/m2であるのに対して、日本の文部科学省の汚染状況マップでは、上限はセシウム134と137の合計で3,000kBq/m2超となっている。

ミハイル・バロノフ氏が認めているように住民の甲状腺ガン発生率の上昇は、確立した見解となっているが、他の疾病について同氏は、「ブリャンスク地域の人口における特別の疾患の増加を示しませんでした」と述べている。これが本当なら大変喜ばしいことだが、同氏は、被ばく量の縮小を目的とした改善手段(=除染?)を継続的に実施すべとしている。
そして、「福島県の皆さんがこの不運な放射線を巡る障害に対処することを日本人の放射線被ばく防護専門家が支援すると私は確信」とも述べている。
「近い将来あるいは、遠い将来、どんな甲状腺疾患の増加も予想できません」、「日本の人口における放射線起因の特別の疾患の増加はありそうもない」としているのに、なぜ除染や「不運な放射線を巡る障害に対処」が必要になるのだろう。
同氏のメッセージは、支離滅裂ではないか。こんな資料が低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループに配布されているのは大きな驚きだ。グループメンバーも、このような論理的に一貫しない議論をして報告書をまとめたのだろうか。
京都大学原子炉実験所今中哲二氏の「チェルノブイリ原発事故による放射能影響に関する最近のトピックス」の中にあるロシア医学アカデミー・医学放射能研究センターの報告書の抜粋から。
(ロシア連邦共和国で)最も汚染されたブリャンスク州で、事故のときに0歳から50歳であった住民の1986年〜2000年における甲状腺ガン発生率データを紹介する。事故後の最初の5年(1986-1990)は、年齢グループ別(0-4 歳、5-9 歳…)の甲状腺ガン発生率は安定していた。調査されたすべての年齢グループで1991年から甲状腺ガンの着実な増加が始まった。ブリャンスク州の最汚染4地区での甲状腺ガン例(事故時0-18 歳)26 件について、半経験モデルを基に個人線量を評価したところ、甲状腺ガン発生の被曝量への依存性が認められた。
次は、「チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト」の「第5節 (6) 尿生殖路の疾患と生殖障害」から。
3. 全体として、1995年から1998年までに行われた調査によると、ブリャンスク州の汚染地区の大部分で子どもの泌尿生殖器の罹病率が州全体のそれよりも高かった(表5.36)。
4. 1995年から1998年まで行われた調査によると、ブリャンスク州に住む成人の泌尿生殖器系疾病の罹病率は1ヵ所を除く全汚染地域で著しく増加した(表5.37)。
5. ブリャンスク州とトゥーラ州の重度汚染地域の何ヵ所かで、成人女性の泌尿生殖器系疾病の罹病率は汚染の程度に相関した(表5.38)。
ベラルーシーやウクライナの研究記録に比して、ロシアの学者の研究記録は、現実を捉えきっていないのではないかとの疑問が生まれる。