
五香の駅前です。

東武線六実駅の近くを通ってきた鮮魚街道(「なまかいどう」と読みます)が五香駅のごく近くを通っていたはずなのですが、今は商店とマンションが建っており通れません。五香駅の西側の鮮魚街道から五香駅のほうを見ています。

西側はこんな道が延びています。遠くに見えるのはヨークマート。

西に歩いていくとこんな立派な屋敷も。

この道は松戸鎌ケ谷線の北30mほどのところを通っています。どうにか車2台がすれ違えます。

常盤平中学校の南東の角。ここから少し下り勾配。

子和清水(こわしみず)の湧水跡

松戸市観光協会のサイトから
北総方面と松戸宿を結ぶ幹線(鮮魚街道)に隣接するこの湧水は古くから輸送に携わる人や馬の給水、荷物の鮮魚を保つ水切りに使われてきました。
ここにも全国に伝わる養老伝説が残され「子和清水」と呼ばれています。周辺の開発で枯れてしまった湧水は、現在では汲み上げた井戸水で保全しています。
ポンプがあり動かしたら水が出ました。

子和清水の湧水跡わきの道路を越えると鮮魚街道が途切れます。ガソリンスタンドと駐車場になっています。

駐車場は、通り抜け禁止とありましたが、学術研究のためごめんね。立派な松が生えています。

駐車場を抜けてすぐのところ西を見ています。街並みは整っています。

常盤平柳町の畑のある場所で家を壊し、廃材を車に積んでいました。なかなか丁寧に積んでいます。向こうからこんにちはと声をかけてきましたので、私は空いていた左手で親指を立てて突き出しました。

この先のデニーズが見える通り辺りから鮮魚街道が南に少しずれるようでこれまでの通りの延長ではなくなります。冒頭の地図でその部分はオレンジに塗ってあります。
この辺から下り勾配が始まります。

ここで右手に林が見えましたのでそちらに向かいます。一休みしたかった。

常盤平公園でした。

隣は体育館。

ユーカリとアオギリ。早く育つものを選んでいます。

野球場の西側は大きなクスノキ

このあと少し回り道をしましたが、常盤平第三小学校の周りは高級住宅街です。
八柱駅に近づき、鮮魚街道を東に見ています。銚子丸の店のある角から街道は北に向きを変えています。

京成松戸線を踏切で渡り、少し歩いたところ。この先は面白みもないようなのでここで打ち切りにしました。稔台の手前で地図の鮮魚街道の表示が消えています。

2025/11/23、モミジの紅葉はまだ少し早いかなと思いつつ、市川動植物園のモミジ山に出かけました。

モミジ山は急な坂を登ります。手すりなし。慎重に上りました。中ほどまで行くと赤いモミジが色づいていました。




上り口と反対の方向にある下り階段から降りますがここは一段の高さが大きく、ちょっと怖い。ロープの手すりとポールの杭を頼りに慎重に降ります。ここで転がったら救急車を呼ばないといけません。

市川市鑑賞植物園の前に出ました。ここで握り飯の昼食。友人がペルーコーヒーを飲みました。高級コーヒーです。

これはワタでしょうか。数株だけ栽培していました。

市川大野からここまで私たちは途中から畑の中を通ってきたのですが(ピンクの線)、私たちが動植物園の入口に着いて一服していたら、畑の中の近道に入る直前に私たちを追い越した男女が到着しました。彼らは幹線道路を歩いてきたのです。距離的には2.5倍近いでしょう。でも若ければそれも苦にならない。彼らの歩行スピードは私らの2.5倍なのです。私らの歩行力がどれほど落ちているかわかります。

帰路は、できれば船橋法典駅まで歩きたいと思っていたのですが、意外にバス便が多い。ファイターズ鎌ケ谷スタジアムに客を運んだ帰りの便のようです。
正八幡神社の隣の公園で休みながら相談し、バス利用を決めました。ここのバス停のバス通過時間まで10数分ありましたので、もう一つ先のバス停まで歩きます。最後のところは坂でしたがなんとか上り切り、バス停で待ちます。
私と同じくらいの歳とみられる男性がカートに荷物を載せてバス停に来ました。こちらから話かけますが、先方の話が私には理解できない。
バスに乗って近くに座りましたので、彼がいろいろ話してくれますが、訛りもあり私には聞き取れない。友人が、彼は83歳だそうだと教えてくれます。千秋楽なので相撲を見るため早く仕事を切り上げて帰るのだと。
彼がポケットから折りたたんだ紙を出して渡してくれます。開けてみてみると、がん予防・治療の方法として野菜数種類を煮て毎日飲むようにと書いてあります。
そしてこの方法でがんが治ったら自分に何万円か送金するようにと書いてあります。住所は松戸市常盤平の集合住宅のようでした。
私は幸いがんにかかっていないのでその紙は返却しました。でもきれいな字で書かれています。
船橋法典で降りて駅のホームで待っているとその男性が前を通り過ぎ、朗々たる声で何か歌っているのが聞こえます。
後で、友人が教えてくれたのですが、その方は、兄弟もすべて死んでしまい自分一人だと言っていたと。バス停の場所からすると板金加工の仕事をしておられるようです。83歳であの元気さならうらやましい限りです。
2025/11/15、白井市に紅葉を見に行きました。

北総線の小室駅で降りて車道を渡りまっすぐ行けば、小室公園の陸上競技場に着きます。

トラックは、こんな木々に囲まれています。


紅葉の見どころは、公園と隣接する団地との間の細い道。

モミジ

今年はフウの木やカエデ、ハンテンボクの葉の落ち方が早い。

赤くなりきれずに落葉しています。黄色はそれなりにきれいです。

イチョウの木は例年のように紅葉しています。

小室団地の北に出て森に向かいます。水田地帯を通り木下街道に出ます。

郵便局と整形外科医院の向かい側の道に入ります。

道沿いに生えていた珍しい木。モクレイシのようです。


角を曲がると少し登坂

家が途切れたところを右に回るのですが、古い道路標識があります。「白井ヲ経テ英治村木下方面ニ至ル」とあります。先ほど渡った車道が木下街道です。裏道を通る人も多かったのでしょうか。

河原子街道を渡ります。

林の中に資材置き場などが続きます。神崎川の手前で遠くが見えます。

神崎川を渡ります。この川は新川に合流しますが、昔は氾濫して犠牲者が出たこともあったようです。慰霊碑を見かけます。

道路を直進するとフジコーの廃棄物中間処理場が見えてきます。公道の両側に施設があります。

こちらは加熱処理のようです。隣接地に工場拡張の工事予定表がありました。

道端にあった草花の群生。

フジコーまでの舗装道路が途切れるとこんな道になり、林も自然状態を強く示します。手入れはされていない。

途中開けて畑や果樹畑があります。まっすぐこの先の林に入っていくのですが、林の中から自転車が出てきて、会釈をしてくれました。自転車乗りは、若い人も比較的社会性があります。にぎやかなことが好きな人は一人で何時間も自転車をこいだりしません。

前の林と同じような道を歩きますが、ところどころに開発された場所があります。キャンプ場みたいなところも。ここを抜けて来迎寺に着きました。ここの大イチョウがちょうど紅葉。

帰りのバスまで時間があるので、空き地たっぷりの田舎を歩いて楽しみます。大きな民家。

ピラカンサ

先ほど通り抜けてきた林です。右端に2本煙突が見えます。フジコーの廃棄物処理場でしょう。

来迎寺の近くの林、大きな欅の木が多い。

この後も時間があったので鮮魚街道を超えて白井第二小学校の近くまで歩きました。16号から東側は市街化調整区域で開発が抑えられているそうですが、建物を建てない開発は続いています。
途中、私と同年代ともみられるおばさんと道で出くわし、少しお話をしました。帰路にダンスの看板がありました。喫茶などもやっているようですが、経営は難しいかも。
それにしても、最近、私は郊外を歩いていてほとんど人に会いません。軽自動車で走り抜けていく人は顔も見えない。11/1に神々廻のほうへ行った時も、外国人のお兄さんと卒塔婆を持った中年男性、柿を採っている女性、作業を終え帰宅途中のNGOの中年男性たち、聖地公園から帰宅するまだ若い人3人にしか会いませんでした。
11/15は、小室公園では子供たちが遊んでいましたが、大人は公園の入口で一人、銀杏並木を散歩している中年男性、モクレイシの木を見た民家の近くにいた立ち話の人二人。
林が途切れたところで会った自転車の若い人。来迎寺の近くで生け垣の手入れしていた中年男性。鋏を持ってどこかに行く老人。立ち話をしたご婦人。
老人の姿を見かけなくなっているのです。老人は介護施設に収容されて外出しなくなっている? 確かに外に出れば転倒したりリスクはある。でも昨日今日のような天気の日には、外を歩くと精神的にリフレッシュします。
私は、自分の暮らしと関係のない知人もいない「無縁」なところを歩いています。何か不幸なことがあっても知らないまま帰ってきます。
2024年10月16日に複数人に押し入られ現金を奪われた家は、フジコーの施設から直線で660mほどです。次の画像の二つ目の送電塔から300mほど。

事件があったときは、詳しく調べましたが、パソコンの前から立ち上がれば全部忘れています。忘れなければ、上のような景色を見ても、楽しめません。
2025/11/8、京成松戸線の西側を歩いてみました。高根木戸の西側の密集住宅地は迷路のような造りが気に入っています。
さらに駅から離れたところはどうなっている? 西に行けば東武線が走っています。途中にまだ畑が少なくないのです。

二和向台の駅から歩きだします。駅前を通る広い道は団地の中に通じていてその先は狭い道です。駅前に出てくる道がもう1本あり、狭いカーブした道なのです。これは見物とそちらを通りました。

一部拡幅されていますが2車線はない。次々と車が通ります。

最初の交差点で直進すべきところ、間違えて右折してしまい、京成線の踏切に出てしまいました。この間、道路は渋滞です。北に向かう道ですから皆さんどこに行く?
直進すべきところを右折したので道を引き返しながら正しい方向にショートカットします。ロスは最小限に抑えられました。
本来予定された交差点。南西に伸びる道は整備されています。この道を後で歩きます。

この地域の中の1km近い直線道路に入ります。こんな
細い道です。入って間もなく道のはるか先に高い建物が見えました。

帰宅後調べると、津田沼駅の南側に最近できた超高層ビルでした。私たちの歩いた道の延長線上にあります。

南に歩いていくと新築分譲住宅が多いのが目につきます。建築ラッシュと言っていいでしょう。船橋市のちょっと便の悪いところに開発が集中していると聞きました。

この辺で三咲駅まで1.53km。


北を振り返っています。

こんな感じで家が建っています。この開発地の隣も開発中。

広告がありました。土地価格が安いもので1700万円。建物は別です。ここは建築条件付きの土地分譲でしょう。

直線道路を離れて西に見える空き地に向かいます。日大の校有地と書いてあります。日大はあちこちに土地を持っています。地図でこの空き地は隣接する馬込墓苑の拡張用だろうとみていました。
船橋二和高校の南を歩きます。どんぐりが大量に落ちています。見上げると木が大きい。
二つ高いアンテナがありますが、これは日大の用地内ではなく隣接地にあります。なんのアンテナかはわかりませんでした。

二和西公園に入って昼飯を食います。握り飯ですが黒猫が寄ってきました。親子のようです。大きいほうが私の足に体を摺り寄せます。サケの入った握り飯を少し食べて友人に渡します。友人は猫が好き。1匹は具のサケの切れ端しか食べませんでしたが大きな猫は握り飯のご飯も食べていました。ベンチの裏側には空の皿と水の入った容器が置いてありました。
さて、帰り道です。ここは最寄り駅が遠いのです。この団地から南に抜ける道路に自信がなく、北に移動しながら西に出る道を見つけました。上に掲げた桜並木の道路の先に出ます。この辺りは昔自転車で走っていた時、よく通ったのです。大きく変わっています。
黄土色の線が今回の経路、水色の線がかなり昔から自転車や徒歩で通った経路です。

2025/11/3
三連休で天気も晴れましたので年末の買い物(カレンダー)を口実に出かけました。私はここ10年以上、コーナンで売っている1年1枚のカレンダーを使っています。年寄りになると月日の経つのが早く、あっという間に月が替わります。このサイトの画像を保存するサーバーに新しい月のフォルダーを作るたびに、もう1月過ぎたと気づきます。

京葉道路に近づくとマンションが現れます。北側は住宅が多いですが南側に小学校もあります。創価学会の立派な施設もあります。私は異臭を感じましたが、気のせい?
高速道路を潜り抜ければあと少しで去年か今年に移転したコーナンです。ここは、私の工作用の材料があるので以前からよく使っていました。移転後もGoogleのマップには古い地図しか載っていなかったので、新しい建物が大きいのに驚き。
建物の中の商品の配置はほとんど同じです。鉢物や草花の苗が見当たりませんでした。
帰路は、西船橋駅に向かいました。なかなか距離がある感じですが、2kmですね。あまり見るべきものはありません。
2025/11/1、久しぶりに天気が持ちそうでしたので、遠出をしました。下手賀沼の近くにある重要文化財滝田家住宅を見に行くことにしました。近くにある延命寺、白井墓苑も見てきます。

船橋市の北にある白井市の北の外れまで行くのですが、北総線の小室駅から歩くことにしました。片道6kmくらいで何とか歩けるでしょうが往復はとても無理。いろいろ調べて白井市市営のミニバスが走っているのを見つけました。
本数は少なく一日6、7本。しかも日曜日は運休です。延命寺の辺りは午後3時半近くに通るバスがあります。これを使うことにしました。
小室駅から歩きだします。小室公園に入り、昨年紅葉をめでた小室小学校の西側を通り、北側に回ります。

紅葉が始まっていますがあと2週間くらい?

小室中学校と小学校の間にあった遺跡の説明版。

調節地のあるほうに向かい高台を降ります。

水田の中の道を歩きます。

神崎川を渡る辺りはセイタカアワダチソウが盛り。

船尾街道は付け替え工事が始まっています。
船尾街道を少し北に進んでから右に入ります。道は狭くて見逃してしまいそう。ゴルフ場の看板があります。すぐに急な傾斜。外国人の男性が自転車で追いつきましたが、すぐに下りて自転車を押します。
しばらく進むと畑の中に特別養護老人ホーム。大きな施設です。

道端にあった何かを祭ったとみられる碑。文字が読めませんでした。

神々廻(ししば)の中心に来ました。広い道は木下街道。手前側から入る道が3本、向こう側に入る道が2本あります。松戸市営白井聖地公園 左に1.3kmと看板があります。

聖地公園に入る道のわきに馬頭観音の碑が並んでいます。

ここから鮮魚街道(なまかいどう)まで980mの直線道路です。道のわきに鉄板を切り抜いた看板がありました。正確に切り抜いてあります。今はこのような加工も容易にできるんですね。

果樹園の生垣にカラスウリが彩を添えています。

中間地点辺りで一休みして昼飯を食べましたが、腰かける場所ももない。周りはこんな景色です。木が多くなってきています。

もうすぐ鮮魚街道というあたりで卒塔婆と花束を持った親父に追い抜かれました。背広に革靴でした。どこから来たのでしょう。神々廻の交差点も路線バスは少ないです。それに卒塔婆を持ってバスや電車に乗りませんよね。
その親父は、鮮魚街道を左に折れていきました。聖地公園の中心まであと600mほどです。私たちは、正面の家の右側からさらに北に入ります。

沿道にも木が多くなります。

もうすぐ目的地という辺りで展望が開け、下手賀沼が見通せます。この沼に流入する川の土手に今井堤と呼ばれる場所があり、桜の老木が有名です。私は昔一度見たことがあるか? その時は自転車でした。

到着しました。滝田家住宅。写真を撮らせてもらうために声をかけましたが、どなたもおられなかったようで、ここから撮影するだけにとどめました。

北側の生垣のある入口です。これはカンナ街道に接しています。

カンナ街道から広がる水田地帯を眺めました。秋の風景です。カンナ街道は、車の通行もありますが、ロードレーサーで走る若い人も多いです。
カンナ街道を西に少し歩き、隣の台地に通じる道路から聖地公園のほうに向かいます。なかなか急な坂。特別養護老人ホームの手前で登った坂と二つ目です。
なんとか延命寺に到着。鐘撞堂。

本堂です。

本堂のわきのベンチでしばらく休ませてもらって、友人は早々とバス停の前に立ちました。私は近くを見せてもらいます。
延命寺の近くのNGOの使用する駐車場の柿。

白井市の平塚分校。白井第二小学校は直線距離で3km以上離れています。道路距離では5km近くになるでしょう。ただ1、2年生の教室が見えません。この分校に通う生徒は相当な距離歩いてくるはずですから、1、2年生はバス通学でしょうか。

ゴンズイの実がたわわです。

バスは時間通りに到着しました。
狭い道ですがスイスイと走ります。
聖地公園の中心部にいったん降りて時間調整をしてから工業団地を二つ通り抜け、白井市の西側を回って西白井駅に着きました。料金150円。このバスは使えます。
2025/10/12、佐倉カントリー倶楽部のある丘を歩きました。
14年前、福島第一原発事故の直後に佐倉に出かけ、道端のタケノコを掘ったことがあります。後でタケノコは放射能が高いと知りましたが、後の祭り。知り合いの主婦にもおすそ分けをしたはず。
その後タケノコ堀りをした場所がわからなくなっていたのですが、最近、郊外遠征先の下調べをする中でこの場所を見つけました。遅まきながら放射能測定です。

京成佐倉駅から歩き始めます。駅前を通る大通りを200m余東に行くと、佐倉カントリー倶楽部の入り口があります。幅広い傾斜の急な道路を上ります。
毎回きつい登りと感じますが、ゆっくりと歩きゴルフ場の入口と駐車場を過ぎた辺りから道が狭くなります。この日は曇りで林の中の道はちょっと暗い。
このゴルフ場は緑が豊富です。


一番奥にティーグラウンドがあり、私たちの見ている間に3人ほどが第一打を打ちましたが、2人がワンオンしました。

コースから離れた道を行きます。斜面の林で手入れは全くされていない。


道のわきにはこんな大きな木も。

千葉県内の林は、竹が勢力を広げています。こんな感じでほとんど竹林。原発事故の影響で一時タケノコを取らなかったことも影響しているかもしれません。

林を抜けて集落に出ます。通ってきた林の遠望。

大きな家もあります。後ろの林は斜面林。その向こう側は水田です。

集落の中にあったマメガキ。黒塀ですが特に何か理由があるようにも見えません。

この後、車道が途切れ、階段を下りました。当初の予定では高い台地部分を歩いて目的地に向かうはずでした。すぐに登坂が見えてきましたが、連れが登坂を拒否。回り道をします。
この道を一番奥から歩いてきました。

ここが14年前に汚染タケノコを採取した場所です。道路の舗装が切れたすぐ近くに生えていました。タケノコを取っているときにこの道の奥からトラックがスピードを出してこちらに来たのです。それでこの風景が記憶に残っていました。

携帯用の空間線量率測定器を出して高さ1mで測定します。0.15μSv/hを少し上回る辺り。少し高めです。まあ、ここのタケノコのせいで体調不良を起こしたわけでもなく、ガンにもなっていないので幸いでした。
佐倉駅へ向かいます。フウの木の葉が色づいています。岩名運動公園の中を通る道路はハンテンボクが多いのですが、紅葉はまだ見たことがありません。

この公園で休みました。緑に囲まれ心地よい空気が流れます。キンモクセイの香りを胸いっぱいに吸い込みます。

心身障害者福祉作業所

こんな住宅街の中を歩きます。

大きなキンモクセイ。写真を撮らせてもらったら庭に家の方がおられたので声をおかけしましたが、反応がありません。しばらくして視線が合ったら会釈してくれました。遠ざかってから、連れが「あの爺さん耳が聞こえていない」といいます。そうなのかも。でも君もいつもこんな反応だよね、と返すのは控えました。

京成佐倉駅の窓からお祭りが開かれているのが見えました。寄っていくかと聞くと、これも拒否。今日はアプダウンが多く、足が疲れました。
2025/10/5、船橋市から白井市、鎌ヶ谷市にかけての通勤限界地、いやいや開発最前線を訪ねました。

二和向台の駅から東に向けて歩き出します。東に向かうのは2回目か3回目。1回、西に向かったことがあります。
構内にベッド数の多い整体院があり、その前を通って駅の北側を通るメインストリートを行きます。確かこの通りにたこ焼き屋があって買ったことがあります。500円だったはず。
東西に走る幹線道路に出て、前回はカラオケ店の角から八木ケ谷中央通りに入りました。そして八木ケ谷小学校と中学校を経由して三咲を通り、高根公団まで歩いたことがあります。このコースはなかなか面白く印象に残っています。
今回は逆方向に回って新鎌ヶ谷まで行きます。八木ケ谷の高台から降りて、高野台の中央部を横断し、旧木下街道と現在の街道を渡り、富士地区を歩き風間街道に出て、あとは県道を新鎌ヶ谷に向かいます。
八木ケ谷の中央部は周りよりも高くなっています。二重川を越えた高野台地区を見ています。

もう少し東に行って北に向かう道を下ります。なかなかの傾斜。

鎌ヶ谷大仏から始まる二重川に沿った地域は整っており、何度も自転車で走ったり、歩いたりしました。高野台の内部に入るのは初めてです。
道路は狭いながらも通じています。家並みはやはり経過年数が争えない。
白井市の富士地区に入りました。白井富士郵便局の近くの細い道を入ります。この近くに関東一高の野球場があります。
家庭菜園の入り口で休みました。名前のわからない野菜。オクラの花に似ていますが、色はピンク。

この家庭菜園の反対側、道路添いの一列だけの家並みの向こう側でかなり規模の大きい宅地造成がされていました。
この場所は次の地図の赤い丸印で鎌倉大仏から幹線道路に沿って(紫色の経路)1.99kmあります。私の言う通勤限界地です。それゆえこれまで開発されなかったのでしょう。

ですが、北総線の西白井駅ができて条件が変わりました。ここから裏道(緑色の経路)を通ると西白井駅まで2.0kmなのです。1車線ですれ違いも容易でない細い道ですが、駅まで一直線。自転車で飛ばせます。
京成松戸線の沿線はどこも限界地まで開発されています。どこも道路が狭い。西白井駅の周辺は宅地開発が進むでしょう。
昨年秋に小室駅の近くの団地を歩きました。庭で手入れをしていたご夫婦に伺ったら、定年退職で都内から越してきたと話しておられました。バスなども路線が廃止になったりして不便になっているとのことでしたが、年金生活ならなんとかしのげるでしょう。
西白井駅に通じる裏道に入る角にある八幡神社。

この地域の開拓30年の記念碑。この地域は一面の雑木林だったはずです。

風間街道から県道に抜けるべく歩いていたら比較的近い場所に焼却塔らしき煙突が見えました。この辺にクリーンセンターがあったかと帰宅後調べてみると、第2北総病院の隣に現在は使われていないごみ焼却場があることが判明。

鎌ヶ谷市立第五中学校の隣です。この周りには社会福祉施設もいくつか。
この日は、日差しが強く、暑かったのですが鎌ヶ谷市東初富公民館の日陰に入って休んでいたら涼しく感じました。楽器演奏の人たちが帰宅するところでしたが、聴衆は出てこなかったのです。大きな楽器はトラックが運んでいました。交響楽団のようです。
新鎌ヶ谷駅から北総線を利用しましたが、この駅の設計は最悪です。東側からアクセスすると駅構内をいっぱい歩かされます。ファーストフードの店が並んでいますが、住宅街の中の駅でそんなにファーストフードの利用者かいる?
2025/9/28、好天になりましたので、また金ケ作方面に出かけました。今日は、老人に話しかけられることの多い、カーキ色のドゴール帽にFILAの安いTシャツです。

逆井駅の東側に出て、線路沿いに南に下がります。低地に降りると常盤平まで局所的ながら林が残っています。
カタクリ群生地です。泉自然公園の群生地も見たことがありますが、同じような日当たりが良いとは言えない草の少ない斜面でした。

通りかかった年配男性が、説明してくれます。秋遅くに草を刈るのだと。カタクリは桜の咲くころか少し前に葉を伸ばし、花をつけるがそのうち葉はなくなってしまうのだと。この日、斜面に目を凝らしてもカタクリの葉は見られません。
このテニス帰りの年配男性は、大変博識かつ饒舌でよどむことなくいろいろ説明してくれました。近くにニッカウィスキーの工場があるが、あそこは湧き水だと。どんどん話が発展してAさんは新宿で育ち、半導体関係の仕事をしてこられたようです。海外へも工場立ち上げの仕事でよく行ったと。今もスマホ関係の中核技術開発の会社を営んでおられるとおっしゃっていました。
Aさんのお説は、私には理解可能でしたので、適宜合いの手を入れていると話が止まりません。同行の友人はとっくに姿を消してしまいました。
かなり時間が経過し、1時間近く経ったのではないかと思う頃お暇しようと握手を求めたりしましたが、解放してくれません。連絡先を聞かれたので電話番号を教えます。まめな方でその場で連絡先の登録を始めました。
結局、解放されたのは1時間半ほど経過した後でした。
近くのグランドまで出て友人に電話をすると、歩き回って疲れたからもう帰るとの返事。悪いことをしてしまいました。
私は1時間半も立ち続けたので左足が痛みましたが、せっかくここまで来たのだからと京成松戸線の駅を目指して歩くことにしました。
しばらく歩いて観音寺を過ぎたころから柏市南部クリーンセンターの煙突が見えてきます。
これは中古車の置き場でしょうか。材料置き場などが多いです。あまり美しくない。

道路の南側には、こんな場所もあります。

道路の北側には水田のあるところも。

柏市立土南部小学校前の交差点から南側を見ています。前回はこの坂を上って松戸市側に行きました。必ずしも平たんな場所ばかりではありません。

南部公園に着きました。地図上ではきれいな林だったのですが、実物はちょっと違う。


この後、新並木通りを西に歩いていきますと、途中で若い女性に追い抜かれ、交差点で並んだら五香駅への道を聞かれました。私は常磐平を目指していましたので、的確に答えることができず、少し遠回りをさせてしまいました。
私より足が速く先に行きましたが、結構暑い。その方はバスを待つことに決めたようでした。バス停で別れ際に「兄ちゃん頑張って」と言ったように聞こえました。色は黒くなかったし、どこの国の方だったのでしょう。
南部公園の近くに住んでいると、常盤平まで直線で2km、五香まで1.4kmです。道は入り組み、直線的ではありません。
南増尾からは、常盤平まで直線で2km、五香までも2km。逆井まで1.8kmです。私の調査によると通勤範囲は、駅から2kmが限度。武蔵野線と東武野田線、京成松戸線に囲まれた地域は家が建ってはいるものの、通勤という面ではほとんど限界地です。この地域を歩いていて感じた違和感。この辺からきているのかもしれません。
今日は予定外に長時間、路上で人と話し込んでしまいました。相手がコロナ感染者なら完全に感染しています。やばい、やばい。気を付けよう。
Aさんの話で一つだけ、そうなのかと思ったことがあります。派遣労働の緩和について大手日本企業の技術系職員の間にも満足できる所得水準に達していたことから、もっと働くことに自由度があってよいと歓迎する雰囲気があったそうです。それが末端労働者だけでなくコアとなる技術系職員にも及んでおり、これが日本企業の技術開発の停滞につながっているとの指摘でした。日本と中国は、ウサギと亀のたとえ話をこの数十年間実践していたのです。
2025/9/23、涼しい天気ですが、日差しがさしています。家の近所5.3kmほどを1時間半で歩きました。最近は、5kmも歩くと駅直行、またはバス停を探すのですが、今日はよく我慢できました。
2025/9/20、グーンと涼しくなりました。雨がありそうだとの予報のため、あまり遠くないところで緑を眺めに。京成松戸線の常盤平駅の近くを歩き、五香駅から帰りました。幸い雨には打たれず。

常盤平に近い金ケ作熊野神社。大きな木が茂っています。前回この脇を通りましたが、その時は調べる気力もなく。

祖光院

ここはヒガンバナで知られているようです。咲き始めていました。

祖光院の正面入り口から道を渡れば金ケ作自然公園。林の中には下草はありませんが、朽ちた木がたくさん転がっています。ベンチを見つけて休もうとしますが、蚊が多くてすぐ退散。

金ケ作小学校の北西隅から林に入りました。

隣のブドウ園との境の道

民家の道沿いに植えられていた花

千葉県立つくし特別支援学校の新館でしょう。バスの出入り口が小さい。

こちらが旧館。送迎のバスが止まっています。

校舎は大きいです。松戸市内には、近くに千葉県立松戸特別支援学校もあります。

緑に囲まれたお宅。

建物は老人ホームです。手前の空き地に障がい者グループホームが建つ予定のようです。

五香に向かう道。途中にスナックや理髪店などが集まった場所があります。

この春から東武野田線の西側を何度か歩いています。特にあてもなく歩いては、事後的に関心ポイントを発見し再訪したりしています。

この地域で興味深かったのは、柏市の南部クリーンセンターと松戸市の高柳クリーンセンターが直線距離で1.6kmしか離れていないこと。
柏市の南部クリーンセンターは、福島第一原発の事故後焼却灰の放射能濃度が高くなり、焼却を止めました。濃厚汚染地帯であることに加え、新鋭焼却施設であったためにフィルターの除塵機能が高かったことによるものとみられます。

一方、松戸市の高柳クリーンセンターに持ち込まれる植木の剪定くずなどは、やはり汚染が強かったはずですが、焼却灰の放射能濃度はそれほど高くなく、稼働を続けました。煙突から放出される放射性物質は、かなり高かったはずです。

松戸市の高柳クリーンセンターは低地にありますから、煙突の高さも相対的に低い。13年前は今より住宅の込み具合も低かった?
放射能測定器を持参して測定してみましたが、特に顕著な差異は見られませんでした。
しばらく前に、このサイトを長年見ておられた方から、体調不良がようやく改善したとのお便りをいただきました。うれしかったです。
私の友人は、2011/3/15に茗荷谷駅の近くで建設の仕事があり、早朝から外にいて福島第一原発からのプルームを吸入してしまいました。その後腹部の前面に広く赤いぷつぷつができたといっていました。最近は、福島第一原発事故の後、心臓がとても痛かったといいます。セシウムも吸っていたわけで、痛みを感じただけでやり過ごせたのなら幸運だと話しています。除染作業に従事して亡くなった方が続きました。セシウムの吸入によるものですよね。
2025/9/14、都賀駅から加曾利貝塚を経て県庁前でモノレールに乗って帰る予定でしたが、道の選択を間違えたのと午後気温が厳しくなり、途中でバスに乗って千葉駅に帰りました。

四街道の南部については、最近何度も出かけています。
@ 都賀駅から千葉家畜市場の前を通り、わらび近隣公園、ドン・キホーテを通って四街道駅まで歩いた。アブダウンがひどく一度で懲りました。
A 都賀駅から歩こうとしたが、あまりに暑くて挫折、林で休んで帰りました。去年の夏です。
B 都賀駅から佐倉街道古道を四街道運動公園まで歩き、帰りは小名木坂下から四街道駅までバス利用。
C 都賀駅から千葉家畜市場の前を通り心霊スポットとされる烏の森の周りと、森の中、そして若松台団地の周りをまわり、めいわ郵便局バス停から都賀駅に帰りました。
D モノレール千城台北から植草学園の前を通り、吉岡の享保二年庚申塔に寄って、四街道運動公園に。帰路はみそら団地に抜け、バス終点を探してバス利用。
E モノレール小倉台駅から佐倉街道に近い道を北に歩き四街道運動公園に。帰路は旭中学校のわきから旭団地に抜け、バスで四街道駅へ。
四街道運動公園は、運動施設のほかに自然の林地がたっぷり取り入れられており、緑陰が楽しめます。シデなどの雑木が多く、松や杉はほとんどない。時にクマノミズキの大木があったりします。
この公園の設計者はなかなかの見識です。
それで今回は、木の育ちが良いこの地域の観察として加曾利貝塚の樹木を見てみることにしたのです。
これまでと異なり、都賀駅から東南方向に歩きます。途中、友人がワークマンがあれば寄りたいと言っていましたので、地図で調べさせると、少し大回りになるところにワークマンの店がありましたのでまずそこに寄ります。予定より南に下がりましたので、若干修正しながら住宅街の中の細い道を選びながら歩きます。
貝塚に隣接した県営住宅の付属公園に行き当たり、即休憩。この後、貝塚のメインの入口に回りました。すると、入り口で年配男性が寄ってきて園内を案内してやるとのありがたい申し出を受けました。
時間は1時間くらいだといいます。博物館などを丁寧に見て回るとくたびれますので、見どころだけを教わって勝手に回ることにしました。
お爺さんは、ボランティアなのです。私に歳はいくつかと聞きますので正直に答えると、そのお爺さんは86歳だと。はーっ、お元気ですね。毎日このボランティアの仕事で園内を歩いているのがよいのでしょうね。
この地域は、元気な爺さんが多いのかもしれません。前回小倉台から歩いて御成街道の交差点に面した公園から出て道を渡ろうとしたらも、ちょうど信号待ちをしていた軽トラックの運転手が「その公園に小判を撒いておいたのだが拾ったか」と声をかけてきました。「その噂を聞いて今探してみたが、見つからなかった」と返しました。
他の方に歳はいくつかと聞くことはよくありますが、私について聞かれたのは初めてです。最近青いキャップをカーキ色のドゴール帽に変えたことが影響しているのかもしれません。グーンと地味に見えます。
園内を回ります。最初に地層の現物表示。2m以上の深さがありました。

竪穴式住居の跡。穴が不規則に並んでいるのは、建て替える際に少し穴の位置をずらしたからだろうとの推測でした。

博物館がありました、ざっと見て回ります。
復元集落は、見る価値ありです。

そのそばに火おこし体験をやらせてくれるボランティアの方たち。

ここでの火おこし器具は、弓のような形の弦の部分に大きな鉛筆状のものが弦をまかれた状態となっており、この弓の両側を二人で持って押し引きすると、鉛筆が回転しますのでその先に突き出ているセイタカアワダチソウの茎を板に開いた穴に突っ込んで摩擦し、種火を起こすのです。
火が起きたらこれを麻縄のほぐしたものに包み込み、トングの先につかんで左右に振り、風を当てると炎が出ます。
家族連れがやるのを何組も見ていましたが、どの組も短時間で火おこしに成功。失敗なし。
上の写真では、ちょうど女の子のトングから炎が上がっています。
私たちもやらせてもらいました。立膝で片足で板を抑えながらですから姿勢的に楽ではないのですがなんとか持ちこたえました。
火がついてにっこりの友人。

上の母親と娘が写った写真の中央に立つ方が、考案・開発者だと思います。参加者に対する指導が簡単で要領を得ています。
この体験はお勧めです。これをやっているかは、教育委員会事務局生涯学習部文化財課加曽利貝塚博物館 千葉市若葉区桜木8丁目33番1号 電話:043-231-0129 に照会すれば教えてくれます。
この後は、帰路です。最寄り駅はモノレールの桜木駅。ですが、少しこの辺を歩いて帰りたかったのでボランティアの方に公園内から南に抜ける方向を尋ねますと、なかなか難しそう。しばらく考えて低地を流れる川沿いに下り、都川と合流したところから都川沿いに歩けば県庁に行けると。
それは確かにそうなのですが、大変な回り道です。でも、まあ少し行けば、町中に戻れるだろうと甘く見て川沿いを歩き出しました。
小桜橋通りが川をまたいでいますが、橋に上がる道はありません。この橋の手元には、千葉中央メディカルセンターがあり5年前に埼玉県八潮市の飲食店駐車場からここまで遺体を運び玄関に遺体を遺棄した事件がありました。次の写真の左側、橋の下の細い道を歩きました。

さらに進むとようやく橋がありそこから台地の上に上がれます。迷わずこれを進みますが傾斜がきつい。それでも何とか上りました。

この後は、住宅と資材置き場が混在したような地域で、休む場所もありません。
支援学校が工事のためでしょうか門が開いていたので中に入って休みました。千葉県立桜が丘特別支援学校です。
ここには、乳児院もあるんですね。
私はあちこち裏道を歩いていますので、千葉県の総武線沿線の支援学校は、かなり見ています。

千葉県立船橋特別支援学校は、平日だったため、下校時の多数の車の迎えなどもあり、教職員が交通整理に当たっていました。このような学校の教員は、苦労が多いのだろうなと思いをはせたことでした。
気温が上がってきていますし、日照もあります。道には日陰がない。とにかく大通りを目指してあるき、バス停を見つけました。ここから千葉駅へは西に一本の道路ですが、千葉市内はバスから見ていても面白みがない。途中結構アブダウンがあり、徒歩で歩き通すのはやはり無理だったと悟りました。
2025/9/6
夏の間、あまりの暑さに屋外に出ることを控えていました。9/6は、好天で日差しは強いものの、空気も乾いて涼しいので出かけました。

四街道公園の緑を楽しみます。北側外周散策路に木陰の休憩所があり、前回ここで休んですっかり気に入りました。時折風が吹き、木の枝が揺れます。

休憩所の南側はこんな林です。日の光が通らないほどの葉の密度があります。

特別な林ではないといえばその通りです。

今日は前回とルートを変えて公園を南に抜けて、耕作放棄地の端の道を歩きました。近道です。旭中学校の坂の下に出ます。水田地帯を通ってみそら団地へ上がります。

みそら団地から旭丘団地に接する辺りに山梨バス停があり、ここで乗車しました。今はGoogle Mapでバス停を探し、時刻表も調べることができます。

四街道駅から千葉駅行きに乗り、千葉駅で乗り換え。総武線は便が悪い。
電車を乗り換えて一安心。服は汗でびっしょり濡れていましたが、家に着くまでに乾きました。

ずっと歩いていなかったこともあり、脚力が落ちています。