ポロニウムによる中毒 リトビネンコ事件: ずくなしの冷や水

2022年06月05日

ポロニウムによる中毒 リトビネンコ事件

2006年にロシアの元KGB職員リトビネンコがロンドンで何者かによって中毒死させられたとみられる事件があり、ポロニウムによる毒殺事件ではないかと疑われ、英国警察が犯人とみられる者を指名手配しました。

ポロニウムは、ウラン系列の崩壊過程でラドン222からポロニウム218、ポロニウム214、ポロニウム210が生じる。人工的に作られるポロニウム209の半減期は102年、アルファ線を出す極めて危険な放射性物質ですが、アルファ線しか出さないので容器に密封してあれば、外からは放射性物質であることが探知できないし、携帯しても害はない。

ウラン系列 ウラン238の崩壊系列


毒殺にかかわったとされた人の一人がロシアで亡くなったというのですが、死因はコロナによる合併症だそうです。

Suspect in poisoning of ex-KGB officer dies
Dmitry Kovtun had been wanted by the UK in connection with the death of Alexander Litvinenko in London in 2006

Businessman Dmitry Kovtun, one of the two Russians accused by the UK of poisoning former KGB officer Alexander Litvinenko in London in 2006, died on Saturday.

Kovtun’s death was announced on social media by his close friend Andrey Lugovoy, a Russian MP also wanted by London over the Litvinenko case. He said Kovtun passed away from complications of Covid-19.

The British authorities accused Kovtun and Lugovoy of murdering Litvinenko and demanded their extradition, which was refused by Russia.

Both men met with Litvinenko several times in the weeks leading up to his death, which was determined to be from poisoning by the radioactive element polonium.

Kovtun and Lugovoy denied any wrongdoing.

In 2021, the European Court of Human Rights ruled that the pair assassinated Litvinenko while acting as “agents” of Russia. The Kremlin argued that the verdict was baseless and politically motivated.

Following the collapse of the Soviet Union, Litvinenko continued to work in Russia’s Federal Security Service, the successor agency to the KGB. He fled to Britain in 2000 after a series of criminal investigations was launched against him. He became critical of the Russian government and co-authored a book in which he claimed that the 1999 apartment bombings in Russia were an inside job.

2006年にロンドンで元KGB役員のアレクサンドル・リトビネンコを中毒したとして英国によって非難された2人のロシア人の1人であるビジネスマンのドミトリー・コフトンは土曜日に亡くなりました。

コブトンの死は、彼の親友であるアンドレイ・ルゴボイによってソーシャルメディアで発表されました。彼は、KovtunがCovid-19の合併症から亡くなったと言いました。

英国当局は、コブトンとルゴボイがリトビネンコを殺害したとして非難し、彼らの身柄引き渡しを要求したが、ロシアはこれを拒否した。

両方の男性は、放射性元素ポロニウムによる中毒によると判断された彼の死に至るまでの数週間に数回リトビネンコと会いました。

KovtunとLugovoyは不正行為を否定しました。

2021年、欧州人権裁判所は、このペアがロシアの「代理人」として行動している間にリトビネンコを暗殺したとの判決を下しました。クレムリンは、評決は根拠がなく、政治的な動機があると主張した。

ソビエト連邦の崩壊後、リトビネンコはKGBの後継機関であるロシアの連邦保安局で働き続けました。彼に対して一連の犯罪捜査が開始された後、彼は2000年に英国に逃亡しました。彼はロシア政府に批判的になり、1999年のロシアでのアパート爆破事件は内部の仕事であると主張する本を共同執筆しました。
posted by ZUKUNASHI at 10:03| Comment(0) | 国際・政治
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