風の便りに聞いた飯舘村変電所修理作業の勇者たちの悲劇: ずくなしの冷や水

2020年08月02日

風の便りに聞いた飯舘村変電所修理作業の勇者たちの悲劇

東京新聞2020年08月01日
ふくしまの10年 雪が落とした災い Dありのまま 村長に報告
2011年3月29日午後4時すぎ、飯舘村一円の放射線量の測定を終えた京大原子炉実験所(現・複合原子力科学研究所)の今中哲二助教(69)=当時=らは、村役場近くの施設に向かった。菅野典雄村長に調査結果を報告するためだ。
 「村長、これは大変な汚染状況です。15日夜の雨や雪と一緒に放射性物質が地上に沈着したことが、このデータから言えます」
 測定値がびっしり書き込まれた地図を広げ、今中さんは汚染は村全体に広がり、とりわけ南部の汚染度が高いことを説明。「(旧ソ連の)チェルノブイリ原発事故での地域区分なら、全住民が移住するレベルを何倍も超える汚染だと確信を持って言えます」とも伝えた。

・・・引用終わり・・・

飯舘村には東北電力飯樋変電所があり、これが地震で損傷を受けたために福島第一原発事故からの放射性物質の飛来が恐れられる中、志願者を募って修理作業を行ったそうです。

あれから9年、作業に従事した勇者のうち2名はがん発症で逝去、1名は闘病中、1名は原爆病に似た症状で苦しんでいるそうです。どなたも若い方です。

飯舘村の変電所はここです。


突き当たりの白く輝く建物の場所






次の二つは、https://radioactivity.nsr.go.jp/ja/contents/5000/4931/24/1940_0830_1.pdf から切り取り


上下の地図の黄色や赤の汚染度合の意味、分かりましたか。10年も経たないうちに全員に恐れている症状が現れるのです。


原発事故が起きたらまず屋内に避難して状況を把握し、より遠くへ逃げるタイミングを計るしかないのです。

若い人から志願者を募って飯舘に送り込んだ東北電力の当時の管理職は、今どうされているでしょうか。そろそろ退職の時期かと思いますが。
posted by ZUKUNASHI at 12:40| Comment(0) | 福島原発事故
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