物は波、人も波動: ずくなしの冷や水

2019年09月07日

物は波、人も波動

息子の一人が珍しく顔を出した。近く転職で日本を離れるため、学校時代の友人たちに会いに来たのと、家に置いた荷物を持ち出せるか調べるため。

私に会うのはそのついで。それでいい。仕事の話もいろいろ聞いたが、理解できないことが増えている。息子の世界は、私にはもうわからない。老いては、子に任せよ。子に順うほどに面倒を見てもらうことはないだろう。

まあ、好きなようにやったらいいよ。ビジネスでも何でも運がついて回る。これから先の10年、20年は変化が大きいから、固定的な見通しは立てがたい。柔軟に、こだわりなくやったらよい。

外国の人と結婚して日本国籍を捨てても一向にかまわない。「家」がどうこうなどと期待する気持ちなぞみじんもない。

渡してやるもの、残してやるものがなかった分、なんの荷物も負わせない。

私自身の介護も世話にならないつもり。息子の一人が結婚した時、その配偶者の親が、息子一家と一緒に住むつもりはないのかと驚いていたが、「ない」と即答した。

量子力学の理論で行くと「物質」=「波」 なのだと教えてもらった。人も波であり、波動なのだ。しょせん波動なら一か所にはとどまらない。自分の波動しやすいところに流れていったらよい。

ある読者(年配女性)にずくなしさんは女の子がいないから(ぜんぜんわかっていない)と言われたことがあるが、親から見た子供の性差以上に子供から見た親の性差があると思う。女親は、子供を自分の物差しで測って、はい、120cm×250cm×50cmの世界ね、と決めている面があると思う。

そして、ここは自分に似ている、あそこは配偶者に似ている、この辺は姑に似ていると、何かの延長線上でとらえるのが好きだ。

だが、私はそうではないと思う。母親の体内から出る前から、どの子も自分の波動を作り始めていて、それは無限の変化を持ちうるものなのだと思う。

その子にないものをどうやって獲得していくか、作り上げていくか。それを手助けするのが親の課題なのだと思う。

その波動を損なったり、育たないようにするのは親の在り方に反する。

でも、それが今の日本の親の現実なのかと思えるのは、大変残念だし、不幸なことだ。
posted by ZUKUNASHI at 15:20| Comment(1) | 福島原発事故
この記事へのコメント
お言葉が心に沁みます。まったく同感です、スケールはずっと小さいながらも期せずして
ずくなし様と同じ方向性で生きてきました。ありがとうございます。心が温かくなりました。
ご子息様には、得難い「独立の翼」をプレゼントされていると思います。
自分のこれからの目標は「再びこの世に生まれ変わらないように生きる」ことです。大変人、どう読むかはお任せです。(笑)
Posted by たぐちゃん at 2019年09月07日 21:14
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。