ふと思い出してはつらくなること: ずくなしの冷や水

2019年06月03日

ふと思い出してはつらくなること

数週間前に出会った迷子のことを思い出すたびに心が沈みます。

あの子は遺棄されたのではないかという思いを捨てきれないのです。

私が出会った場所の位置関係(出会った場所のすぐ前に商業施設の駐車場があります)から親と車で来たのではないか。
迷子の男の子は、歩道で少し涙を浮かべて呆然としていました。

私が話しかけても一言もしゃべりませんでした。私は当初外国人のお子さんかと思いましたが、違うのではないかと思い始めています。

近くのコンビニで水と菓子を買って渡そうとしましたが、受け取りませんでした。

お巡りさんには、素直に、むしろ積極的に見えるほどに連れられて行きました。そしてパトカーに乗り込みました。

服装は質素でした。靴は小さくて窮屈でした。

1時間以上経過した後、パトカーが迷子の知らせを流して回っていました。いくら買い物に時間がかかっても、それが終われば、子供がいないことに気づいて探すでしょう。

見つからなければ最寄りの交番に行くはず。

交番に行って保護者が見つかったか、尋ねる勇気が出ません。

交番に東洋系の外国語ができる人がいればよいですが。
手話ができる人がいるとも思えません。

私に何ができる。

・・・・・

2019/6/3、徘徊に出たときに交番の前を通るルートに足が向きました。私に何ができるかわからないけど。

交番は先客がいました。だいぶ待たされて迷子のことを尋ねると、保護されたその日、交番から本署に移され、そこに親が迎えに来たと告げられました。

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posted by ZUKUNASHI at 20:25| Comment(0) | 社会・経済
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