少なくともこのブログの読者には気持ちの面でポジティブな変化が見られます: ずくなしの冷や水

2019年04月20日

少なくともこのブログの読者には気持ちの面でポジティブな変化が見られます

管理人は、福島第一原発事故から8年経過してようやく理解できたことがあります。

関東からの避難者のほとんどは、医師の検査結果に表れるような数値的な異常やそれに表れないまでもかなり強い体調不良の自覚を抱えておられたということです。

読者の皆さんの中で避難された方は、コメントを寄せてくれることも多く、転居、移住の経過について何らかの折に触れることが多いので管理人も知る機会がありましたが、その方々が抱える具体的な体調異常・不良についてはなかなか触れられることがないので、管理人も詳しくは知らないままに心配だけするという状況でした。

でも、ここにきて健康不安の具体的な内容や既往症について語ってくれる方も少しずつ増えてきました。これらは公開していませんので、他の読者が目にすることはありません。

私としては、読者にみられるこのような変化はポジティブなものととらえています。私自身も、ある疾患が生じてこれから病院にかからなければならないという段階では、そのことをブログに書いたりしません。ある程度治療や診断にめどがついて、そんなにひどいことにならなくて済みそうだという見込みが得られてから初めて取り上げる気になるのです。

私に身体症状についてお話してくれる読者も同じでしょう。何年間か避難生活で身体症状の悪化がないようにと願いつつ、ある時は落ち込み、あるときは希望を強くしたりして暮らしてこられたのだと思います。

2019年04月17日
2019/3人口動態速報 17年後東葛4市の赤ん坊は2013年の半分になる

この記事に北ウクライナの登録患者数の割合を示すグラフを掲げました。このデータで取り上げられている人たちは、北ウクライナのどこかでずっと暮らしてきた人たちだと思われます。「登録患者数」はおそらく継続的に医療面のフォローアップを受けている人の数というふうに見られます。

今年は8年目ですから、すでにこのグラフの右端から二つ飛び出ています。出るべき主な疾患はだいたい発現している時期と考えてよいのもしれません。汚染地帯に残ってそうなのであれば、避難した、汚染飲食物を回避した努力は、疾患の発現遅延、軽減につながります。

そろそろ後ろを振り返ることはほどほどにして自らの生活を築いていくことに専念すべき時期かもしれません。汚染地帯の状況はどんどん悪化しています。あと17年もすると少なからざる東京近郊の都市で子供の声がめっきりと少なくなります。杖を突いた年寄りや中年ばっかりになるのです。そんなことを確認するために使う時間は無駄です。

被ばく以外の要因でも例えば交通事故で命を失うことはあります。避難移住していれば汚染地帯に残っているよりもそういう日常的な事故、災害に遭遇するリスクは大きく軽減されていると言えるでしょうが、それでも様々な事故のリスクは常にあります。

さらに、原発再稼働をもくろむ勢力はまだあきらめていません。まだまだチャンスを狙っています。稼働しない原発でも事故は起きます。日本で平穏に暮らすことはどこにいても難しいと言わなければならないでしょう。

ならばどうするか。
スーツケース一つ持って、いつでも、どこででも生きて行ってやる。

福島第一原発近くに住んでいた住民は、スーツケースも持たず、着の身着のまま避難しました。そして多くの人が生き抜いているのです。

2019年04月16日 F1原発事故初期避難

結果としてそれを強いられるのではなく、主体的にそのように取り組む。

そんな気持ちを心の底に秘めて、フツーに暮らしていく。周りの人は気づかないまま。

それだけでもすごい生きざまだと思いませんか。

私は、海外に避難した若い方にも言うんです。蓄えを大切にひっそりと暮らすのもいいけど、生活の基盤を失わない範囲でビジネスでもなんでも挑戦したらよいです。結果的に生活の足しになれば上々というほどの気持ちで。

失敗したら失敗したなりに、思い出が残ります。人生の黄昏時、まだ若かった時の奮闘とその帰結を苦い思いとともに思い出すことになっても、それは年老いてからの自分の残りの人生を内面的に豊かなものにしてくれると。

それがその人の老い方を決める。カネがなくても、話に深みのある人になれる。
posted by ZUKUNASHI at 12:19| Comment(0) | 福島原発事故
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