F1原発事故初期避難: ずくなしの冷や水

2019年07月11日

F1原発事故初期避難

他の記事で紹介したF1事故避難者の避難の様子をまとめてみました。「避難」といっても、それが被災者にとってどれだけ大変だったか。理解するよすがになればとの思いです。

原資料
Mさん(女性:仮名/震災当時49歳)(帰還困難区域):Mさん 集英社新書プラス 2019.5.23 一週間 ――原発避難の記録 第3回
平良克人氏:平良克人氏 集英社新書プラス 2019.2.27 一週間 ――原発避難の記録 第2回
熊川多恵子さん:熊川多恵子さん 集英社新書プラス 2018.11.2 一週間 ――原発避難の記録 第1回
村山嘉昭氏ルポ:MURAYANA TOSHIAkI WEB SITE
渡辺光明利恵子さん夫妻:角田山妙光寺 掌を合わせ、心安らぐ場所を求めて
−福島・楢葉町から新潟市へ−

佐藤慎司さん(仮名):福島 フクシマ FUKUSHIMAの「原発事故 そのとき病院が直面した現実――ある医療従事者の体験」
双葉病院とドーヴィル双葉:ずばり一言 福島第1原発 苦渋の90人放置 南西4キロの双葉病院
双葉町・双葉厚生病院:
2016年10月02日 福島第一原発事故直後の住民の被爆
2014年07月28日 今日の放射能備忘録 70
2013年07月11日 井出川河口の高線量物質
大間原発止める道 2011年11月12日の双葉町に白い雪が降った
中間貯蔵施設になる私の故郷 さよならをするために。

クリックでPDFファイル


参考
2015年09月19日
福島第一原発事故時 近傍市町の避難はこんなふうに進められた

富岡町の今村病院




F1周辺MPのピーク線量率


体験記またはPDFファイルのまとめに出てくる地名の場所


冒頭に掲げた原資料を読んでどんな感想を持たれましたか。管理人は感じるところが大変多かったです。

1 至近距離に住んでいても原発から放射性物質が流れてくるなどということは多くの人が意識していなかった。(意識していれば住めませんね)

2 県庁は、住民の避難に関して完全に、徹底して消極的でした。
「葛尾村⻑は具体的な避難先を探しはじめていたが県側の対応は『避難は駄目だとは言わないが、県として避難指示を出すのではないのだから自治体で避難先を探してほしい』と返答」したとの記述があります。原発推進の福島県知事は、混乱が高まる中で責任を問われることを恐れていた。死者が出ても数値を隠蔽すれば世の中に知られることはないと考えていたのでしょう。

これは、原発立地県の県行政に共通する姿勢と受け止めておく必要があります。

3 市町村も被爆回避については積極的だったとは見えません。情報の提供と周知に手落ちが見られます。もともとはF1の事業主体が事態のプレイダウンを図り、情報を出さなかった、監督当局も情報開示を怠ったことによるものです。

4 避難先については、市町村の体育館やスポーツ施設が充てられています。寒い時期は凍えるでしょう。しかも、自ら施設を巡って収容してもらえるかを確かめなければなりません。

5 2011/3/11の地震の後、関東でもガソリンスタンドが機械故障やタンクローリーの配送困難でガソリン不足が生じました。災害が起きたら、まずガソリンです。

6 原発災害では、先手必勝。原発に近い人ほどすぐに逃げないと道路が渋滞し、避難先も埋まってしまいます。避難が一番早かったのは双葉町に住むF1事業主体の社員と家族のようです。2011/3/11の1号機炉心溶融開始後2時間で姿が見えなくなったそうです。住民は2011/3/12の5時過ぎにバスで、あるいはそれと前後して自家用車で避難しています。

7 しかし、バスや自家用車で避難できるのはプルームの襲来まで十分な時間的余裕がある場合です。状況がわからないときはむやみに屋外に飛び出してはなりません。2011/3/15の昼前に政府は20〜30km圏に屋内退避要請を行っています。このときF1周辺の線量率は大きく上昇し、関東には強力なプルームが襲来していました。

8 すでに線量率が上昇したら屋内退避しかありません。車両の放射線遮蔽効果は極めて弱く、また気密性がありません。建物の中に入り気密性保持のための対策を講じます。

9 福島第一原発事故の例では、原発周辺でも状況が把握できませんでした。このとき、頼りになるのは自分の放射能測定器ですが、どっちに逃げるかを判断することはできません。せいぜい風向きを調べ、風の流れる方向と直角に逃げるのが鉄則ですが、風の向きが急変することもあります。

10 それに、公設のモニタリングポストは、重大事故の場合には表示が止まります。東海第二原発のベントにより放射性物質が大量に放出された際、茨城県はMPの測定値を消し、ついでに(?)SPMのデータまで消してしまいました。

11 平常時に参照しているMPの測定値が事故時にも参照できるかはわからないのです。公的な測定システムが止まった時は、個人で測定したデータを共有して状況を判断しなければなりません。

管理人は、私設リアルタイム測定システムの整備を進めていますが、他人の測定した結果は見たいが自分で機械を置いて管理はしたくないという人が圧倒的に多いです。しかし、リアルタイム測定システムの整備は着実に進めます。(協力してもらえない方は、データの提供があるとは期待しないほうが良いです)

12 避難時のアイテムとして個人用放射能測定器を忘れることはできませんが、実際上このような機械が使えるのは、このような避難の場合だけです。通常は一般の方が使う意味はほとんどありません。

13 現金の備えを。記録の中にクレジットカードで50万円キャッシングしてその後現金が不足したようなことが書かれています。マネーカードがあればさらに引き出せたのでしょうが、持ち出さなかったのでしょうか。

14 保険証のことをどなたも書いていません。避難の際には必ず保険証を。さもないと現金が不足します。遠くへ行く場合はいざという時のためにかかっておいた病院の保険証は使えない場合が多いかもしれません。お薬手帳も持参を。持病の薬を入手しやすくなります。

15 これらの貴重品は、避難の際には体から離さないようにします。ウエストポーチやボディバッグが便利かも。ちなみに管理人のウエストポーチには、未使用マスク、ゴーグル、アイフォン、財布、小銭入れ、三文判、ボールペン、スイカ、運転免許証、クレジットカードが入っています。避難ならここに薬手帳と保険証、そしてマネーカードを加えないといけません。アイフォンではメールをやっていないので、ショートメールを使うか、メールアドレスだけを打ち込んでおくかしないといけません。

16 上の事例に上がっている福島の人たちは、夫婦ともに働いている方が多い、子供も多いと感じました。夫婦で働いて高校生の娘もコンビニでアルバイトという例。経済的に安定していた人たちも、住み慣れた土地を離れると経済基盤が根底から失われてしまうことがわかります。

17 上の例では、親戚の付き合いが濃密だと感じました。原発災害の場合は、近くの他人も遠くの親戚もともに価値があります。ただ、そういう付き合いの中で支出もそれなりに多くなっているように感じられました。

18 2011/1/1現在の相双郡(広野町、楢葉町、富岡町、川内村、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村)の人口は、77,661人でした。
大熊町10,881人、双葉町7,949人、富岡町16,102人、楢葉町8,578人、浪江町22,882人、
大熊町:双葉病院とドーヴィル双葉、双葉町:双葉厚生病院(老人介護施設もあったようだ)、富岡町:今村病院
人口規模を考えれば、病院や介護施設は整っているといえるでしょうか。原発の立地地点に近いことがなんらかのメリットになっていたのかは不明です。しかし、原発事故では、どんなに立派な病院があってもそこが汚染されれば使えなくなります。F1では、現在、けが人、急病人をいわき市まで緊急搬送しています。

19 7万7千人でも避難に多くの時間がかかっています。東海第二原発の立地を考えたら、ひたちなか市だけで16万人近い人が住んでいます。日立市、東海村、那珂市、水戸市、大洗町・・・。どんなに立派な避難計画を作っても現実性はありません。
posted by ZUKUNASHI at 21:38| Comment(0) | 福島原発事故
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。