原発避難者の最初の一週間の聞取り記録 連載始まる: ずくなしの冷や水

2018年11月04日

原発避難者の最初の一週間の聞取り記録 連載始まる

※ 小熊英二 @quikion氏の2018/11/3のツイート
原発避難者の最初の一週間を聞取り、記録するプロジェクトを開始した。今後、連載で継続する予定。https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/column/one-week/4770

・・・引用終わり・・・

大変有益な記事だ。文書も読みやすい。気づきの点など。

「そのメールとほとんど同時刻に、原発の三号機が爆発したとラジオが告げたんです。」
これは一号機の誤り。3月12日15時36分、1号機の原子炉建屋が水素爆発で大破。

「消防団の知人は、「助けて」という声を聞きながら、助けたいのにやむなく逃げた、とだいぶ経ってから、教えてくれました。原発から逃げろ、という指示が出ている以上、親ですら捜しに戻ることもできないんです。助けを求める声が、耳から離れないと言います。実際に私の知っている人も、助けを待ちながら自宅の二階で亡くなっていました。夜通し避難所を回って海沿いに住む親を捜し続けた身内もいます。あの時、助けられた人はたくさんいたと思います。「原発事故で死んだ人はいない」なんて言うお偉いさんがいますが、そんなことを言う人は、無念の思いを抱えて亡くなった人を知らないんでしょうね……。」

「あの七日間は、私の親戚、友人の命が、まだ救えたかもしれない時間です。山すそで、両腕にしっかり孫を抱いて見つかった知人もいます。「原発事故がなければ、もしかしたら救えたのかもしれない」と思うたびに、苦しさが押し寄せるんです。もう二度と、人の命を後回しにしてほしくない。」

上の引用部分は意図的に表現をぼかしているように感じる。それでも、地震による倒壊でも、津波でもなく亡くなった方が多数おられることが記されている。管理人は、被ばくで死んだ人が数千人おられ、遺体の収容に手間取ったというのは事実だと考えている。

原文を読まれる際の参考になるよう地図を作製した。







posted by ZUKUNASHI at 01:18| Comment(0) | 福島原発事故
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