介護夫の話を聞いた日: ずくなしの冷や水

2018年10月22日

介護夫の話を聞いた日

2018/10/21は、久しぶりの晴天。交通費のかからない近場で面白味はないが、緑もあるところ、街の変貌が激しいところに出かけました。

東葉高速線沿線のこの10年ほどの変貌は大変激しいです。まず工場ができ、その周りに住宅が建て並ぶようになっています。



そんな住宅街を歩きます。八千代市は一応都市計画ができており、町並みはまだ近隣よりも整然としているでしょうか。今も残る既存集落に大きなシャクナゲを育てておられるお宅があり、その通りを歩いたら二本のうちの一本がなくなっていました。ちょうどその家の方が外におられたので声をかけて問うと枯れてしまったとのこと。原因は不明の由でした。



細い跨線橋を越えようとしたとき、子犬と女の子二人が男女に連れられて階段を上ってきました。私がかわいいね! とあいさつ代わりに声をかけると、女の子が「〇〇〇なの」と言いますが聞き取れません。女の子の高い声は特に聞き取りにくくなっているのです。何度か聞きなおしていると、女性が「双子なんです」と通訳してくれました。
「そう! 仲の良い姉妹だと思ったよ!」 二人は手をつないでいます。
続いて「お母さんは−−にいるの」と言います。私がそばにいた女性のほうに向いて「こちらがお母さんだね」と言うと、その方が下を向いて笑い出しました。

後で歩きながら考えると、「お母さんは−−にいるの」は、「お母さんは家にいるの」(今日はおばあちゃんの家に来ているの)ということだったようです。

最近とみに如才なくなっている私、即座に人様を喜ばせる発言が出るようになっています。自分をほめてやりました。

次はヒノキでしょうか。


この池のスイレンは茂っています。


公園の出口で山茶花が咲いています。幼い女の子が山茶花の花びらを拾い集めました。「お爺さんが、明日の朝落ちてしまう花を探してあげるから」と言いながら、花を一つとってやろうとしましたが止めました。今どきの若い母親はどう反応するかわかりません。「悪いことを教えないでください!」と睨まれるかもしれません。

カメラを構えていると階段の下に来た女性が向こうを向いて写真を撮りました。上がってくるのを待つのが嫌で背中を向けたところを撮っています。この女性が良き被写体かどうかは読者のご判断に。


京成大和田に向かう途中小高い丘に上りました。西日に照らされた秋の草や樹木がきれいでした。


この丘を下ると公園があり、入口に近いベンチの年配男性に大和田駅への道を聞きます。親切に教えてくれますので、私もベンチにかけて話をしました。

街の変貌から始めてまず私の徘徊癖などを理解してもらいます。

その方(Aさんとします)は、杖を持っていました。私から自分の杖経験を話します。

Aさんは、2013年に脳梗塞を発症しています。何か足がしびれるなと感じながらも12日ほども様子を見て慈恵医大病院(近くには東京女子医大病院がありますがこの名前ではなかったと記憶します)にかかったら脳梗塞発症判明。比較的軽かったそうですが、右足にまひが残ったとのことでした。

数年前にも浅草に遊びに行って帰ろうとしたらフラツキを覚え、やっとのことで自宅に帰ったと。そして数日様子を見たものの改善しないので病院で診察を受けたら脳梗塞が出ていたそうです。

Aさんの知り合いにも脳梗塞の発症者が少なくないと話してくれました。

Bさんは、10年ほど前、まだ現役の時に発症しそれ以来寝たきりで妻が介護しているとのことでした。

Cさんは、奥さんが若いときから大酒飲みで夜遅くべろんべろんになって帰ってくるときがあったそうですが、ご主人の定年直前に脳梗塞発症。ご主人が2年ほど介護をしましたが、亡くなられたとのことでした。同居らしいご主人の両親はお元気なのだそうです。もう80歳前後のはずですが、このご両親の世話も見ておられたと。嫁には血のつながりはありませんから、ご主人の家系は脳梗塞には強いということでしょうか。子供さんはおられなかったと。

理髪店を営んでいるDさんは、奥さんが発症。夜間出張整髪もする働き者だそうです。子供さんが3人おられ、家族みんなで介護に協力してくれるのではないでしょうか。

私が、ネットで見る発症事例に比べて、女性の発症事例が少し多いですが、そんな土地柄なんですか? 大酒飲みが多いとかと問うと「わからない、そんなことはないと思う」との答えでした。

そしてAさんが答えてくれた中で一番印象に残ったこと。
「2度入院したが、2度ともに入院患者の中に女性がいてなんか叫んだりしていたな。女性はこの病気を発症すると頭がおかしくなって奇異な行動に出ることがあるらしい」という点です。

そして、脳梗塞はがんより悪いとも言っておられました。なるほどなぁと思わずにはいられませんでした。がんでは全面的な介護が必要になるまでには時間がかかりますし、そうなってから介護を続けなければならない時間は決して長くはないですから。

帰路、まだ明るかったのですが、とても物悲しい秋の夕暮れでした。



私は、何年か前に徘徊中に空地で杖を突いて歩行練習をする年配女性の姿を見ています。そばに配偶者と見られる年配男性が付き添っていました。女性もというか主婦も脳梗塞にかかるんだなぁ、ととても印象深くてよく覚えています。
posted by ZUKUNASHI at 15:11| Comment(0) | 日記
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