親父が放射脳の息子の首を絞めるとき: ずくなしの冷や水

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親父が放射脳の息子の首を絞めるとき

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息子の結婚とその子供に関する私の考えについて二つ記事を書きました。読者の参考になっているかどうかはわかりません。

おそらく、特に地方の方にとっては、ずいぶん変わったことを書く人もいるもんだというような受け止め方でしょう。コメントもありませんが、変化を好まない「地方の精神性」からすると、そうなるはずです。

※ 田村吉康 TAMURA Yoshiyasu @FUDEGAMI氏の2018/6/14のツイート
私が数年前、群馬県の専門学校で非常勤のバイトしてた時もプロのアーティストになりたいという学生達を東京に連れてって展覧会見せたりしてたら
「余計な事しないで下さい。彼らは県内で就職すれば良いんです。アーティストなんてなれるわけないし」とか校長に言われたし
田舎の精神性ってあるよね  (引用終わり)

このツイートは、地方の本質を鋭く突いています。今地方ではそのような保守的な絆重視、ぬるま湯主義の考え方では、子供さんの就職にもいろいろな困難に遭遇している家庭が多いでしょう。地方自治体に就職できた人は成功者として羨望を集めているはずです。民間企業に勤めている場合は、その地方が廃れればもっと人のいるところに移らなければ仕事にあぶれます。

私が数年前、行きつけでない開業医にかかった時のこと。その医院は父親が医師、そして娘と息子がやはり医師で、家族の中で「先生」と呼び合っていました。子供は他に勤めを持ちその勤務外に医院を手伝っているようでした。

父親が病院勤めを辞めて多額の費用を投じて開業、土地と建物を購入しています。おそらく父親にしてみれば、医院の設備を持てば子供は経営面での困難に遭うことなく医院を経営できると考えたのでしょう。子供の一人は泌尿器科が専門のようでしたから立地に若干疑問があっても腕がよければ遠いところでも患者は来ます。

看護師は、その父親である医師は幸せ者だと見ていました。確かに子供二人が医師になり個人医院を継いでくれる、医院の設備も確保できた、医院は繁盛している。幸せな状況でしょう。

ですが、私はその子供たちの立場からしたらどうなのだろうという思いがありました。医師になるよう親から仕向けられ、その期待に応えたわけですからともにハッピーかもしれません。ですが、そのように優秀な人、素直で親の振り付け通りに動いてくれる子供はまれです。

子供さんたちは、ほかにやりたいことはなかったのだろうか。医師を目指すと他の仕事、分野など興味を持たないものなのだろうか、というのが私の疑問でした。

最近、ハッピーな父親とアンハッピーな父親と好対照の例がありました。

次はMMAでマグレガーを破ってチャンピオンになったハビブ・ヌルマゴメドフの父親です。試合前です。


この父親は、地元で若い人に格闘技を教えています。かなり激しい気性のようで次の画像下のツイートにハビブがまだ父親に殺されなくてよかったと書かれているものがあります。


プーチンがハビブ・ヌルマゴメドフ父子を呼んで祝福しています。親父はとてもうれしそうです。父親は体力、気力の限界でもう新たなことには挑戦できないとなると、あとは子供の活躍を見守るだけです。

そして子供が大きな成果をあげてくれればこんなにうれしいことはありません。


ハビブは30歳。好青年です。次の画像からも感じられます。


しかし、左にいる父親の視線は、厳しいです。世故にたけていない分、純粋な分、それだけ危なっかしく感じているはずです。いくつになっても息子は子供、父親が物事をよく知っていれば、そんな面は確かにあります。

一方、気の毒にも息子の行いに打ちのめされたであろう父親もいます。


いろいろ無理を押して王位継承第一順位に引き上げたにもかかわらず、皇太子の残酷な殺人関与は世界にショックを与え、世界のこの国と王室を見る目は急変しました。この国と投資案件を進めていた世界の投資家に中止、撤退の動きが広がっています。

父親は各国の首脳に電話をかけ、釈明に当たらなければなりませんでした。こちらの息子は33歳。

上の二つの事例をもとに一般化して言うと次のことが言えます。
1 社会的な名声を得るには至らなくても、社会に交わり、経済的な自立を確保できたら父親としては一安心。もちろん、社会的な名声を得たり、経済的に成功できればこれほどうれしいことはない。

2 社会的な顰蹙を買うような行跡で名前が知られたり、経済的に困窮して自立ができないことは、父親にとっての最大の悩み、あるいは苦しみにつながる。

私が肉体労働のパートをしていた時、いろいろな方と出会う機会がありました。

息子が家を出たきり、どこで何をしているかわからないと語る親父の声は苦渋に満ちています。

息子が一時服役していたが、出所後父親に迷惑をかけたと詫びたと語った年配男性は、大変な心痛があったのです。目が悪くなってよく見えないとのことでした。

男の子は、やることに不連続な面があります。その分楽しみなこともありますが、それが悪い方向に向いた時の驚き、怖さは衝撃的です。

記憶に新しいところでは、相模原の殺人遺体損壊事件、秋葉原の車両暴走事件があります。かなり前ですが池袋で通り魔事件があったとき、知人の同僚男性はそのニュースを聞いて急ぎ自宅に電話をかけ、息子が在宅か確かめたと聞きました。

私は、そんな話を聞くたびに、もう別に学校の成績がどうであろうと、とにかくまともに自立出来さえすればよいと考えるようになりました。子供に就職を世話したりする力もありませんから、本人が望めば最低の教育は家を売ってでも受けさせる、そこまでしかできないし、それはやると決めていました。

もし、私が事業でも営んでいれば、それを継がせようと思ったかもしれません。でも、今は事業経営は甘くありません。

IT化で街の印刷屋の多くがつぶれました。コンビニの進出で旧来の小売店は成り立たなくなっています。幕張駅近くに幕張銀座という名の細い通りがあり、駅からの通り道ですから昔はにぎわったのでしょうが、もはや軒を並べる個人商店の営業の余地は少なくなっています。

例えば、祖父が創業した事業を受け継いで発展させてきた親父がいるとします。個人営から法人化し、そこそこ利益が出ているとすれば、その親父は息子に事業を継いでほしいと切望するでしょう。

他人を雇って経営を任せるほどの利益が上がっているのでなければ、やはり身内に継いでほしい。その気持ちは、親父が祖父に仕込まれ、苦労してきたことに比例して大きくなるでしょう。

ところがその息子が軟弱で面倒な事業経営を引き継ぐのを嫌い、都会に出て自由に暮らすことを選択したら・・・親父は首を絞めたくもなるでしょう。冒頭の医師一家の例で、子供が医師になることを拒否した場合に相当します。

上の医師一家の場合は、子供が一人ではありませんからまだいい、もし事業家の子供が一人きりだったとしたら父子の葛藤は激しくなるかもしれません。

国会議員の親の後を継がせられたものの結局議員を辞めてしまった人もいます。国会議員の仕事の実態を知れば、先生、先生と周りから呼ばれてもそれと同じ程度に侮蔑の目、声があることに気づくのに時間はかかりません。陣笠から上昇するために時には失言や汚れ仕事もしなければならない、それに徹することができる人はそう多くはないと私は思います。

若いうちは、好きなことに打ち込んだらいい。それが自分の能力を伸ばす早道です。それが回り道であっても、社会的に成長していけば、若い時にあれほど嫌だった仕事もなんとかこなせるようになることもある。歳を取るということは純粋な感覚がマヒする反面、知力面では情報処理能力、対応力が高まるのです。

私は、放射脳の若者は生き残るチャンスが多いと考えています。いろいろと思慮深かったり、リスクに対する注意力も高い場合が多いからです。しかしただ恐れるだけではなく、リスクを減らしながらどう自分の進みたい道を進むか、親族の希望ともどう調和していくか、歳月の経過も考え合わせながら、考え、知恵を出し行動する。それが大人になるということかもしれません。

初出 2018/10/19 2018/12/14追記
posted by ZUKUNASHI at 00:22| Comment(0) | 社会・経済
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