男親と女親とでは少し子供との向き合い方が違うのでしょうが、私の意見はこうです: ずくなしの冷や水

2018年08月05日

男親と女親とでは少し子供との向き合い方が違うのでしょうが、私の意見はこうです

2018/8/5、Yさんから寄せられた投稿を掲載する。引用開始。

高濃度の除染土をばらまく・・こんな人殺しがまかり通る国になるとは。
なんとかして止める方法はないものでしょうか。@
着々と世界の核のゴミ捨て場にしかならない国への道まっしぐら。

それでも「放射能」というだけで「いつになったらお母さんが言っているようなことが起きるんだ。自分の結婚相手などにそんなことを言っていると思われたら困るから、本当に親子の縁を切るぞ」Aと我が子ももういよいよ破滅でしょうか。

今だに原発事故の健康被害なんてあるはずがないB、東北にも北関東にもたくさん住んでいる人を知らないからそんなことを言うんだ・・という理系の名のしれた大学生がこの調子です。

危険だという人間を、「宗教だ、異常だ」と何のデータも根拠も言わずに決めつけるのに自分が感情的に判断していることが全くわからないんですからC、日本の教育は完全に終わっていますね。

たくさんの人が暮らしていること=汚染がないこと 
相手を宗教だ、異常だと言うこと=自分が正しいことD

となるのが私には全く理解できません。

放射能安全派、危険派を完全に分けて、安全派の住むところで好きにしてくれる分には仕方ありませんが、このままもろとも地獄行きにならない方法を模索しないといけませんね。

目が醒めない人は、もはやずっと目が覚めなくなる道を突き進むしかないのかもしれません。
家族でも、親子でも、もともと、別の世界に住んでいたのかもしれないと思う今日このごろです。E

・・・引用終わり・・・

@ 放射能汚染ガレキ焼却は、短期間でのガレキ処理の成果を得たかったために遠距離を輸送して燃やしました。しかし、汚染土壌は膨大な量が出ていますので、これを運ぶとなれば大量のダンプの車列が必要となります。

そんなに遠距離輸送はしないのではないでしょうか。どこかの海や沼を埋め立てるなら引き込み線を引いて専用列車で運ぶこともありうるとは思いますが。

農地に投入するのは、農地所有者が渋るでしょう。肥沃な土壌でもありませんから、作物の評価低下を心配すると思います。大きな輸送プロジェクトであればすべてを秘密裏に行うことはできませんから、地域で反対運動を進めることが必要だと考えます。

福島第一原発事故から7年半経過してセシウムも減衰していますが、元が放射能の高いところから採取していますから運び込まれた土壌はやはり放射能が高く識別可能のはずです。

A 私の家では、私から子供の一人に「必要になれば親子の縁を切る」と告げました。「これは誇張でも冗談でもない」と告げたらこちらの本気度を理解したようです。

そもそも、もう私が子供の生き方に嘴を挟むような状況ではありません。先日も私が立て替えていた金を返せとメールしたら、「今月末には日本に帰るかもしれないのでその時に」とだけ書かれた返事が来ました。

えっ、先月は確か中旬まで日本にいたのでは? 今度はどこにいるの?

学校を卒業するまでは親のすねをかじりますから縁を切るわけにはいかないでしょうけど、金づるは男親ですよね。女親が社会人になりつつある息子と縁が切れても結婚式には出られない、孫ができても抱かせてもらえない程度のことでしょう。孫の面倒を押し付けられたりしないで済むと喜ぶ年配の母親も多いようですよ。今は。縁を切られても大きな問題だとは思いません。介護施設に入った老親を訪問もしない人が圧倒的に多いのです。日本では親子の縁など、戸籍上しか残っていません。

B、C 高等教育機関、どこでも、組織として原発事故とその被害、影響に関心を示すところはまずないでしょう。人によって、研究者によっては関心を示す場合もあるでしょうが、ごくごく限られた数です。特に理系の場合は自分の専門外の分野についてはまず関心を示しませんし、下手に口をはさんでしっぺ返しされたくないという意識が強いです。そして、それは組織内、研究室内に蔓延しています。

D 上の風潮、体質はランクの高い高等教育機関ほど顕著ですから、もう諦めましょう。「相手を宗教だ、異常だと言う」のは、議論している余裕がないからです。

理系の大学の学部、修士課程程度の学生は、とにかく専門知識を身に着け、課題をこなし、体制に順応していくだけで精いっぱいなのですから。筑波大学の学生らしき人から同大学の公式IPアドレス発信のコメントが入ったことがあります。引用論文を示せとか査読を受けていないとか書いてありました。本人が論文作成でさんざん言われているのでしょうね。私、別にこのブログで学位を取ろうとは考えたこともないのですが。内容的には、遜色ないとは思っていますけど。

E 「家族でも、親子でも、もともと、別の世界に住んでいたのかもしれないと思う今日このごろです」
もともと別の世界に住んでいたのです。それが縁あって家族、親子という関係に置かれただけです。子供さんが成人までに過ごした20年間とYさんが青年期までに過ごした20年間は、社会環境的にも違うし、個体形成のために使われた分子も全然異なるわけですから、もともと、別の世界に住んでいたのです。

ドイツの作家だったと思いますが、家族で食卓を囲みながらこの子たちはどこから来たんだろうと親が不思議に思う気持ちを書いていた人がいました。

Yさんもようやくその段階に到達して、子離れの時期が近づいています。福島第一原発事故から7年半、この時間の経過は大きいです。親の力の及ばないところで子供がどう育っていくか、その結果がどうあろうと親は受け入れざるを得ないのです。
posted by ZUKUNASHI at 22:58| Comment(0) | 福島原発事故
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