F1 3号機は爆発後大量の蒸気を噴き出していた 続き: ずくなしの冷や水

2018年07月29日

F1 3号機は爆発後大量の蒸気を噴き出していた 続き

2011/3/14の3号機爆発時の画像は本当に少ない。


フランスの核実験と見られる画像や米国の核実験の画像と同じだ。だから画像が出ないのだと思う。



4号機の爆発時の動画がないとされるが、次の画像は、4号機のものとみられる。インドのTV9の動画から切り出した。煙突から煙が立ち上るような形で上にまっすぐに伸びている。1号機とも3号機とも違う。こちらは、爆発の際にモーフィングのようにコンクリートの建物が膨らんだという。もう少し爆発の威力が強ければ建物全体が破裂するということになったはずだ。それゆえ画像が出ない。


桑原氏が撮影した画像がいかに貴重なものか分かるだろう。桑原氏に伺ったところ、3号機の爆発から1時間後くらいとのこと。1時間後でもあれだけ蒸気が上がり続けていた。


次の画像では、使用済燃料プールと原子炉の両方から蒸気が出ている。




これだけ大きく蒸気が噴出していたということは、それが運んだ放射性物質も大きいことになる。気象研究所のシミュレーション画像から気流の流れを見る。爆発時

17時までは北東方向に流れている。

次第に南に流れ始め

23時にはいわき市を覆った。

3/15午前1時には茨城県東部を覆った。

3/15午前3時には東京に到達している。爆発から16時間後。


2011/3/15、この画像の撮影時間が分からないが、桑原氏の画像撮影からほぼ24時間経過とみてよいだろう。まだ噴煙のような蒸気が多い。桃色の円の中は黒い煙だ。この時、関東には強烈なプルームが届いていた。


2011/3/16になっても蒸気が出ている。

位置確認のための画像。


次は2011/3/18、陸上自衛隊が3号機に放水した際の画像。4日経ってもこれだけ出ている。

水をかけると蒸気が多くなる。放水がSPMの放出拡散の一つの原因だ。


2011/3/18までの放水は限定的だ。それが格段に増えるのは、3/19からの東京消防庁による放水。そして3/19の夕刻から北東北でSPM濃度が大幅上昇。次のシミュレーションでは北北東に向いているが、その先で西に向きを変えている。


2011/3/20午前7時、3号機の格納容器が3.4気圧に上昇。


2011/3/14、11:04の3号機爆発後、使用済燃料プールの水はほとんど蒸発してなくなっていった。このため噴煙は少なくなったが、大量の放水が行われ、高熱のものに水がかかることにより蒸気の発生が増えた。

北東北へ飛んだSPMは3号機燃料プール由来の可能性が強まった。

以下に管理人が集計分析した2011/3のSPM濃度のグラフを掲げる。ちょうど1年前にやったものだ。







次のグラフで3/14のSPM濃度は東と西でそれほど格差がないが、3/15に関しては西高東低の傾向が強く出ている。愛知は常に相対的に高いのだが、3/15は岐阜、愛知、三重、滋賀で高くなっている。3/14の爆発に伴うSPMが上空を経由して降下したと見なければならないだろう。気象研究所のシミュレーションは地表近くの大気の流れで推計している。

SPM分析についてはデータ量が多く、さらに精査が必要だがとりあえずは上のように結論せざるを得ないだろう。

この県別の結果は人口動態の悪化度合いとも整合する。

posted by ZUKUNASHI at 08:57| Comment(0) | 福島原発事故
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