この思いが原点です : ずくなしの冷や水

2018年05月15日

この思いが原点です 

※ 桑ちゃん @namiekuwabara氏の2018/5/14のツイート
原発収束作業なんてものは、自民党議員や経済産業省や原発軍団、放射能安全軍団にやらせればよい。保障もしなければ無責任な業界に命預けてもなんもならんわい。折角育てた子供を、こ汚い原発マネー軍団に預けて殺されてたまるか!!!原発軍団はゴルフ三昧、税金で遊んでる。

・・・引用終わり・・・

自分に孫ができる前から、自分が、家族が、親せきが、知人が、知らない人がむざむざ殺されてたまるか!と考えていました。原発がなくても人々は暮らしていけます。原発や核利用を進める人々は利益を追求しているだけです。

孫を抱いて、命の重みを両腕に感じます。どの命もみな同じ重みなのです。出自、人種を問わずに。人間も動物も。



私にとって、戦いは、当たり前の日常になりました。

この戦いの意味を理解しない人とは、距離ができますし、こちらから距離を置いています。残る時間、私ができることは限られている。私の時間を奪わないでほしい、それだけです。
posted by ZUKUNASHI at 11:21| Comment(3) | 福島原発事故
この記事へのコメント
原発軍団に籠絡された政治経済下では、民衆に虚無が蔓延しており、伝染病になっています。
距離が生じるのは必然です。
Posted by N K M at 2018年05月16日 01:01
虚無感などはインテリ階層のまだ良心の残っている一部の人だけのものかと思っていました。
日本の民衆は、虚無感というか非力感に打ちのめされている? そして食べること、生きることに精一杯?
分からないことはないですが、なんで60年、70年も生きてきた人までが虚無感にとらわれて何もできない、動けない? 
子供もいて孫までいるのに、そんなことでごまかしている時ではないと思うのです。この年代は、人生の中で一番自由に発言し、行動できる年代です。
もともと個人が一人でできることなど知れていますけど、それが行動しない理由にはならないと思うのです。
ウルスラ氏は私にはとても人間的で生き生きしていると見えます。
Posted by ずくなし at 2018年05月16日 01:38
私の書き方が変でした。
虚無感なんて「感じて」いないと思います。
虚無に飲み込まれている自覚もない。
authority に飼い慣らされており、打ちのめされている自覚もないのでしょう。
無自覚、他人事で、見たいモノを見て、聞きたい話しを聞き、食べたいモノを食べる。
自分の子どもや孫に迫る危機に無関心なのは、家畜以下です。
sheeple 社会が完成していますね。
少しでも自覚があれば、自己欺瞞で老年を過ごしたくはありません。
Posted by N K M at 2018年05月17日 00:58
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