原発収束作業なんてものは、自民党議員や経済産業省や原発軍団、放射能安全軍団にやらせればよい。保障もしなければ無責任な業界に命預けてもなんもならんわい。折角育てた子供を、こ汚い原発マネー軍団に預けて殺されてたまるか!!!原発軍団はゴルフ三昧、税金で遊んでる。
・・・引用終わり・・・
自分に孫ができる前から、自分が、家族が、親せきが、知人が、知らない人がむざむざ殺されてたまるか!と考えていました。原発がなくても人々は暮らしていけます。原発や核利用を進める人々は利益を追求しているだけです。
孫を抱いて、命の重みを両腕に感じます。どの命もみな同じ重みなのです。出自、人種を問わずに。人間も動物も。

私にとって、戦いは、当たり前の日常になりました。
この戦いの意味を理解しない人とは、距離ができますし、こちらから距離を置いています。残る時間、私ができることは限られている。私の時間を奪わないでほしい、それだけです。
距離が生じるのは必然です。
日本の民衆は、虚無感というか非力感に打ちのめされている? そして食べること、生きることに精一杯?
分からないことはないですが、なんで60年、70年も生きてきた人までが虚無感にとらわれて何もできない、動けない?
子供もいて孫までいるのに、そんなことでごまかしている時ではないと思うのです。この年代は、人生の中で一番自由に発言し、行動できる年代です。
もともと個人が一人でできることなど知れていますけど、それが行動しない理由にはならないと思うのです。
ウルスラ氏は私にはとても人間的で生き生きしていると見えます。
虚無感なんて「感じて」いないと思います。
虚無に飲み込まれている自覚もない。
authority に飼い慣らされており、打ちのめされている自覚もないのでしょう。
無自覚、他人事で、見たいモノを見て、聞きたい話しを聞き、食べたいモノを食べる。
自分の子どもや孫に迫る危機に無関心なのは、家畜以下です。
sheeple 社会が完成していますね。
少しでも自覚があれば、自己欺瞞で老年を過ごしたくはありません。