とうとう始まったな: ずくなしの冷や水

2017年08月10日

とうとう始まったな

読者から、6年も経っているのにまだ異変は起きないじゃないか、根拠のないデタラメを書いているんじゃないかとの声もあったが、そういう方には、「お待たせしました。お待ちになっていた結果です」と言って示したほうが良いかも知れない。
出生数、死亡数の12ヶ月移動平均は実数を用いている。出生死亡比率=毎月の出生数÷死亡数


早い時期に川崎にお住まいの方から、周りでは亡くなる人も病気になる人もいない、被曝で人が大勢死ぬということなんかウソじゃないかとの声もあった。左軸が出生数、右軸が死亡数。間隔はともに20人刻み。


SPM分析で示したが、横浜市は福島第一原発事故直後強力なプルームが流入し、しかも終日SPMが滞留して高い値を示した。神奈川県全域で似たような状況だった。単位μg/m3
左面が測定ステーションの別を示す。凡例は下の欄に置いた。右側は2011/3/15の24時間を示す。


神奈川だけではない。熊谷市、2011/3/20、3/21が高い。


仙台市では2017/7の出生死亡比率が夏にもかかわらず大きく低下。


この傾向が後戻りするとは思えない。その理由。
@ 福島第一原発事故直後の吸気による内部被曝をキャンセルすることは難しい。
A 既に6年間にわたって飲食物経由の内部被曝が積み重なっている。
B 外部被曝も年1ミリシーベルトとはいえ続いている。
C これらの要因により疾病に罹患する人が増えている。


D 死亡原因にも昔と異なる傾向が出ている。若い層の「原因不明」、高齢者の「老衰」の増加


チェルノブイリ事故被災地に比較して被曝による健康被害の発現が遅れたように感じられるが、その要因を管理人は次のように考えている。

A 日本の輸入食糧への依存度が6割超と飛び抜けて高く、大衆向けの食品に使われる穀物や肉類の多くは輸入品であること。(チェルノブイリ事故被災地での食料自給率は高かった)
B 日本では医療サービスがどこでも一定の水準に達している。チェルノブイリ事故から30年の時間が経過し、その間の医療技術の進歩もある。
C 夏は発汗が多いという気象条件。
D 日本は多農薬、多肥料栽培でありカリ肥料を大量投入して農産物のセシウム濃度の上昇を抑制する方策も導入されている。
E 居住環境の気密性の高さ、外出時の車両利用率の高さ

だがこれらの条件があっても6年経過して健康被害が発現してきており、被曝に関する環境・条件が変わらなければ、この傾向は継続する。そして、結局はチェルノブイリ事故被災地と同様な結果に終わるはずだ。

日本では、チェルノブイリ事故被災地と異なり、汚染地域からの住民避難政策がなきに等しく、内部被曝回避の住民教育も行われていない。

汚染食品や汚染車両、汚染廃棄物が全国に出回り、二次被曝、三次被曝を起している。

健康被害の程度、規模は、チェルノブイリ被災地を上回る可能性もある。
posted by ZUKUNASHI at 11:55| Comment(5) | 福島原発事故
この記事へのコメント
確かに、不可逆的な変化が、はじまりましたね。始まれば、もう止めることはできません。行くところまで行って、どこで底を打って、そのまま安定するか? 日本全国への税金を使った被曝拡散政策。その成果が出てくることになりそうですね。 
Posted by ぷう at 2017年08月10日 13:15
ぷうさん こんにちは
良くぞご無事で何よりです。
これからはこんな挨拶が増えそうです。
Posted by ずくなし at 2017年08月10日 13:29
西さん、お元気そうで何よりです。昔、学生の頃、日本でのホスピス研究の草分けだった、柏木哲夫先生の講座に来ないかと誘われたことがあります。キュブラー・ロスやスティーブ・レヴァインが紹介されていた頃です。

死にゆく存在にどう寄り添い、言葉をかけていくか? あるいは、言葉の無力さを実感して、言葉を超えたところで関わりつづけるか? そして、死に直面して、そのプロセスから逃げないことによって、魂の成長を促すには、どうしたらよいか? その変化を共有するなかで、こちらはどう変化するか?

いろいろな課題はありますが、結局のところ、自らの直観に任せるしかありません。そして、私に関して言えば、もう言うべきことは言い尽くしてしまって、さらなる言葉は降りて来ない、ということです。

手遅れの方を一時しのぎで慰めるような優しさは持ち合わせていません。むしろ、死ぬまで悔いがないように、自分の思う通りにお生きなさい、と言いたいですね。それを選択したのだから、いまさらぐだぐだ言わずに、原子力村と心中したらよろしい。原子力村が提供してくれた偽りの安心に、渡りに舟とばかりにしがみついたのだから、最後までその安心を信じて逝けばよい。それが、ご本人にとっても幸せなのではないか? 

自分の命や健康を守るために、移住や転職、財産の放棄となど、生きながら(社会的に)死ぬことを厭わなかった人たちには、死なずに生き返る道を開けるかもしれません。でも、今から動くのは無駄だし、無駄なことのために「生きながら死ぬ」必要はないと思います。

そして、そういう段階に至った以上、私の役目も終わりです。死に直面して、人生における優先順位を見直して、本当に大事なものを見極めて、最期の短い期間であっても、行動として、本心から、その大事なものを大事にする。そういう機会の扉が開き、そして閉じたのではないでしょうか?
Posted by ぷう at 2017年08月14日 14:04
平成になってから、バブル崩壊、阪神淡路大震災、地下鉄サリンテロ、911と続けざまに節目があって、311は最後のイベントだったのでしょう。何度も念押しされてそのままなら、やはり確固たる選択がなされたのだ、ということだと思います。

被爆回避のための説得というのは、表面的な枝葉のひとつに過ぎず、根本のところの生き方については問われていないわけで、説得が響く人とそうでない人との落差は想像以上のものがあると思われます。ぷうさんの言われるように、今はもう結果を待つしかない所に至ったわけで、静かに見守る以外に術はないと思います。
Posted by SY at 2017年08月15日 11:39
それでも病を抱えても、最期の日まで移住は続くのだろうと思います。
映画にもなった小説「渚にて」のように、最期の日まで楽しみ、自分の心安らぐ死に場所を求めて

もはやテーマは「生きる」から「死ぬ」に、オセロゲームのように反転して、冷徹な結果が分かりきっている反転作業中の状況が認識できなかった人たちは駒の裏側に沈んでいくしかないわけですが、その流れに引きずり込まれないようにすることもまた身近で見え始めた危機のひとつです。

生きるよりも死ぬ方が圧倒的に楽な社会なら、自殺や事故死が激増するでしょう。できるならば引きこもりが一番幸せな生き方かもしれません。
Posted by SY at 2017年08月16日 13:31
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