原発事故が起きたら避難しろ? そんな無責任なことがよく言えますね 実態編: ずくなしの冷や水

2017年07月25日

原発事故が起きたら避難しろ? そんな無責任なことがよく言えますね 実態編

2017年07月24日
原発事故が起きたら避難しろ? そんな無責任なことがよく言えますねの続き

福島第一原発近傍市町村住民の原発事故後の避難がどう進められたかは、管理人なりに調べたことがあります。

2015年09月19日
福島第一原発事故時 近傍市町の避難はこんなふうに進められた

例えば、双葉町は原発立地の交付金などで潤っていましたが、2011/3/12の早朝、全住民が至急避難を求められました。

MURAYAMA YOSHIKI WEB SITEの記事に津島地区に住む酪農家の話が載っています。

3/12、いつもより30分遅く起きて5時半ころに外を見ると、すでに自宅前の国道114号をぞろぞろと車が走っているのが見えた。

浪江町は3/12、津島地区に災害対策本部を移す判断を下し、午前6時半ころに防災無線等を使って避難を呼び掛けた。
 浪江町では町民の9割に相当する約19000人が避難対象となり、町が用意したバスだけでなく自家用車で多くの住民が津島地区を目指した。
 国道114号は避難する住民の車で渋滞し、大熊町から津島地区へ避難した女性は「6時間半近くかけて津島にたどり着いた」という。


1号機の爆発は、3/12 15時36分。3/11の地震発生から14時間後、1号機爆発の10時間前に、避難が開始されています。

大きな地震が生じたら、原発近傍では余震が続く中で即避難準備を始めなければならないのです。さもなければ、着の身着のまま逃げることになります。

原発近傍住民の居住地変更などの実態は、よく分かりません。自治体が把握していないからです。着の身着のまま逃げた人は、親戚や知人を頼って身を寄せたでしょう。そして、原発近傍自治体に転出届を出すことなく、新しい居住地に転入の届けをした人が多かったでしょう。

次は双葉町の公称人口です。自然減と社会減で少しずつ減っていったように見えますが、実際はまったく別のはずです。なにしろ福島第一原発事故から14時間後には、町の人口が空っぽになったのです。

双葉町の公称人口。2015/10/1現在の国勢調査結果による人口数がゼロとなり、2016/1/1現在時点人口から人口ゼロになりました。その場所に3ヶ月以上継続して居住する人はいなくなったのです。


それまでの人口は、双葉町に住民登録を置いた人の数という形でとらえられていたのでしょうが、届出のない転出も多く、住民登録を置いた人の数という面でも過大です。

次は双葉町の出生数と死亡数。このうち、死亡数は死亡率が安定推移しているとの前提を置けば、逆算すれば届出をする人達の母数が判ります。


死亡数の12ヶ月移動平均。月当たり死亡数は、福島第一原発事故前の月当たり10人弱から約6人に減少していますから、母数となる人口を推定すれば、約6割の4千人程度と推計されます。



月別の死亡数を見れば、2011/4から死亡数が急増しています。これは、避難行動で消耗したりした面があると見られますが、被曝による健康影響も排除できず、後者については時間が経過しても影響が出続けますから死亡率は上がっているはずです。

次は、南相馬市について試算したもの


死亡率が上がっていれば、双葉町に住民登録を置いて届出などを行う人の母数は、さらに少ないと推計されます。


原発事故が起きれば、原発近傍の住民は特にすべてを捨てて住み慣れた町を捨てなければならないのです。ほとんど着の身着のままで。

イラクのモースルから避難する住民。原発事故で避難する住民とどこが違いますか?


これが近未来のあなたの姿なのかもしれません。

2017年05月22日
南相馬市から年少者を早く逃がせ!
posted by ZUKUNASHI at 10:52| Comment(0) | 福島原発事故
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