SPM濃度と空間線量率の相関は低い だが放射性物質は微細なホコリとなって飛んだ: ずくなしの冷や水

2017年07月18日

SPM濃度と空間線量率の相関は低い だが放射性物質は微細なホコリとなって飛んだ

SPM濃度の分析で、新しい発見がありました。

そもそもSPMは、suspended particulate matter、浮遊粒子状物質の意味です。基本的に放射能とは関係がありません。

ですが、原発などから放出される放射性物質は、気体状か細かい粒子状です。多くが重金属ですから環境に出れば塊でなければ粒子状になります。

2011/3/15にプルームが東京を襲ったとき、昼頃の東京都心は遠くから見ると地表に近い部分がスモッグに覆われているように黒くなっていました。

茨城県は2011/3/15以前の東海村近傍の測定ステーションでのSPM濃度のデータを出していません。福島県は、2011/3の浜通りのSPM濃度のデータを出していません。

原発事故によって放出された放射性物質は、時間の経過とともに放射線を出して崩壊して行きますが、その物質が消えてなくなるわけではなく、他の物質に変わるだけです。

キセノン133は、5.248日の半減期で放射性でないセシウム133に変わります。5日前に生成したキセノン133が流れてくれば、その半分は既にセシウム133になっているわけですし、大気中を浮遊している間に1時間で0.5%が粒子状物質であろうセシウム133に変わります。

ヨウ素131(半減期8.06日)は放射線を出さないキセノン131に変わりますが、キセノンは酸化物になりやすいともされています。
ヨウ素133(半減期20.8時間)は、キセノン133に変わり、さらにセシウム133に変わります。

セシウム134は、半減期2.0652年でバリウム134になり、さらに放射線を出さないキセノン134になります。

大気中を流れる放射性物質は時々刻々と形態と性質を変えています。次は、海外の研究機関が公表した福島第一原発事故で原子炉が緊急停止した時点での放射性物質の在庫量を試算したデータから88種の放射性物質についてその半減期を並べたものです。

半減期1日のものがほぼ中間点に位置しています。1.00E-1のものは半減期が10分の1日ですから、1日経てば半減期の10倍の期間を経過しており、ほぼすべてが崩壊を経て別の物質に変わっています。


原子炉から放出された時点ですでに崩壊を終えて別の物質になっているものが多いのです。それらは放射性のものも放射性でないものもあるでしょうが、浮遊粒子状物質としては、存在し続けます。SPM濃度が高くても線量率はそれに比例して高くはないというのは、いわば当然のことなのです。

SPM濃度が異例なほどに高くなれば、浮遊粒子状物質に含まれる放射性物質の割合がどうであれ、原発からのホコリが飛んできていることになり、放射性物質を含んでいると推定されることになります。

次は、名古屋市内の観測ステーション23103011の2011/3/12から3/31までの時間ごとのSPM濃度です。特別な要因がなければ、一番手前の3/12のグラフのように推移しているのでしょう。

それが3/15以降、変動パターンが変わり、水準が高くなっています。もっとも高い棒が並ぶのは、3/15の昼前後です。3/20は昼頃から水準が上がり始め、深夜にピークを付け3/21の未明にも高水準が続いています。さらに3/29、3/30は東日本の広い範囲で見られる濃度水準の上昇がここでも見られます。

最も異変が顕著なのは、酒田市の例です。2011/3/19の深夜からSPM濃度が異常に上昇しています。


2011/3/11に市原のコスモ石油で火災がありましたが、その日の千葉市、市原市などのSPM濃度を次のグラフで示しています。
2011/3/11、15時以降のSPM濃度


SPM濃度は、短寿命の放射性物質の燃えカス、言わば灰のようなものを含んでおり、平常時のSPM濃度の水準を超える部分がすべて放射性を持つとは言えません。ですが、そういう「灰のようなもの」を含みつつ福島第一原発や東海第二から放出された放射性物質を豊富に含んだ気団が流れてきていることは確認できます。

SPM濃度の分析はまだ途中ですが、いろいろ分かったこともあります。

新潟市の巻町に親子で深刻な症状の出た方がおられますが、SPM濃度の推移を見ると、被曝が原因、特に吸気被曝によるものではないかと強く疑われます。

名古屋市では、朝起きたら腕や足がヒリヒリしたという事例が伝えられましたが、これもありうることです。モニタリングポストの空間線量率はベータ線を測っていませんが、SPMの中にはガンマ線源だけでなく、ベータ線源もアルファ線源も含まれます。

各地の測定ステーションでSPM濃度が短時間だけ大きく突出している例があります。特に2011/3/20に関しては福島第一原発から放出された放射性物質を含む機体は高温であったため、上空に昇って滞留した後、下降気流があるとそこでSPM濃度を大きく引き上げたものと見られます。

気象研究所などのシミュレーションは地表近くの大気の移動データを元にプルームの移動を推定していますから、上空に滞留したものの動きなどは考慮されていません。SPEEDIも同じでしょう。

ですが、地表近くに流れ出たもののほかに、上空へ舞い上がったものもあるというのは、考えてみれば当然のことであり、そのような放射性物質の移動は、2011/3以降も継続していました。

それゆえに黄色い粉が時間を置いてあちこちで目撃されることになったのです。特に降雨の後に目撃例が多くなっており、下降気流でなくとも雨滴が黄色い粉を運んできたことになります。

奈良でガードレールに降下した白っぽい粉に触れた幼児の掌に水ぶくれが出来たり、京都の南部で黄色い粉に触れた男性が深刻な体調不良に苦しんだり、北摂で家族員の複数の人の足の指の爪が剥がれたりした事例が伝えられています。上に述べたようにこのような事例は不可解なことではありません。

今なお、福島第一原発からは放射性物質が放出されています。空に舞い上がった放射性物質が何時どこに落ちてくるかは、まったく予測不能です。

一つ怖い話を付け加えて置くと、2011/3の福島第一原発事故後、特に比較的間もない頃に航空機での旅をされた方の中には強い吸気被曝を受けている方がおられるだろうと推定されます。

これまでのところ、エアラインの客室乗務員の体調不良多発などの情報は聞こえていませんが、あるはずです。心当たりのある方は、病院での診察を含め特にご注意ください。
posted by ZUKUNASHI at 22:12| Comment(0) | 福島原発事故
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