ツイッターのウソ  ツイッターをお好みの方は情報選別が難しいです: ずくなしの冷や水

2016年12月22日

ツイッターのウソ  ツイッターをお好みの方は情報選別が難しいです

※ Tαιrα Sακακιβαrα️ ‏@TairaSakakibara 氏の2016/12/18のツイート
【シリア偽情報プロパガンダ】シリア危機に必死に #大量虐殺 #ジェノサイド が行われていると訴える イスラエル・アラブニュースのルーシー・アハリシュさん。彼女はブラッド・ピット主演のゾンビ映画「ワールドウォーZ」に出演していた女優さんでした(笑)。騙されました。全部嘘でした。

※ 衣笠書林@猫の生活が第一 ‏@syuugoro2 氏の2016/12/18のツイート
【TASS】フランス、国連安保理にアレッポに監視団を派遣する草案を提出 http://tass.com/world/920269
★ 武装勢力は書類はみな焼き捨てている。しかし政府軍は既に偽ビデオや化学兵器製造の証拠を見つけている。英米仏はこれまで多数の虚報工作。それを必死に隠蔽しようと。

※ masa ‏@zebra_masa 氏の2016/12/19のツイート
承前) 繰り返しだけど、シリアで当初立ち上がった若者たちと、ISやアルカイダなどの狂信連中との共存が成立しうるのか?って基本的な問いが必要だよなあ。ISやアルカイダなんて自分たちが信じるイスラムに改宗しなけりゃ、最悪「死」や「性的奴隷」だぜ。

※ 太陽のイビキ@taiyonoibiki氏の2016/12/17のツイート
太陽のイビキさんが☪常岡浩介容疑者☪をリツイートしました
アレッポでシリア政府軍が市民を虐殺しているというのは事実無根、まったくのデマです。カタールの衛星放送アルジャジーラは初めからアサド政権にレジームチェンジを狙って嘘の放送をしています。それはサウジアラビアやトルコと同じです。

※ 脱原発.com ‏@battlecom 氏の2016/12/18のツイート
ツイートが全部嘘だったことはすでに立証されています。まずツイートで虐殺を主張しているやつは愚か者です。次に、国連事務総長は自分の口で「確証がとれていない」と言ってます。更に、アレッポ市民は反政府軍から逃げようとして後ろから撃たれたと証言しています。

※ 重村俊雄@foodpanda ‏@shigemuratoshio 氏の2016/12/16のツイート
全然関係ないけど、シリアからの難民はロシアの空爆によるもの、というアホなこと言ってる人はまったく信用しない。

※ 蔦 (JAPAN,NO WAR! ) ‏@tsuta2010 氏の2016/12/15のツイート
しかし、偽の写真を使って「シリア政府軍の残酷さ」をアラビア語で訴える人たちは、どういう連中だろう。反アサドであることは確実か。ISISかも知れないし、少なくともロシアと利害が一致しない人々だろう。と思うのは情弱で、実は欧州の「小遣い稼ぎカンパニー」だったとしてもおかしくない時代。

※ 太陽のイビキ@taiyonoibiki氏の2016/12/18のツイート
庶務はたくましい!アレッポに戻ってできるだけ早く以前のように仕事を再開し、元の生活を取り戻そうと頑張っている商店主たち。欧米や欧米に操られたUNは、「政府が市民を虐殺している!」などという嘘をヒステリックにがなりたてるのはやめてほしいです。邪魔するのはもうやめて!

※ 金子勝 ‏@masaru_kaneko 氏の2016/12/17のツイート
【日ロは何を合意したのか2】日ロ会談では領土問題の話し合いはなく、日本側が3000億円の資金投入だけ。アレッポの虐殺が起き、国連事務総長もオバマ政権も非難しているが、アベ政権はトランプに迎合するだけ。アレッポ虐殺を容認していいのか。https://goo.gl/SVzk3u

※ 杉原こうじ(NAJAT・緑の党) ‏@kojiskojis 氏の2016/12/7のツイート
姜尚中さん、よく言った!「アレッポの件はスペイン内戦を思い出す。フランコをナチス・ドイツのヒトラーが支援した。今回の日露首脳会談は、まるでヒトラーと握手しているように見られるのではないか」。まったく同感! 12月18日のTBS「サンデーモーニング」で。

※ 内田樹 ‏@levinassien 氏の2016/12/14のツイート
アレッポの市民虐殺、オスプレイ墜落、南スーダン派兵、カジノ法案・・・どれについても国際社会に対して「私たちはこれから世界がどういうかたちであることを願っているのか」について何一つメッセージを発信することのできない国の国民であることの悲しみ。

※ amaちゃんだ@tokaiama氏の2016/12/9のツイート
アレッポ住民20万人の窮状、脱出経路なく空爆と飢えに直面
http://www.cnn.co.jp/world/35093405.html

※ 斉羽 ‏@bianconoce 氏の2016/12/7のツイート
<アサド政権軍> 
【アレッポ旧市街を反体制派から奪還】
http://jp.reuters.com/article/mideast-crisis-syria-aleppo-idJPKBN13W0WA?feedType=RSS&feedName=topNews&utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter … 
http://www.afpbb.com/articles/-/3110535 … 
最も多くの市民を殺害しているのも アサド軍 

※ masanorinaito ‏@masanorinaito 氏の2016/12/15のツイート
アレッポの惨劇のさなかにプーチンを呼んで、領土問題だ、経済協力だと騒いでいる日本には、ロシア以外の各国のメディアが冷たい視線を送っている。

※ 常岡浩介容疑者☪ 認証済みアカウント@shamilsh氏の2016/12/14のツイート
☪常岡浩介容疑者☪さんがAl Jazeera Englishをリツイートしました
この子らが殺された事実を不問に付すから領土交渉してくれ、というのがぼくらが今まさにプーチンとやってることだよね。主要先進国がプーチンと距離を置いているのは、ウクライナの件だけではなく、シリアの虐殺があるからです。これを日本はG7メンバーなのに完全スルーしている。


・・・引用終わり・・・

問題へのアプローチ、現状認識、こんなに違います。はっきりとISIS側に近いと見られる人も。ビッグネームだからといって常に正しいとは限りません。ビッグネームほどMSMの枠から出れないことも多いのです。

・・・・・・

ぷうさんから解説が寄せられた。引用開始。

面白いことに、いまの日本は二重あるいは三重の言論統制になっているのかもしれませんね。言い換えれば、マトリックスの外にもマトリックスがあり、その外にさらにマトリックスがある。

安倍マトリックスから逃れても、風評被害マトリックスに囚われたままの人たち。風評被害マトリックスから脱出してもテロとの戦いマトリックスに囚われたままの人たち。テロとの戦いマトリックスから脱出しても??

善人悟りがたし、ではないですが、専門家と言われる人たちの頭のかたさ、情勢分析の偏り、非倫理性がここまであらわになると、、、やはり、自分の頭で考え、自分のハートの直感に耳を傾けるしかないような気がします。

と言っても、いまの人たちは、あまり硬い本は読まないようだから、論理的思考や弁証法的思考をすっ飛ばして、直観的思考にいかざるを得ないかな? 良くも悪くも、メタレベルを想定して考えないと、特定の思考マトリックスから出ることは難しいんだけど、、、何かバイパスがあるのかな?

このあたりは、下手をすると「自分こそが正しい」という独善思考にはまってしまうので、綱渡り的なところはありますが、何しろテレビや新聞が垂れ流している情報は、糞(ローマ法王が自分の立場を守るために、マスコミを嗜糞症にたとえたそうですが)! 専門家や知識人を称する人たちの言うことも、眉唾でよく吟味して聞く必要があるのでしょう。

というか、どのマトリックスから物を言っているのか? どのマトリックスの代弁者なのか? どのマトリックスからは脱却しているのか? という視点で見ていくと、面白いかもしれません。

言葉には、一種の呪として、人の思考を特定のマトリックス、特定の信念体系に閉じ込める働きがあります。そして、同時に呪を解いて、特定のマトリックスから人間を解放する働きもあります。

呪いで縛る側なのか? 呪いを解いて解放する側なのか? 情報発信者をよく見極めて、その動機の在りかを確かめながら、その情報の是非や正誤、さらには意味や価値を評価する必要がありそうです。

というか、その情報が正しかったかどうかを事後的にきちんと評価し、自分なりに頼りになる情報源を仕分けていくしかないような気もしますが。

・・・引用終わり・・・

これなかなか面白いでしょう? 名もない人に見える人が自分のマトリックスというか座標を確認しながらを何が本当の姿かを見抜いています。こういう人が増えてくることが待ち遠しいし、とても頼もしく見えます。

・・・・・

ぷうさんからの投稿2016/12/21、引用開始。

一陽来復、時計を見ないでも冬至の瞬間が分かるだろうか? と思って、試してみましたが、ダメでした(>_<) 因みに、一陽来復の意味は、易の64卦を暦に当て嵌めたものを見れば、よく分かるのですが。

今年の冬至は、現生人類? の歴史全体における冬至となるかもしれません。このタイミングを狙って、昨日は偽旗テロ? が相次ぎましたが、その最大の目的、人類全体の恐れや怒りの感情を煽って、バイブレーションを下げる?! という目的は果たされなかったようです。

まあ、私もテレビや新聞を見なくなって久しい生活なので、一般の人たちがどうなのかはわかりませんが。いずれにしても、人類にとっての春がようやくやってくる季節になったかなあ? いや、ぜひそうなって欲しいなあ! と願っています。

代替メディアやRT、ウィキリークス等によるいろいろな暴露情報と、それを歪曲・隠蔽するマスメディアの情報戦争の真っ只中という感じですが、暴露された情報そのものよりも、暴露された情報への反応、隠蔽や歪曲を行う実行犯とそれをやらせている真犯人を見極めることが大事かもしれません。

さらには、重要かつ不都合な情報から大衆の目を逸らさせるための、スピン情報にも惑わされないことも大事かもしれません。

というか、年金法案のスピンで逮捕され、日ロ首脳会談のスピンで釈放された方とか、最近はあまりにも露骨過ぎるので、そろそろ背後で指示を出している警察官僚と官邸の癒着を追求しなければ、司法の存在意義は皆無だろうと思います。

昔の知り合いに、新聞社のデスクをやっている人がいましたが、人柄的には良い人でしたが、この程度の頭で紙面の編集を仕切っているのか? と思うことが多々ありました。頭の回転は速いのですが、残念なことにメタレベルの視点がない。日常業務の忙しさのなかで、深く考える余裕がなくなるのかもしれません。

他の新聞を読んでも、全体の編集の向こうに、何か深いものを感じることはありません。せめて弁証法的な視点さえあれば、若干でも深みを感じることができるのですが、最近の紙面からは、それすら感じられません。

というわけで、私が危惧するのは、日本人はこれからやってくる変化、いやすでに起こっている変化を理解し、受け止めることができるのだろうか? ということです。考えなくなった? というよりも、思考のレベルが浅くなった上に、そのレベル、具体的な対象についての論理的思考と、感情や感覚についての自己中心的な思考のレベルでしか考えないように、メディアや携帯で仕向けられ、そのお花畑のなかだけで暮らすようになっているような印象があります。

「お花畑」という指摘は多いですが、問題なのは、特定の幻想あるいは妄想体系のなかだけで生きていることではなく、その妄想体系全体を見渡して、それを相対化あるいは客観視し、場合によってはそこから離脱するような思考レベルに達していないことが、問題なのだと思います。

30年前、大学の演習で、当時、その後の生活科やゆとり教育のコンセプトを作っていた指導教官と、「日本人に独特な(霊的)発達のバイパスはあるのだろうか?」という議論をしていたのを思い出します。

つまり、具体的なレベルでの論理的思考から、途中の抽象的な思考をすっ飛ばして、いきなり直観的な思考の世界に入ることはできるのか? というわけです。当時は、妙好人を実例として、議論していましたが、、、。

個人的には、放射能で器質的にやられていなければ、大いにバイパス的発達? の可能性はあったと思うのですが、現状、どんどん可能性が狭まっているような(>_<) 集合レベルでの意識変革、あるいは縄文時代の集合意識の目覚めも、時間あるいはセシウムとの戦いに敗れつつあるような(ToT)

でも、まあ、あきらめずにまったりと変化を見守ることにしましょう('-'。) って、なんか孫の成長を見守るおじいちゃんの心境ですが、ごちゃごちゃ言いながら、何もかもどうでも良かったりするんですね。

・・・・・

12/21、SYさんからの投稿。引用開始。

世の中には直感で生きている不器用な人も結構いるので、そこいら辺の変化はかなり進みつつあると個人的には思っています。むしろ論理的思考が阻害要因になっているのではないかというのが、個人的な経験に基づく一応の結論です。

論理的思考はマトリックスを作り上げて強化する要素のひとつ、というかそのものではないでしょうか? 論理的な思考に長けた人ほど洗脳に嵌りやすく、表現力があれば尚更に強固に固めてしまう。それを正面から突き破るには、自己破壊にも等しい相当なパワーが必要になります。

なので、緩い生き方の人の方がするりと抜け出しやすいのではないか、器質的破壊も場合によっては本質を見極める促進要因になるのではないかと密かに期待しています。それは余命幾ばくも無い人たちの研ぎすまされた思考を見るに付け感じる事でもあります。私たちは騙されている、そう悟る人がまあいいかで済まされない厳しい社会環境の中で増えつつあるのは確かです。

・・・引用終わり・・・

SYさん投稿ありがとうございます。


・・・・・
ぷうさんから

「論理的思考がマトリックスを作り上げている」というのは、分かるような気がします。というか、論理には、その出発点となる前提が存在していて、その前提の真偽を検討しない限り、その論理的思考の世界からは抜け出せないんですね。

例えば、被曝障害の前提条件から、内部被曝を除外し、外部被曝およびそれを計測するデータである空間線量だけを前提条件にして、論理的思考を走らせれば、福島に行って放射線障害で鼻血が出ることはありえない、という結論を出すことができます。そして、それは論理的には、正しいのです、内部被曝は存在しないという前提を受け入れるなら。

外部被曝だけで血小板が破壊されて、出血しやすくなるには、それこそ、膨大な量の放射線を浴びせなければなりません。

しかし、内部被曝、この場合ならベータ線源が鼻の粘膜に付着し、粘膜細胞を破壊することによって鼻血が出た、という前提を取り入れるなら、論理的帰結として、放射線被曝によって鼻血が出たという結論になるのです。

立命館の教授が感情論まで持ち出して、美味しんぼの作者を攻撃していましたが、要するに、内部被曝の存在を無視するマトリックスのなかで、批判していたわけです。「直ちに健康に影響がない」というレトリックも、「風評被害」というレトリックも、内部被曝という現象を無視することで、成り立っていたわけです。

こうしたマトリックスの影響下から抜け出すには、どうしたらよいのか? 現実における体験や、感覚的な違和感を通じて、前論理的に抜け出す道もあると思います。

また、論理的思考を突き詰める、というか解釈学的に、論理の出発点、あるいは暗黙の前提条件を洗い直すことで、その論理を崩すこともできるでしょう。

論理的思考によって、論理的思考から抜け出すことは困難、というか原理的にも不可能に近くて、その論理的思考を成立させている前提条件を、メタレベルから吟味し直す必要があります。

で、日本の行く末ですが、チェルノブイリ30年後の、ベラルーシやウクライナを見る限り、放射線被曝でみんな悟っちゃった?! みたいな展開にはならないだろうな、と思います。

被曝を隠蔽して移民で減少した人口を補充する独裁国家になるか、はたまた国力の低下に付け込まれて外国政府主導の内戦がおこり、ネオナチ政権が成立してしまうか? 

日本政府は、住民避難や移住、被曝回避についての教訓をチェルノブイリから学ぶことはありませんでしたが、今後、どういう形で政権を維持していくかについては、研究を奨めていて、おそらくはベラルーシ路線を狙っているのではないかと思います。

いやいや、思考機能を本当の意味で司っているのは、大脳新皮質ではない、という可能性も排除しない立場なんですが、大脳が単なるデバイスだとしても、内部被曝で破壊されて、かえって受信感度が良くなるとは、ちょっと思えません。いや、それこそがマトリックスに捕われた思考なのかもしれませんが( ̄□ ̄;)

論理的思考がー?! とか言いながら、文章が全然、論理的でないので、冷や汗ものなんですが、もう恥も外聞も捨てて久しいので、ご容赦ください。論理というのがどうもよくわからないので、論理についてかなり勉強したつもりなのですが、それでもよくわからん、、というのが、正直なところです。

もっといえば、「科学的思考」についても、よくわからんので、かなり調べたのですが、311以降、科学的思考を行っている科学者の発言に、さっぱり出会わないので、日本の科学が終わったのか? それとも私の学んだ科学的思考の方が間違っていたのか? 悩んでしまう毎日です。
posted by ZUKUNASHI at 08:28| Comment(4) | 国際・政治
この記事へのコメント
面白いことに、いまの日本は二重あるいは三重の言論統制になっているのかもしれませんね。言い換えれば、マトリックスの外にもマトリックスがあり、その外にさらにマトリックスがある。

安倍マトリックスから逃れても、風評被害マトリックスに囚われたままの人たち。風評被害マトリックスから脱出してもテロとの戦いマトリックスに囚われたままの人たち。テロとの戦いマトリックスから脱出しても??

善人悟りがたし、ではないですが、専門家と言われる人たちの頭のかたさ、情勢分析の偏り、非倫理性がここまであらわになると、、、やはり、自分の頭で考え、自分のハートの直感に耳を傾けるしかないような気がします。

と言っても、いまの人たちは、あまり硬い本は読まないようだから、論理的思考や弁証法的思考をすっ飛ばして、直観的思考にいかざるを得ないかな? 良くも悪くも、メタレベルを想定して考えないと、特定の思考マトリックスから出ることは難しいんだけど、、、何かバイパスがあるのかな?

このあたりは、下手をすると「自分こそが正しい」という独善思考にはまってしまうので、綱渡り的なところはありますが、何しろテレビや新聞が垂れ流している情報は、糞(ローマ法王が自分の立場を守るために、マスコミを嗜糞症にたとえたそうですが)! 専門家や知識人を称する人たちの言うことも、眉唾でよく吟味して聞く必要があるのでしょう。

というか、どのマトリックスから物を言っているのか? どのマトリックスの代弁者なのか? どのマトリックスからは脱却しているのか? という視点で見ていくと、面白いかもしれません。

言葉には、一種の呪として、人の思考を特定のマトリックス、特定の信念体系に閉じ込める働きがあります。そして、同時に呪を解いて、特定のマトリックスから人間を解放する働きもあります。

呪いで縛る側なのか? 呪いを解いて解放する側なのか? 情報発信者をよく見極めて、その動機の在りかを確かめながら、その情報の是非や正誤、さらには意味や価値を評価する必要がありそうです。

というか、その情報が正しかったかどうかを事後的にきちんと評価し、自分なりに頼りになる情報源を仕分けていくしかないような気もしますが。

Posted by ぷう at 2016年12月19日 16:17
世の中には直感で生きている不器用な人も結構いるので、そこいら辺の変化はかなり進みつつあると個人的には思っています。むしろ論理的思考が阻害要因になっているのではないかというのが、個人的な経験に基づく一応の結論です。
論理的思考はマトリックスを作り上げて強化する要素のひとつ、といかそのものではないでしょうか? 論理的な思考に長けた人ほど洗脳に嵌りやすく、表現力があれば尚更に強固に固めてしまう。それを正面から突き破るには、自己破壊にも等しい相当なパワーが必要になります。

なので、緩い生き方の人の方がするりと抜け出しやすいのではないか、器質的破壊も場合によっては本質を見極める促進要因になるのではないかと密かに期待しています。それは余命幾ばくも無い人たちの研ぎすまされた思考を見るに付け感じる事でもあります。私たちは騙されている、そう悟る人がまあいいかで済まされない厳しい社会環境の中で増えつつあるのは確かです。
Posted by SY at 2016年12月22日 00:56
ぷうさんのお話、難しいですが何となく納得できるなあと移住者を集合体として見たときに感じます。
3.11直後に素早く避難できた人たちには2パターンあって、一つは職務上もしくはお付き合い範囲で本当の情報を知り得たグループ。もう一つは直感で危険を察知したグループ。
2015年というわりと遅めに移住した私はそのどちらでもない凡人ですが、移住してみて思うのが「なんか移住者の人たちって芸術に寄った人たちが多いなあ」ということ。SYさんの論理的思考が阻害要因になるというのも正にそうだなあと思うのですが、直感に寄った人たちと論理的思考に寄った人たちが手を取り合わないと問題解決には至らない…双方を併せ持つバランス感覚の良い人が増えるのが理想だけど。
憲法改正反対とか原発再稼働反対とかいろいろデモやったり行政に陳情したり頑張ってるんだけど…論理的なつめが甘くてあえなく撃沈というのを目の当たりにする機会がありまして…論理的思考の大切さもつくづく実感しました。「反対」を訴える側にしてみれば「そんなのダメに決まってるじゃん」から出発しているので自分の考えの正しさを信じて疑わず、推進側の重箱の隅をつつくような…訴える側の論理の破綻の指摘を受け入れる事ができない。「どーしてそんなどうでもいいとこ突いてくんのよ!問題はそこじゃないでしょ」と。平行線で終わらないためにはやっぱ論理に強くなる必要もあるのかなあと感じています。
Posted by おじょう at 2016年12月23日 08:08
私も、集会みたいなものに出かけるたびに、「本質的な問題はそこじゃないだろう?」とか、「なんで、そこに突っ込まないで、重箱の隅をつつく?」と思い、あえて発言すると、「怒るな!」の坊さんを怒らせたり、反原発の人たちわ怒らせたりして、会場を敵に回してしまうので、、、貝になりますた(-_-)

ちなみに、怒るなの坊さんには、「心理的な成長の結果として怒らなくなるのなら分かるが、怒りがすでに生じてるのに我慢して怒っていないふりをするのは、ヤバくね?」と聞いたら、逆切れして怒りはじめたので、「あんた、怒ってるじゃん?」と言ってやろうと思ったのですが、一目瞭然の怒り方だったので、やめました。別に攻撃したかったわけではなかったので。

反原発の講演会では、散々、内部被曝の知見を聞かされた後に、でも、日本の医師は被曝障害の診断ができない、したがって治療も保険請求ができないので、表だってはできない、と言うので、「そこを何とかしなくては、今日お聞きした内部被曝の話そのものに意味がなくなるのでは?」と言ったら、完全アウェーのボブ・ディラン状態に(ToT)

論理的な思考以前の、素朴な質問を口にすると、どうも皆さん、守りに入ろうとしてしまう? というか、新たな疑問を受け入れて、論理体系の幅を拡張することよりも、防御壁をさらに塗り固めて、狭い認識に自らを閉じ込めてしまうことが、多いみたいです。

そういう基本的な姿勢というのは、原子力村も、それに対抗する反原発村も、右翼も左翼も、宗教団体も、あまり変わらないようです。考えてみれば、組織の教義、基本方針、活動目的を守ろうとするするのは、当たり前ですし、それらを支えている暗黙の了解にあえて突っ込むような質問を警戒するのも、当然のことでしょう。

しかし、そうした前世紀的な組織の在り方こそが、現在の問題を生み出し、膠着させているとも、言えるかもしれません。

正しさ、と言うときに、論理的な正しさと、現実的あるいは経験的な正しさが、実は異なることを踏まえておく必要があります。もっと言えば、経済的な正しさ、社会的な正しさ、宗教的な正しさ、、、などなど、種々雑多な正しさ(と、そのアンチとしての誤り)が混在し、共存しているのが、私たちの住むこの世界だと言えるでしょう。

そのなかで、どの正しさを信仰するのか? その信仰の決断が、自らの意識的なものなのか? それともいつのまにか他者な押し付けられたものなのか? いずれにしても、ある特定の正しさを信仰し始めた途端に、その正しさを維持し拡張するために、あらゆる論理や経験が動員されるようになる。

原子力村と言いますが、実態は原子力真理教で、御用学者たちと言うのは、その牧師や僧侶みたいなもので、科学者の仮面を被って、原子力真理教の教義を布教し続けているのです。その教義あるいは神話は、非常に精緻かつ論理的に構築されているので、その土俵のなかで論争を挑んでも、到底、勝つことはできません。というか、宗教ですから、想定問答集も完備しているし、クレーマー対応や布教の実地トレーニングもきちんと行っているはずです。さらに、電源三法によって裏打ちされた経済的な正しさも、偽装して身につけているので、論理的に破綻しても、そちらに逃げ道を用意しています。

そういう相手、そういう信仰に染まった人たちに対して、どう接していくか? 論理的な正しさを崩し得るのは、別の論理ではなく、現実的な正しさや経験的な正しさ、しかもそれを目の当たりにさせることだと思います。

「怒るな」と言う坊さんを実際に怒らせて、「あんた、口では美しいことを言っているけど、現実には怒ってるじゃん!」と、現実を突きつけて、そこでその坊さんが、どう対応するか? その現実を受け入れて、さらに新しい教えを説くのか? 「自分は、怒ってない?!」と言って、怒って対応するのか?

何しろ、いま起きている現実を突きつけること、これから起こる現実から目を逸らさせないこと。そのあと、どうするかは、本人次第なんですが、しかし、それでも原子力真理教の教義に逃げ込むなら、本人もその家族も、心身両面において、壊れていくだけでしょう。

本来なら、マスメディアが現実的な正しさを掘り起こして、大衆に知らせるべきであり、そのことによって、かえって原子力真理教のなかの人たちに、現実的な対応をとらせるチャンスが生じるとおもうのですが、残念なことに原子力真理教の機関紙、安倍政権の機関紙、よくてガス抜きに堕しているので、期待できないでしょう。

というわけで、私たちにできることと言えば、自分と家族の身を守ることと、せめて身の回りにいる人たちには、現実的な正しさというか、現実そのものを伝えて、放射能の初期被曝と内部被曝という、その現実に結び付けるべき仮説的な要因を提示し直すことくらいかもしれません。

なんにせよ、どこから沸いて来るのかよくわからない素朴な疑問、子供の「ねえ? 赤ちゃんって、どうやって作るの? どこから出てくるの?」みたいな質問こそが、突破口になる??? といいなあ? みたいな話でした。ちなみに、私が今までに出会ったなかで、一番論理的だった人は、実質日本トップの大学教授ではなく、中卒の現場のおじさんでした。学歴=記憶術は、あんまり関係ないし、現実的あるいは経験的な正しさという基盤から離れるという意味では、勉強すればするほど、危うくなるのかもしれません。

現実に目をつぶり、現場を知らず、ソロバン勘定のために、論理を操り、神話を構築するような人たちの集まりが、原発を動かし続けている。そのことこそが、日本の驚異であり、脅威なのかもしれません。
Posted by ぷう at 2016年12月24日 16:41
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