避難を実行できた方は恵まれた方です: ずくなしの冷や水

2016年09月26日

避難を実行できた方は恵まれた方です

おじょうさん コメントありがとうございました。

「どの団体も「こどもを守りたい」が出発点。だからこどもとその保護者向けの支援はわりと見かけるのですが… 各自治体の避難者支援はありますがこれも少子高齢化と過疎化対策の一環なんだろうなーというのがいろんなパンフレットを見ると分かります」
おっしゃるとおりでしょう。よく分かります。

私の役割としては、一般的な避難推奨は、もう役目を終えたと考えているのです。避難できた人、苦労することが目に見えていても踏み切ることができた方は、新天地で生活の安定を図る、それに専念されればよいわけです。

経済的にも避難が可能であるにもかかわらず、さらに経済的利得を求めて居残っている人は、潮時を見つけて避難するでしょう。医師などの避難が続いています。

今の私の課題は、避難したくても経済的理由などで避難できない人達にどんな支援が考えられるのかという点です。

はっきり言えば、やはり経済的な問題が大きいです。就業支援などの生活再建策は現地の支援団体にお願いするとして、現地まで人を送り込むまでが容易でないのです。

「週末を利用して一泊二日でもいいから現地に来てしまう」というのは理想論です。西日本への往復旅費どころか片道の旅費すら捻出は難しいという方も多いことは、若い人の圧倒的多数が派遣社員などの不安定就業であり、毎月の家計収支もかつかつという実態をご存知でしょうから、ご理解いただけるだろうと考えます。

後にも先にも鍵になるのは経済力です。関東の汚染地で着ていた服装のまま現地に行けば、支援団体の方が頭痛を起したりもするでしょう。そんなことを考えれば、避難断行を決断してもいろいろなハードルがあります。

下流老人の共同ホームを検討する過程で、西日本にそのような施設を設けても、参加できる人はある程度の年金収入を持つ人に限られるだろうということは、早くから認識していました。

それに助け合いなどと言っても、そんなのは今の日本でどこまで通用するかという気もします。

そんなことを考えながら、このブログの一部の記事を有償化してせめて支度金の一部だけでも支援できないかと考えるに至りました。

幸い、被爆難民については、まだ西日本で暖かく迎えてくれる方々がおられるようです。そこはシリア難民と違います。

どなたか篤志家がまとまった資金を拠出してくれるかもなどと言う甘い期待は捨てています。なにごとにつけ自助努力しかない、改めて噛み締めています。

無理なくご協力いただける範囲でお願いすることを考えています。その節はよろしくお願いします。個別にメールでご連絡させていただきます。

・・・・・

宗教団体と手を組む、あるいは支援を求めることはありません。宗教団体は、収益源を求めています。家にオバサンたちが勧誘に来ることがありますが、自分たちで働いて資金を作ったらといつも思います。彼らは裕福な者が好きです。新聞をたくさん売りさばくのも地位を上げるために必須。貧乏人は、駐車場の整理要員くらいにしか思われていません。

避難者は、狙われやすいのでどうぞご注意を。もちろん、信心で魂が救われるならそうされたら良いと思いますが。
posted by ZUKUNASHI at 15:15| Comment(1) | 福島原発事故
この記事へのコメント
うーん、自分もそうだったから、あえて言いますが、経済的理由で動けない!? ということはないと思います。ふんぎりがつかないから、動かないだけだと。ふんぎりがつけば、お金がなければ貯め始めるし、貯められないなら、夜逃げあるいはトンづらの算段をすると思いますが、どうなんでしょう?

個人的には、「これは、将来的にジリ貧だし、この方向で芽が出ることはないなあ」と思いはじめてから、ふんぎりがつくのに、3年くらいかかりました。

相当の圧力のなかで、ふんぎりがついたときは、本当に生きるか死ぬかで、「どうせ死ぬなら、どこか遠くでラーメン屋にでも住み込みで働かせてもらって、好きなことをした方がマシかな?」みたいなことを思って、それまでに積み上げてきたものを捨てる決心をしました。決心ができれば、そのあとの展開は早くて、2ヶ月ほどで次の生活に移行できました。過去を清算するために、肉体労働の収入の半分以上を持っていかれる生活でしたが。

西日本に視察しにいくお金がない? なんて笑止で、金がないならヒッチハイクでもいいし、格安航空会社を探したら、往復で1万円で済むだろうし、行った先で泊まるところがなけりゃ、野宿したらいいじゃん? みたいな。ふんぎりがついていたら、わらにもすがる思いで、そこまでするだろうし、ふんぎりがついていなかったら、「そこまではできんなあ」となるだろうし。

あと、最近は「避難」という言葉に違和感があって、避難ではなくて「移住」「永住」じゃないと、後が続かないんじゃないか? と思ったり。「避難」だと、また戻るという含意がありますが、おそらく戻れるようになるどころか、汚染の実態が明らかになるか、逆に隠蔽が徹底されて北朝鮮化するかで、戻るに戻れなくなることでしょう。

受け入れる側も、そのうちまたいなくなる人に対して、どこまで応援したらいいのか? という話になります。お客さんとして来るなら、最初は歓待しますが、長居をすれば、「この人ら、いったいなんなん?」という話になります。お客さんではなくて、死ぬまでの付き合いをする新入りさんとして来るなら、歓待はないし、最初の半年くらいは遠巻きにじっと観察していますが、ちゃんと働いて、地域の行事にも出ていれば、いろいろと繋いでくれる人が現れます。

あくまでも、私の個人的な体験から言っていることなので、これが正しいわけでも、すべての人に当てはまるわけでもありません。それに、ゼロリセットで一番苦しい時に、家族が理解して支えてくれたので、なんとか乗り切れた面もあります。逆に、苦しい時にこそ、自分を大事にしてくれる人、逆にこちらが大事にしないといけない人、というのが如実に明らかになりますが。

何しろ、それぐらいの本気度の人、できればふんぎりのついている人を支援するのでないと、その後の長丁場を乗り切ることはできないと思います。

私なら、「経済的に苦しくても、なんとかお金を工面して、現地を見てきたらどうですか?」とアプローチして、実際に行って見てきた報告を聞いて、見通しが開けたことを確認してから、「これを、今回の視察で使った予算の足しにしておくれ」と、お金を渡すでしょう。でも、ふんぎりはついているのに、本当にお金がなくて動けない、という場合には、往復のチケットを渡すかもしれませんね。

ある意味、そのあたりから試験は始まっていて、見知らぬ相手とコンタクトを取って、ネゴして、自分の住家と仕事を確保して、地域に溶け込む、、というプロセスの、どうしても足らないところだけ支援するか、「それはむり!」と思うなら、行政の移住パッケージを探して、文句を言わずにそのお膳立てに従うか? という話になると思います。

恵まれている方は、その恵みをよう手放せなくて、かえって動けないように見受けられますが、恵まれていない方? は、「お客さん」意識を滅却して、手段を選ばず、限界を設けずに探せば、道は開けるはずです。それこそ、地方の工場の期間工の募集を探してもいいし、住み込みのバイトを探してもいいし、、、というか、私もその時期にはいろいろと探していたのですが、贅沢さえ言わなければ、なんなりと道はあります。

本当に必要なのは、渡った橋を燃やして、自ら退路を断つぐらいの、ふんぎりじゃないでしょうか? このふんぎりをつけさせるのが、実は非常に難しくて、あえて悪者になって追い込まなければならない場合もあるので、しんどいのですがね。それができる教師が本物だとはおもいますが、私にはむりっす。
Posted by ぶう at 2016年09月27日 10:29
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