遠からず、日本全体が精神病棟になる日が来るのかも <この記事はいつか必ず役に立ちます>: ずくなしの冷や水

2016年09月04日

遠からず、日本全体が精神病棟になる日が来るのかも <この記事はいつか必ず役に立ちます>

2016/8/27、ぶうさんの投稿の続き。ぶうさん、この問題は一般人には勉強しようとしてもアプローチがとても難しいです。基本的な向き合い方というか見方を教えていただきありがとうございます。下線部は管理人。引用開始。


仕事に行くはずが(>_<) 自分のなかの反応を吐き出すと、新たに思い浮かぶことがあるので。

脳細胞の破壊によって起こる精神症状には、抗精神病薬が効かないのではないか? ということに思い至りました。精神医学では、クロールプロマジン以前と以後という分け方をするようですが、精神病の陽性症状を抑制する抗精神病薬の出現以降、精神病、特に統合失調症の患者さんの症状の出方が変わったそうです。1950年代以前から、精神科医をされていた方が20年以上前におっしゃっていましたが、「いまの若い医者は、分裂症の本来の症状を知らないし、対処の仕方も知らない」そうです。その後の20年で、ますます薬物治療のウェイトが高まっているようですから、いまのお医者さんは??

薬物の効かない精神症状が増えて来ると、これは首都圏全体、東北全体が、昔の精神病院の閉鎖病棟のようになって来るのかもしれません。それが徐々に進むとしたら、いつのまにか巨大な閉鎖病棟と化しても、なかの人たちは誰も気付かない? みたいなことになるかも。

いや、安倍マリオと安倍半ズボン写真を見ると、もうすでにそうなっているのか? 精神病院の閉鎖病棟のなかにいる人たちが、日本の政治を司っているのか? みたいな絶望感が沸くのですが、まあ、気のせいでしょう。

精神病で意思の疎通が困難な状態の人と、日常生活をともにすると、正常な人でも徐々に狂ってきます。意思の疎通ができる間はいいのですが、意思の疎通をなくした状態から、もう一度、意思の疎通を再確立するのには、多大な努力と犠牲を伴います。しかも、それが可能なのは、器質的な原因がない場合ですから、脳細胞の不可逆的な破壊によって精神症状をきたした人たちと、どう関わればよいのか? は、私もよくわかりません。

特に初期被曝のひどかった東日本から始まって、遠からず、日本全体が精神病棟になる日が来るのかもしれません。というか、地球そのものが、人類という手に負えない精神病患者を収容する、閉鎖病棟だったのかもしれない? なんて思ったりもしますが。

個人的な経験からは、人間は誰しも、その深層心理を探って、根源的な領域に達する一歩手前のところで、自分を生涯を超えて支配してきた狂気=敷居の住人と直面せざるを得ない、と思っています。残念なことに、人間精神の基本OSの最深部に、狂気のプログラムがインストールされているわけです。このプログラムをアンインストールして、自ら、そして人類の精神を解放するために、先人は多大な苦労をしてきたわけですが、残念なことに、ほとんどうまくいかなかったようです。いや、そこを超えた人たちは、人知れず、未知の世界へ旅だって行ったと言うべきでしょうか?

健全な精神、健全な肉体、健全な人間関係をもってしても困難な道なのに、精神も肉体も人間関係も原子力利権と放射能で破壊されてしまったら、前に進むことすら難しくなってしまいます。私の観点からすると、そこが一番の優先事項で、「そこに留まっていたら、あなたの、そしてあなたの家族の霊的成長の基盤すらうしなわれていまいますよ? それ以上に大事なものがあるのですか?」ということになります。まあ、ある意味、究極的にエゴイスティックなんですが。

人類、世界、文明も、一種の閉鎖病棟であり、日本という国、社会も閉鎖病棟なわけですが、特に首都圏では、1950年代以前の閉鎖病棟、阿鼻叫喚、全裸で糞尿まみれの人たちがごろごろしていて、ある人は「自分はキリストだ」と言い、ある人は「自分は天皇の子供だ」と言うような世界が、現出するかもしれません。というか、もう始まっている?

どうしても、身体症状に注目してしまいがちですが、むしろ被曝にともなう精神症状の方がこわいかもしれませんね。あるものをないと言い、ないものをあると言い始めて、「あれ、なんか最近、おかしなことを言うなあ」と思っているうちに、決定的なことが起こって、「ああ、精神病になりかけていて、ああいうことを言っていたのか!」と後から周りが気づくのですが、まあ、その時にはだいたい手遅れというやつですね。

精神症状を「正常だ」と言いくるめて、異常さに目が行かないように、マスメディアを総動員しているようですが、どこかでオセロのように全部ひっくり返って、「ああ、あの人たち、狂っていたのか!」と、国民の半分くらいが気づく日が来ることでしょう。ただ、残念なのは、その時ではもう手遅れだろうということ。

狂気から正気に戻るための、本人と周りの人たちの苦労を思うと、「このままお花畑で終わる方が幸せかな!?」と思ったりします。「痛みなくして構造改革なし」とか言って、日本を外資に売り払った人物がいましたが、狂った人を正気に戻すために、周りの人たちが人生を棒にふるのでは、本末転倒のような気もするし。

国全体で見たら、身体の病気に加えて精神症状を併発し、さらに認知症状も出ている人たちを、残りの人たちが介護しなくてはならない。しかも、発狂した人たちが支配権を握っていて、税金を徴収しては原因物質の拡散と被害隠蔽のために浪費し、加害企業に復興予算を横流しして焼け太りさせ、そもそもの根本原因である原発を、活動中の活断層上であるにも関わらず、しかも北朝鮮や中国の脅威を煽っている同じ口で、再稼働させる。

狂った人間の我が儘に付き合わせて、発狂の原因への対処もしない人たちの尻拭いを、なんで我々がしなくてはならないのか? 「同胞」だから? なら、なんで自分たちの食えないものを、「同胞」である我々、我々の子供たちに食わせて、自分らのところで除染した廃棄物を、我々の土地までわざわざ運搬して、消却して、汚染を免れた土地に放射能を撒き散らすのか? それで補助金がはいって、懐が潤うからか?

というわけで、まあ、相当、怒っています。そして、それは「狂っていたから許される」なんてことはなくて、逆に狂っていたら救いようがないのだから、せめてきちんと罰を受けろ! という話です。ちゃんと、平等に扱ってあげるのが、人としての礼儀だと思います。

安倍さんと塩崎さんが結託して、精神障害年金の見直しと減額を行うようですが、それも精神障害者の皆さんに経済的なストレスを与えて、その症状を悪化させる要因になることでしょう。国家の狂気を抱えてくれている人たちに、経済的な圧迫を加えて、それで浮かしたお金をさらに外資や株式に回す、なんてことは、最悪の禁じ手です。まあ、その狂気が国全体ではなく、それで儲ける人たち、その手先になった人たちに転嫁されるように、せいぜい方向づけするようにしましょう。

というわけで、来るべき霊的危機、なんか阿鼻叫喚の地獄になりそうな気もしてきました。そうなったら、狂ったもん勝ち? ですかね? 「神様、変えられるものと、変えられないものを、識別する力を、我々に御与えください」50歩100歩で、狂気と嗜癖のなかにいる私たちにとっては、このニーダムの祈りこそが重要かもしれません。

若い頃、一ヶ月間、朝から晩まで、寝ている時と食べている時と用を足している時以外、ずっと情報を遮断して、家に篭って瞑想をしたことがあるのですが、そうやって深く自分自身の心のなかを見つめていったとき、自分の心の一番深いところで、カラカラと回っている狂気を見出だしました。「ああ、これが私の心を支配してきたのか?」と。

最近、コブラさんやコーリー・グッドさんなどが、人類にはその能力を制限するようなプログラムが、(本人の合意のもとで)インプラントされている? と言っているのを目にして、「なるほど、あれか!」と思っている次第です。

基本OS云々は例え話ですが、その時には、「自分もそうだが、他の人もそうなんだろうなあ。みんな根本的なところで狂気を抱えていて、それでも何とか生きているんだなあ」と思ったものです。そういう意味では、私の中では、正気な人たちと狂った人たちの区別はあまりありません。程度の問題で、みんな狂っている?! という認識です。この根本的なところにある狂気が、もう少し表層的なところでは、認知療法で言うところの、歪んだ認知として、とらえることもできるかもしれません。

精神病の原因は重金属にあって、デトックスすれば治ると指摘する著作もありましたね。残念なことに、私自身の経験、精神病の方たちと日常的に関わった経験から言うと、それも重要ですが、それだけではどうにもなりません。ゼロに戻した後、もう一度、どうやって再教育をして、社会適応ができるようにしていくか? という問題が残ります。ハードを直したら、ソフトも自動的に直るという具合にはいきません。むしろ、壊れたハードを抱えながら、どうやってそれと付き合っていくか? を考えなければならないこともあります。

ただ、やはり放射性物質あるいは重金属で中枢神経が破壊された場合には、生活臨床的な取り組みが効果を上げるのも、難しいでしょうね。デトックスと組み合わせないと、何をやっても無駄になるような気がします。

・・・・・

管理人注:嗜癖(しへき、addiction)とは、「ある特定の物質や行動、人間関係を特に好む性向」、「止めよう止めようと思いながらも止めることのできない悪い習慣に耽ってしまうこと」、簡単に言えば「有害な習慣」のこと。

・・・・・

eさんからの投稿を付記します。引用開始。

中枢神経障害に抗精神薬は効きません。少なくとも、被曝による脳障害から来る精神症状に、投薬はなんら効果ナシとわかっています。

今も関東に住んで福島の食材を買うママ友は、最近夫婦喧嘩が増えたそうです。
お互いにいつもイライラしている、と言ってました。
知り合った2011年直ぐは、とても仲の良い穏やかな方だったので、その話は衝撃でした。

(初出 2016/8/27 追記8/28)
posted by ZUKUNASHI at 22:00| Comment(7) | 福島原発事故
この記事へのコメント
ブレザー+膝小僧丸出し・・・
「まさか?」ではないと思います(´д`|||)
彼は以前、柏崎刈羽で被曝しているといいますし。

出腹はまあいいとしても、左右間違えた靴下、結べてない靴紐、後ろ前のアンダーシャツ。。。
まともな家族やブレーンがいたら、こんな発禁写真出回らないでしょう。

「政府以下、日本は完全に狂った。」と世界が認識し、行動してくれるきっかけになれば・・・幸いです(´・c_・`)
Posted by louisx2 at 2016年08月27日 23:28
ほんとだ。
ワンポイントの靴下なんかやめたらいいのに。面倒で仕方がないです。
アンダーシャツは、タートルネックでは?? 後ろ前でこんなに襟が高かったら苦しいです。おかしいと気付きます。
でも半ズボン穿く時期にタートルネックのアンダーシャツならもっとおかしいですよね。
http://inventsolitude.sakura.ne.jp/images/2016/201608/201608222.jpg
Posted by ずくなし at 2016年08月27日 23:55
本当にこのアンダーシャツ・・・なんなんでしょう?タートルネックにしては短いんですよね。
まあ、人のファッションにケチつけてる時ではないので、いいんですが。。。

完全に政府のトップが「木偶人形」というのがわかる写真で、逆に「なに?内部告発なの?」
とか、「暗*指令?」とか「クーデター決起の暗号?」とか・・・想像力たくましくしてしまい
ました (´▽`;)ゞ

第一次安倍内閣時に比べて、劣化が凄くないですか?
議員ともなれば、それなりの被曝対策はしているでしょうが、「認知症」の傾向があるやに感じ
ます。
自分もそうとは思わず「認知症」なのかもしれませんが。
認知が進むと、その人の本性があらわになってきます。
日本全体が本当の地獄になるのでしょう。
欲に囚われたり、物や金を惜しんだ者は餓鬼になります。
前にずくなし様が言われていたとうり、この世界が、地球が「地獄界」なのかもしれません。
狂った者勝ち。せめて良心が少しでも残っている者たちから・・・と望んでしまいます。
Posted by louisx2 at 2016年08月28日 01:23
ぶうさま

いつも拝読させております。興味深いお話ですね。

>最近、コブラさんやコーリー・グッドさんなどが、人類にはその能力を制限するようなプログラムが、(本人の合意のもとで)インプラントされている? と言っているのを目にして、「なるほど、あれか!」と思っている次第です。

私は産業カウンセラーなのですが、クライエントさんと面談している中で、既存の精神医学では説明出来ない現象に対面する機会も多く、同じような感想を持つことがあります。

私自身、「前世の記憶」としか説明できないものを持っているのですが、どういうわけか同じような人が周囲に集まってまいりまして、軽くその時代のお話をしたりしますと、「えっ?あのときのあの人だったの?」という感じでお互いにビックリすることもあります。あのときというのが、2千年前だったりします(笑)

また、出生時に病院にて、「なんてことだ、またやり直しか!」と、完全に大人の意識で自分の現状に気づいて驚嘆したことを鮮明に覚えています。そして乳児として振る舞うこと(たとえば大人に抱かれたら笑うなどのサービス精神)が乳児には求められており、「乳児の処世術」として、いたしかたなく愛想笑いをした記憶もあります(笑)結構疲れました(笑)

どうやら私の魂が現世の肉体にインストールされるときに、過去のデータ(前世の記憶)が完全に消去されなかったようなのです。別の言い方をすれば、過去のデータはいわゆるアカシックレコード的なものにすべて記録されていて、それへのアクセス権を剥奪された状態で現世に誕生すべきところを、なんらかの理由で回避できてしまったといえるのかもしれません。「人類にはその能力を制限するようなプログラムがインプラントされている」というのが、このことなのかもしれませんね。

私の場合は、たまたま最初から「過去のデータ」を持っていたのですが、知人などの実体験では、後から何らかのきっかけ(たとえば旅行など)によって「パスワード」が勝手に入力され、突如「ログイン」してしまうことがあるようです。いきなり現世と過去世がミックスした混沌が現れ、今までの世界観がひっくり返るような情報が怒濤の如く流れ込んでくるため、人によっては折り合いを付けるまでが大変なようです。人類の歴史は戦争なので、幸福な記憶のほうが少ないということですね。

過去の記憶にアクセスするということは、必ずしも悲惨な記憶だけではありません。過去の薬草の知識や呪術(肯定的な意味でのシャーマニズム)、音楽、アート、自然と共生するための生活の知恵など、失われた文化の再発見という面もあり、現代社会の問題点を客観的に考察する視点を得ることが出来ると思います(何処何処の都市の地下には迷宮が眠っていて、財宝が。。などの情報も当然出てきます。ただこれは争いの元になってしまいますね笑)。

現代人には「デフォルトでアクセス権が無い」理由については、様々な見方があると思いますが、個人的には「アクセスすること」を恐れないで欲しいと思います。原発、戦争、貧困、環境破壊などのいわゆるバビロンシステムからの脱却という人類のテーマを追求する上で、一人ひとりが勇気を出して取り組むべき問題の1つだと感じております。
Posted by NO NUKES at 2016年09月05日 00:32
NO NUKES さま

コメントありがとうございます。私の言いたかったこと以上のことをおっしゃって下さっていると思います。

珍しく? すぐに答え? が湧いて来ないようなので、また、何かひらめいた時に、カキコミをさせていただきます。というか、「そういうことなんですよねえ~(^◇^)/」としか、言いようがないんですが(≧∇≦)

私自身は、過去世の記憶はないんですが、いろいろな人から「あんた、あの時の!」と言われて、しかもそれがだいたい悪役なので(ToT)、「過去世の自分を知りたい」とか言っている人たちの気が知れません。とは言っても、そろそろそういう記憶にも直面せざるを得ないかなあ?! という感じ。

いやはや、いろいろな動きと同時並行なので、整理をつけにくいのですが、バビロン・システムからの解放の時は近そうですね。外面的な解放と内面的な解放を、どうやって調和させて、相互促進させるか? そのサポートをどのように行っていくか? どちらにしても、自分に焦点化するよりも、他者の援助に回る方が、良さそうな感じですね。



Posted by ぶう at 2016年09月05日 14:50
NO NUKES さま

単刀直入に、できるだけシンプルに?! と思うのですが、実際にそうなるかどうか? というか、だいぶ酔うとるだで、支離滅裂かもしれませんが。

数年前まで、おっしゃるような認識だったのですが、最近は、ネットでいう、インタラクティブと言いましょうか? 現実の様々な事物というものが、所与のものというわけではなくて、カーソルを合わせてクリックをすると、そこに含まれるさらなる情報が開示されて、どんどん深めていけるような、そんなものではないかと思うようになりました。

具体的には、その対象に意識を集中し続けると、その対象自身が語りはじめる、という感じでしょうか? ダーシートムソンの「生命と形態」だったかなあ? 形態というものが、その生成過程を示すものだという指摘がありましたが、この世界の多種多様に見える形態が、実はかなり単純な原理によって成り立っていることが見えると、その原理=生成プログラム、代表的なものはフィボナッチの定数ということになりそうですが、の存在を確信できるように思います。

さらに言うなら、認知心理学では、客観的な事象をそのまま受容して、過去の記憶と照らし合わせて判定するのが知覚ではなく、対象との相互作用によって、知覚内容を一回一回創造しているのが、知覚なんだ、知覚というのは創造的行為なんだ?! という説もありますが、私たちの身の回りの事物に関しても、それは適用できるのではないか? と。

アカシックレコードにアクセスして、過去の情報、場合によっては未来の情報をダウンロードすることもできると思うのですが、もっと前に進んで、アカシックレコードとの共同創造によって、まったく新しい現実を生み出すこともかのうなのではないか? なんて思ったりもするのです。例えば、ハーブや薬草の知識とつながるというときに、ただ単なる処方箋につながるだけでなく、個々のクライアントの状況にあわせて、ハーブや薬草のディーバとの共同創造によって、新たな処方箋を共同創造していくこともできるのではないか? ということです。

インタラクティブなインターネットならぬ、ネイチャーネットと繋がって、地球母さんとの共同創造によって、この地球をより美しく、より良いものにしていく?! 臨床においても、クライアントを元いた世界に社会復帰させるのではなく、新しい世界を共同創造して、その世界のなかで幸せに暮らしていってもらう?! いや、世界と共同創造して自分に相応しい世界を作っていく力をつけてもらう?! そういうことも、実は可能なんじゃないかなあ? ということです。

うーん、やはり支離滅裂ですね。酔っていないと、ようこんなことは言えれんのですが、、、、。

かのウィルバー? の言葉に、Only constant is changing という言葉があったようにおもいますが、Only constant is creating と言い換えてもいいかもしれません。いや、そう言い換えるのに、25年かかりましたね。

世界と私たちの間は、インタラクティブなのに、「客観性」というマインドウィルスによって、所与の現実はかえることはできない?! という信念体系を植付けられて、その呪縛から離れなくなっている。まあ、「マトリックス」というマジックワードを使ってもいいのですが、何しろ、創造あるいは共同創造という手段でしか出られない場所において、その手段を使うというアイデアさえ奪われている?! というのが、私たちの現状なのかな? と思ったり。
Posted by ぶう at 2016年09月10日 23:48
ぶうさま

素敵なご返信ありがとうございます。

>具体的には、その対象に意識を集中し続けると、その対象自身が語りはじめる、という感じでしょうか? 

私の場合、どちらかというと集中する間もなく出会い頭にカウンターパンチを食らうことが多いですね(笑)
幸せなエピソードだけならいいのですが、その場所ゆかりの幽霊さんから強烈なビジュアルでご挨拶されることも多いです(笑)
なぜか女性幽霊は美人さんが多いんですよ(笑)

アンティークショップの商品の中には、やはり「ヤバいもの」がありますよね。
以前、都内某所のショップでペンダントヘッドを手に取ったところ、ヨーロッパの教会内と思われるビジョンが現れ…(すみません、これ以上恐ろしくて書けません(+_+) )

また、いろいろな場所で植物から「お水をください」と話し掛けられることが多いです。放置しておいて激怒されたこともあります(笑)

>インタラクティブなインターネットならぬ、ネイチャーネットと繋がって、地球母さんとの共同創造によって、この地球をより美しく、より良いものにしていく?!

目指してまいりましょう!
Posted by NO NUKES at 2016年09月12日 00:33
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