目にはさやかに見えねども 移住・避難・保養の動きにぞおどろかれぬる: ずくなしの冷や水

2016年03月20日

目にはさやかに見えねども 移住・避難・保養の動きにぞおどろかれぬる

読者の知る移住・避難者の動きを知りたいとの読者の問いに関連して寄せられたコメントを掲載する。管理人は、このブログの読者は総じて移住・避難の動きには関心が高いはずとは思うが、同級生などの付き合いの範囲でどこまで動向を把握しているか、難しいのではないかと考えている。引用開始。

東京から移住する人の本当の人数は、把握できませんよ。なぜなら、実際に移住するまで決行する人達が少数派だからです。しかも、そういう方々は、黙って静かに越していかれます。 岡山の三田先生のように道義的責任を強く感じておられて、移住の理由を公表する方は稀なのです。

ほとんどの人は、仕事や勉強、或いは長期の旅行と言って留守にされて帰ってきません。 また、本格的な移住とまでいかなくても、休み毎に汚染が少ない場所へ保養に出る方はものすごく多いです。 東京ディズニーリゾートが、2011年を境に大阪のUSJに抜かれたのは、偶然じゃないんですよ。

チェルノブイリ後のヨーロッパでは、スイスやオーストリアのお金持ちは子ども達をスペインの寄宿学校へ移しました。 そこまでできない人たちの間では、バカンスブームが爆発的に起きました。 日本も同じです。口に出さないだけで、わかった人から被ばく回避をしているんですよ。

私が住む場所は昔は別荘が多い地域だったのですが、2012年頃から非常にたくさんの土地が売りに出されるのを目にしました。 大きなお屋敷や、企業の保養所が次々と売却され、小さく区画割りされて真新しい家が建っていきました。 お金持ちは、さっさと日本に見切りをつけたようです。

また、医師は、こっそり引っ越すので患者さんは直前になって担当医師が代わると聞かされるのですが、とある時期に、血液内科で有名な病院の先生が一斉に変わられたように見えました。(私の推測ですので、定かではありませんが)

最近公表されましたが、お役所も西へ移り始めましたよね。 でも、一番早く動いたのは、福島の子ども達をボランティアで受け入れていた関東圏のNPOやNGOでしたよ。

2011年の夏が終わる頃には動きが止まり、翌年にはブログの更新すら止まりました。 おそらく、彼らにはチェルノブイリ事故の際の被ばくに関する知見が有り、早くに関東圏の汚染に気が付いたのだと思います。 自分たちが危ない。福島の子供をかまっている場合じゃない、って。

では、なぜ、みなさんが声を上げないのかとお尋ねになりたいでしょう。 私も不思議に思っています。「ぶうさんの教育論」によれば、場を読む日本人の善意が裏目に出たという事になりますでしょうか・・・。

・・・引用終わり・・・

もう1件掲載します。浮き船氏の投稿。

> 大半は無関心、
> 中には「私は日本が好きだから、
> たとえ汚染されていても日本で楽しく自分らしく暮らしたい。
> 子供達もそれを見て手本にしてくれるはず。」と、
> 政権が歓迎しそうな返答も。
と、言っても、既に成人された本人は、納得済みだから、それでいいのかもしれませんね。
しかし、もし、自分ではなく、子供さんの体調に、何かあった時に、親御さんとして、何か、責任を持てます?

今、政府は、健康被害や、フクシマの事故現場の状況について、安倍さんも菅さんも、4年後の五輪をするのに集中心と言うか、一生懸命であって、5年前の事故に伴う、実態なんて、誰も教えてくれないですよ。
彼らにとって、事故現場の状況や、東日本中心の健康被害。実態。真正面から、正視しようとも、思っていないのでは?
問い詰められれば、国民から、如何に、血税を貰っていようが、例の如く、イヤホン外して、聴かない振りをすれればいいと。

しかも、セシウム137にしても、ストロンチウム90にしても、半減期を迎えるのが、今からカウントしてみて、あと、四半世紀後ですよね。
2〜3年、外に出ないで、うちに籠って、凌げると言う話でもない。

しかも、スーパーや小売りには、顧客が個別に測れる、ガイガーカウンターを置いて欲しいと言ったり、1食品100ベクレル/kgが基準値と言ったって、食べ合わせにより、茨城県の人達は、胃に放射能食べて、胃から放射能を出しながら、被爆しているのが事実なので、
食品個々に付与されたバーコードと同期させて、各食品のBq/kg値まで読み取り、合計の食品量で、基準以内に入っているかどうか、レジ通過時に、再検証して欲しいと、スーパー本社や、食品相に頼んだものの、彼らは、「それは、非常にいいアイデアですね。」と言ったっきり、その後、何度頼んでも、何もしてくれなかった。
「これは、こちらの身まで危ない。」と思ったので、福島県には、警告を発した上で、私自身も、国外に出たのです。もう3年になります。
どこの国でも、そうでしょうが、最初は、しんどいなあ、と思う事も多々ありましたが、人の慣れとか、順応性もある。
3年もいると、寧ろ、日本にいるより、快適になる。
フクシマからの放射能が飛んできて、食べ物に付着している心配も無ければ、基本、自分の今いる国は、火力と自家発・太陽熱で電気を作っているので、当面、原発事故の心配もない。
(日本も見ているので、原発は、将来とも採用しないでしょう)
線量も、平均0.06μSv/hと低い。

健康被害と言う面では、親に、危害が及ぶのならば、安倍首相とほぼ同世代の我々の自己責任と言う事で、まだ納得が付きますが、子供に対しては、たとえ、国が避難費用をケチっていたにしても、後で、民事で、損害賠償請求すると言う方法もあるので、当座は、安全な場所に、逃がさざるを得ないと思っています。
でないと、福島の幼児甲状腺がんの子供の親御さんの処のように、後に、家族会を構成することになる。
そんな気もしています。
福島の事故に関しては、当時、物心の付いてはいなかった、子供には、何ら、関係の無い話ですから。
少しでも、安全な場所に、退避させる義務がある。

海外に住み、そこで仕事を得、さらに信頼を得て行くと言うのは、確かに大変な事でもあるのですが、幸い、日本人は、非常に勤勉・努力家・技術力が優秀、あたりが売りだったですね。
60も超えてしまうと、相手国に、文句を言ったり、批判をしたりすることでしか、フラストレーションを晴らすしか無い人もいますが、(つまり、謙虚に努力など、絶対しない(出来ないのかも)。
 それが、日本でも散見される、高齢者の特性。
 つまり、余程、若い頃に、技術構築でもして来た人間でも無い限りは、人の足を引っかけて、引っ張るとか、”小姑”としての、存在感しか、 たとえ、日本人であっても、ない)
そこは、日本人固有の、地道に頑張る、特性を信じたいところです。

・・・引用終わり・・・

鎌倉では、転出者が増えて不動産価格が低落したと言います。人口動態でも悪化が見られます。移住者の多い地域は、若い人からいなくなるので出生数の減り方が周辺に比べて激しくなります。

田園調布なども不動産が流動化していると言われます。

人口流出が強いのは、茨城県の北部です。女から逃げ出しました。逃げた先は西日本ではなく、相対的に汚染の低い関東地域内かと思われますが。

福島県内での人口流出も激しいです。住民票を置いてあるとメリットもあるのでしょう、自治体としての「人口」はそれほど減っていなくとも、実際には居住していない人も多く、実居住者は公称数値よりもかなり低いはずです。国勢調査で一部是正されましたが、実態はなお分かりません。

一方で東葛などの濃厚汚染地帯も含め、小さく区画割りされて真新しい家が建っているところも多くなっています。これは、管理人が足で歩き回って確認しています。現地販売所の担当者ともよく話をします。(管理人を見れば、一見して客ではありえないことが分かりますが、向こうも暇です)

転入転出の動きを見ると、濃厚汚染地帯では福島第一原発事故から1年から1年半程度の間に動く人は動いた感じです。不動産が売りに出たのは、その後ではないでしょうか。

一番早く動いたのは、関東圏のNPOやNGOとのご指摘、管理人も同感です。柏では、早い段階で放射能汚染問題を取り上げる市民グループが立ち上がり「私は気にしない」といった市長が謝罪する展開になりましたが、早期に活動を始めたグループほど、ほどなく人がいなくなって消滅したとされています。

町田もいくつかグループができましたが、今はどうなんでしょう。公園で町田から来たと言うご婦人と話をする機会がありましたが、問題意識ゼロ、読者からもそんなグループの活動は聞かないとのコメントがありました。
posted by ZUKUNASHI at 21:42| Comment(2) | 福島原発事故
この記事へのコメント
ずくなしさん、こんにちは!
いつも精力的に記事をアップしてくださってありがとうございます。
毎日欠かさず拝見しています。

昨日避難移住者の会合がありました。
そこで出た話でわかったのは、国や自治体は避難者の正確な数は把握していないということです。
うちの県では東北、関東から転入した人の数をおおよその移住者数としているそうです。
つまり住民票を動かした人だけですね。

そもそも「避難者」の定義がない。
なんのサポートもしていないので、こういう漠然とした数字しか把握していないのでしょう。

東北、関東から転入した人がすべて避難者かというと
転勤の人もいるだろうし、引越しの理由を確認しないとなんとも言えません。
また避難者のよくあるパターンとしては
関東から九州へ、中国地方へ、さらに四国へと転々とする人も結構いるのですが
こういう場合は「九州から(中国地方から)の転入者」となり避難者としてカウントされません。

避難移住者の会は連絡してくれた方を会員としています。
本人が連絡してこなければわかりません。
県として把握しているのは180名くらいとのことですが
会に入ってくれているのは20名ほど><
そのうち福島からの避難者は4名(うち2名はご夫婦)
会に入ってもなんのメリットもないとなれば、入る気にならないでしょうね。
むしろ隠れキリシタンのようにひっそり暮らしていたほうが
何かといいのかもしれません。

最近の動きとしては、311当時学生だった方々が5年たって
結婚や出産の年齢になり、移住を考え始めているということです。

県全体としては避難移住者の数は減っているそうです。
もとのところに戻ったのか、別の土地に移ったのか
それこそ海外移住したのかはわかりません。
Posted by B at 2016年03月11日 15:46
ずくなしさん、毎日精力的に情報をあげて下さりありがとうございます。
私は震災当時町田在住で、現在は西日本にいます。
町田にあったいくつかのグループのうちの、ひとつに属していました。
メンバーは同じ小学校のママ数人で、小学校のグラウンドの線量測定、給食の産地変更、日光修学旅行の行き先変更などを求めて、学校や教育委員会、市議会などにかけあっていたました。高級住宅地に住む子の多い学校(公立です)したが、意外なほどに原発事故に対する反応が鈍かったです。豪邸のローンや、東京での職業、子どもの学校など、手放せないものをたくさん抱えているのでしょう。
そうこうするうちに、リーダー格の人が九州に避難、私も体調を崩すなどして、自然消滅しました。近くの私立小学校を中心とするグループもあり、頻繁に勉強会をしていると聞いていましたが、そちらにも避難する人が出ていたようです。

2012年の2月頃、東京新聞で「多摩地区で放射能回避のため給食の牛乳を拒否している子どもの数」が公表されました。確か、100人あたり1人だったと思います。小学校に子どもが2人在籍していると仮定すると、母親200あたり、1人が拒否していたことになります。
私は移住後に、ずくなしさんのブログで町田が意外に高線量だったことを知りました。
がれきの焼却も相当環境を汚してしまったのでしょう。大好きな土地だったのに悔しいです。
Posted by ムスカリ at 2016年03月12日 11:40
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