西日本で黄色い粉が降った後、短期間で体調異変を生じた例もあった: ずくなしの冷や水

2016年02月17日

西日本で黄色い粉が降った後、短期間で体調異変を生じた例もあった

@ 黄色い粉の正体は依然として不明だが、花粉でないことははっきりした。

2011/4/10頃に九州で黄色い粉が降った。スギ花粉の飛散時期は九州では2月半ばから3月半ばとされる。サクラもとっくに終わった頃にスギ花粉が大量に飛ぶとは考えられない。ヒノキは、九州ではスギより1ヶ月遅れで飛散最盛期を迎えるが、4/10前後はもはや終盤で飛散量は減る。

2011/4/10頃九州で観察された黄色い粉が3/24頃関東で観察されたものと放出源、放出時期が同じだとすると、15日間程度空中に滞留して降下したことになる。スギ花粉であれば、細胞が壊れ黄色い色もとどめていないはずだ。

A 今回寄せられた情報によれば、九州で黄色い粉が降った頃にその視認者と別の県にいた者の双方に体調不良を生じているほか、近畿、東京でも黄色い粉、白い粉に関連して体調異常を生じた例がある。

4/10頃の福岡県の黄色い粉視認者は、「2か月後にじんましん、手足の指先感覚まひ、心臓のチクチクと動悸、下痢、口内炎などの症状が頻発」。九州の別の県にいた方は、「子供の新学期が始まった頃、突然両足に血管の網目模様がはっきり出たり、両耳の下にしこりができたりした。水状の下痢もした」とのこと。

九州以外では、詳しい住所地が不明だが、中古車販売業を営んでいた男性が、黄色い粉が降った後、「幾日か経過して、夜寝ようとして横になっていると、頭の感覚がおかしいと感じ、卒倒、気を失いそうになった。元々アトピー性皮膚炎持ちだが、シャワー中に幾度となく酷く痒くなり、皮膚科に行ったが原因不明。現在も顔、首回り、頭皮が酷いアトピーで皮膚がボロボロ、フケの様に大量に落ちる」

近畿で被曝したまゆさんは、「散歩中に夕立に襲われた際に誤って雨水を口にしてしまい(錆びた釘を百本くらい浸けて放置したような、他に例えようがないほどもの凄く金属味の雨)、直後から、猛烈な体調不良に襲われて、一ヶ月半寝たきりの状態になった。ぶつけていないのに青アザが下半身にいくつもできて、髪の毛が毎日ごっそりと抜け、歯が痛みもなく、何の前触れもなく突然欠けたり抜けたりした」と記されている。

そんなに急激な影響があるのかと思われるだろう。管理人もどちらかというとそのような劇症性は信じがたいのだが、都内にお住まいのhiyaase氏は、次のようにご自分の体験を寄せてくれた。

「都内で2011年3月23日水曜日夜21時。家に帰って傘を閉じたら、黒い傘がなんと白くなっていた。その後にツイッターで黄色い粉の話はいっぱい読んだが、絶対に傘は真っ白だった。風呂場で傘を水道水で洗った。それからは、手の甲と足の甲からこすりもしないのに、年に3回ほど出血して、1日で収まるが不気味だった。出血は2013年春まで続いた。」

2011/3/21は、東葛地域が強く汚染された日だ。3/23は、大気中のセシウム濃度も低下したが、この日の夜が黄色い粉、あるいは白い粉のピークだったらしい。気象庁に黄色い粉の問い合わせが多かったのは2011/3/24だ。セシウム濃度が低下してガンマ線で測った空間線量率は下がっていた。それでも、白い粉あるいはそれを含んだ水に触れた恐れのあるhiyaase氏の皮膚の異常を起している。

黄色い粉なり白い粉を含んでいたか不明だが、近畿でにわか雨の雨水を口に含んでしまったまゆさんは、上述のように起き上がれないほどの重い症状となり、黄色い粉を視認し、おそらくは雑巾などで拭き取る作業をした男性は意識が不安定になり、皮膚症状が悪化。

九州で黄色い粉を視認し、おそらくは掃除をしたであろう福岡県の方は「2か月後にじんましん、手足の指先感覚まひ、心臓のチクチクと動悸、下痢、口内炎などの症状が頻発」、同時期に九州におられたyさんは黄色い粉などは視認しておられないが、「突然両足に血管の網目模様がはっきり出たり、両耳の下にしこり、水状の下痢」の症状が出ている。

どなたも管理人から見ると、激しい症状が出ておられる。

B こんな激しい作用を及ぼした原因物質はなんだろう。

次は、福岡、佐賀、長崎、熊本の2011/4/1から2012/3/31までの各県が設置したMPの空間線量率の推移。一番左の枠が2011/4月で最初のピークが2011/4/8だ。他の月と比べるとそれほど高くない。黄色い粉は、ガンマ線量を押し上げなかったことが分かる。



仮にこの黄色い粉がウランなどベータ線源、アルファ線源をガラス質で包み込んだ超微粒子だとすると、中のあんこに当たる部分は、少なくとも強いガンマ線源ではないはずだ。

では、皮に当たる部分は何だろう。ガラス質というから石英のようなものを想像するが、原子炉の内部、あるいは燃料プールの燃料棒にそんなものがそう多いとは思えない。建屋の材料が溶けた可能性もあるが組成はなんだろう。

外側の皮の部分は、放射能を帯びたものとそうでないものとが溶融して混じっていると考えるのが妥当と考えられるが、その場合は、外側の皮の部分も放射能を帯びている。

しかし、黄色い粉が降下しても県が設置するMPの値はそれほど上がらないということなら皮の部分に含まれる放射性物質もベータ線源、アルファ線源だと考えざるを得ない。

比較的短期間に激しい身体症状が出たのは、ベータ線源、アルファ線源が皮膚についたり、それを吸い込んだりしたためではないだろうか。

これらの福島第一原発起源微粒子は、高空に舞い上がり、滞留した後1,000km離れた場所に降下した。高空をどのように飛んでいたのかは分からない。3/23から4/10までは18日。世界一周してきたものもあるのだろうか。仮にそうだとすれば、北半球に広くこの微粒子は降下している。

2011/3/27、フランスの地中海に面したマルセーユで黄色い雨が降ったという

管理人が調べたところでは、大西洋に浮かぶ ポンタ・デルガダ、サンミゲル、アゾーレス諸島(ポルトガル領)にCTBTOの観測所があり、2011/3/26にヨウ素がピークをつけている。

福島から離れれば離れるほど、むしろ均一ではなくムラを伴って降下しているようだ。マルセーユを通り越して日本に帰るものもあったかもしれない。
posted by ZUKUNASHI at 21:22| Comment(7) | 福島原発事故
この記事へのコメント
ずくなし様

こんにちは。
毎日、こちらのブログを覗くのが日課になっております。
いつもありがとうございます

黄色い粉ですが、私の家にも2011年の3月に落ちてきました。
時期は、はっきりとはわかりません。
一時避難した沖縄から帰ってきて発見しましたので。
最初は、スギ花粉かと思ったのですが、本来のスギ花粉は、もっとくすんだ緑っぽい色でしたし、
粘着質だったので、もしやウランかもと疑っていました。
あれほど、黄色、黄色した粉は、後にも先にも見たことはないです。

その後、ネットで、チェルノブイリの時に、モスクワの手前で人工的に雨を降らせる為に
ヨウ化銀が雲に打ち込まれたと知りました。
近隣の町には、黄色や緑色のべとべとした粉がたくさん落ちたそうです。

ウランは単体では灰色ですが、4価や6価で黄色や緑色になるそうです。
ストロンチウムやセシウムも空気に触れると黄色や橙色になるそうですから、やはり核燃料の可能性はありますよね。

私は化学の知識を持ち合わせていませんので、どなたかが解説してくださるといいのですが。


日本政府が行ったかどうかはわかりませんが、同じ時期に、官邸からのお知らせで
「雨に濡れても心配はいりませんが、雨に濡れないでください」
という奇妙な文章がアップされましたよね。
もしかしたら、この時にヨウ化銀を撒いていたのかもしれません
Posted by m at 2016年02月18日 00:29
ボンネットが黄色くなっていました。

こちらでも今までに見たことが無いくらい黄色い粉が降ったのを憶えています。

海の水も空気も人の心も汚染が酷くなって地球上に人が住めなくなりそうです。

軍や軍事予算の抜本的変革で人類の幸福や地球再生に使われると良いのですが。

破壊覇権ではなく地球環境回復人類の教育福利厚生へのベクトル変換願います。

軍隊の隊員さん達にとっても今のままでは地球は大きな牢獄状態だと思います。

Posted by シンクレア at 2016年02月18日 06:34
訂正します。

仰るとおりカレンダーを見直したら
2011年3月23日(水)20時でした。雨の日です。20時は行った先を出た時間かもしれません。とすると帰宅は21時です。
21日は雨、柏・松戸ルートがやられた日で有名です。
22日も雨。
23日も雨です。21時から23時に柏ルートでα線とあります。
「柏ルート」や「α線」と私が書くのは、誰かのツイッターの発言であって、正しいかどうかは私には分かりません。(誰か間違っていたら訂正してください)。

東京都水道局が水道水汚染を発表したのは21日頃ではなかったかと思います。これは記録がありません。松戸の川向こうの金町浄水場でしょう。23日にはミネラルウォーターのメーカーが増産体制に入ったという検索が得られます。

私の服装は帽子にウインドブレーカーにジーンズに革靴です。手の甲も足の甲も濡れた記憶がありません。
おそらく、風呂場で傘を洗ったときに付着したのではないかと思っています。

http://saigaijyouhou.com/blog-entry-2922.html
これの軽微な感じです。

すぐ2日後の25日に、ちょっと手をこすって、左手甲の皮が剥けて出血。
2回目は8月。3回目は11月です。
出血はすぐ止まり絆創膏貼る必要もありません。

傘の不着色は何度も言いますが「白」です。輝度も粘度も少ない白です。水ですぐに流すことができました。

14日の3号機爆発後に、すぐに、ありとあらゆる排出法(原則は医食同源)を試みていたので、2013年までに、なんとかなったかなと勝手に思っています。これは勝手な自分の憶測です。


Posted by hiyaase at 2016年02月18日 10:27
mさん 人工降雨を起すのは、首都や人口密集地への放射性物質の降下を防ぐためですから日本の場合、それを狙うには福島県南部とか茨城県でやらないと意味が薄れます。東京で、あるいはそれを通り過ぎてから人工降雨をやるとは思えません。
福島第一原発事故で放出、飛散した放射性物質で最大量を占めるのはウランです。それはいろいろな形態で飛んだでしょう。
核燃料から来ていることは間違いありません。

シンクレアさんが黄色い粉を目撃されたのは、近畿ですね。
Posted by ずくなし at 2016年02月18日 10:33
(補足)
3月14日が3号機の爆発。
15日は「群馬ルート」という記憶があります。
また、15日は東京は雨で、黄色い雨が降ったという話があります。風は北風→夕方から南風です。
Posted by hiyaase at 2016年02月18日 10:35
追加情報ありがとうございます。訂正しました。
2011/3/15は、気象庁の統計では降雨なしですが、東京都内や茨城県下では所によりにわか雨が降っています。黄色い雨が降ることはありうると思いますが、3/24の朝に目撃情報が多かったのが飛来経路の推定を難しくしています。
Posted by ずくなし at 2016年02月18日 10:49
(物質の性状の追加)
傘が白くなった件。
そういえば、マンション内の廊下にも、室内にも、傘を持って歩いて、黒い傘に付着した白い物は落ちなかったということは、それくらいの粘着性はあったということかも。
ただし、水道水で洗うと簡単に落ちた。

(24日のことは私には全く欠落しています。お役立てずにすみません)

Posted by hiyaase at 2016年02月18日 12:47
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