真実は人の思いなどお構いなしに冷徹に事を進めている 投稿記事: ずくなしの冷や水

2016年01月26日

真実は人の思いなどお構いなしに冷徹に事を進めている 投稿記事

2016/01/26に寄せられた投稿を掲載する。引用開始。

汚染地にあって被曝回避に日々努めるのは子育て中の主婦には難しいです。何か「これをやっていれば大丈夫」というものにすがらなければ精神が崩壊します。サプリメントや菌類の噴霧…それをやるより他、心の保ちようがない。それを意味がないと言われたら終わるのです。

いろいろな被曝回避対策、本気でやるとなったら相当な覚悟がいります。お金も時間も、工夫も必要です。自分一人だったら人付き合いが悪くなろうが、料理の味が落ちようが自身で納得すれば済む話です。

一番厄介なのが子供がらみの人間関係です。 周りのお友達が3・11前と変わらぬ暮らしをしているのにうちのお母さんはあれは食べちゃダメ、マスクをしなさい、みんなと行きたかった遠足は休めと言う…きっとお母さんは頭がおかしいんだ。我が子が不満いっぱいの目で訴えてくる…それでも続けますか?完璧な対策を。

完璧がのぞめないそのせめてもの祈りの形として、科学的根拠のない対策がお母さん達に支持されるのだと思います。

私はとても耐えられなかった。 だから無茶でも母子移住したのです。 夫や両親が渋々でも許してくれたからこの手が使えた。 でも、そんな家ばかりではないでしょう。

それでももし、ずくなしさんのブログを見て移住を考え始めた方がいるのなら、今更などと思わずに実現へのイメージを持ち続け、一歩踏み出してほしいです。

移住をして子供たちの体調は変わりました。部活に入ってないし特に運動をしていないのに短距離走のタイムが上がり、マラソンも移住前より1分は速くなっていると言います。

医師にそのことを報告すると、移住前は喘息のような状態で呼吸が苦しかったのだろうと言われました。血液検査の結果、甲状腺ホルモンなどの数値も基準値内におさまってきました。

日本はどこへ行っても同じ? そんなことはないと我が子の様子や多くの移住者を診察している医師からのお話で確信しています。

とはいえ、初期被曝はしているし汚染地に4年はいたのですから気を抜く事は出来ませんが。

シリア難民との違いは水源さんの仰るとおりですね。シリアの方々はもう失うものなど命のほかなし、まで追い詰められている、それが目に見えて分かる状態です。

被曝を認めるには失うものが多すぎる日本。 …今年の年賀状、肺病で入院しまして、の報告が一件。新年早々懐かしい学生時代の部活仲間からの連絡が先輩の癌による訃報。 真実は人の思いなどお構いなしに冷徹に事を進めているのですね。

・・・引用終わり・・・

おじょうさん 投稿ありがとうございました。お書きになったとおりだと考えます。

若い主婦に被曝回避は自己責任 というのは無理なのかも知れないは、反発を見込んで書きました。これから、さらに厳しいことを書いていきます。ここは楽しくない、不快なブログです。読みたくなければ、どうぞ他の楽しいサイトへ! アクセス数は公表していませんしそれを目的としていません。読者の理解度や関心の動向を見る上での重要な情報として扱うだけです。

自分の多くの時間を費やして、いつも同じことをくどくど書くしかなくなったら、書くのを止めます。
posted by ZUKUNASHI at 11:49| Comment(1) | 福島原発事故
この記事へのコメント
ずくなしさん、こんにちは。少しご無沙汰しました。生活確保のための仕事、けっこうパンパンになるときがありまして。

今回の投稿者さんのおっしゃる通りだと思います。日本の中で移住してももう意味がない、というのは言い過ぎでしょう。少なくとも東北、関東からは西日本側へ移住すれば被曝回避のための大きな意味があります。(ずくなしさんの居住環境も大変です。心配しています。)

ただ、私のように大阪に住む人間も、若狭に並ぶ原発銀座の秘める潜在的脅威を覚悟しながらの生活になります。いや、山口だって愛媛だって鹿児島だって静岡だって、同じですね。そういった潜在的脅威を漸減させる方向性と努力を完全に放棄している現政権。それどころか、再稼働や原発輸出などで真逆の方向に脅威を増大させてます。

発狂しているとしか言いようがないのですが、それでも移住しないよりは遙かにマシです。あくまでも安全の暫時確保という意味合いに留まるかもしれないのは、ある意味、現在では世界のどこにいても同じかもしれません。

放射能の脅威で考えると、沖縄は最もマシかと感じるのですが、米軍基地、及びどんどん増設されている自衛隊基地の存在を考えると、戦場になる脅威を心配してしまいます。日本の政権は、歴史的に継続して沖縄差別を続けており、本土の安全のためにはいつでも沖縄を切り捨てますから。

放射線という目に見えない殺人光線が無数に飛び交う環境と、戦場になりリアル銃弾や核ミサイル被弾などの潜在脅威を覚悟する環境と、究極の二者択一に戸惑います。私的には、目に見える脅威と正面切って対峙する方が楽かな、と感じたりしてます。

それにしても、本当にすごい時代となりました。くれぐれも少しでも体が動き、頭もまともに作動する状況を確保、という個人的命題を自覚しなければいけないな、と思っています。
Posted by よんた at 2016年01月27日 10:40
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