女性は他人の瞳に映し出される自分が一番大事: ずくなしの冷や水

2015年12月25日

女性は他人の瞳に映し出される自分が一番大事

2015/12/24、25に寄せられたコメント

私の友人にも、放射能の現実を話したところ、
「面倒臭い、寿命が縮まっても良い」という回答でした。
毎日の生活に疲弊しており、細かいことに気を回せない。
それより、今、この一瞬が楽しいかどうか。そちらの方が大事ということのようです。
下手すると、緩い自殺願望にさえ映ります。
気付いていない方や、気にしない方は、そういう精神状態の方が多いように思えます。
本当に、悲しいくらいに、命の優先順位が低いです。

停止や廃炉、再稼働まで、影響があるだなんて、本当に恐ろしいです。
避難先を考える際の指南になります。
山口を考えていたのですが、原発がありますね。ちょっと、考え直そうかと思います。

・・・引用終わり・・・

最後のあがき 手当たり次第に警戒呼びかけに書きましたが、ダメでもともとと腹を括り、機会があれば放射能の危険を話すようにしています。

電車内急病人の増加、それに伴う電車遅延、放射能によるゴム劣化によるものもあると見られる車の横転事故、駅構内や道で眠り込んでいる人の目撃情報の増加、芸能人・有名人の急死、子供の甲状腺がん、白血病の多発など、放射能禍を立証する材料にはこと欠かなくなっています。

筆者が極力放射能の話をするようにしたのは、これらの材料が揃い、なんら権威の裏づけを伴わない筆者でも、事実を丁寧に説明することにより、まずはそんな問題が起きていることを理解してもらえるのではないかと考えるに至ったからです。

もう何年も前からこの試みは続けてきました。その経験から次のように感じています。一部は過去の記事に書きました。まず、男性について。
@ 比較的所得の高いと見られるサラリーマン(いわゆる中の上以上)は現状維持に対する希望が強く、自らの生活の安定を脅かすような話には耳を傾けません。彼らは、はっきり言って、自ら耳をふさいでいます。

A むしろ職人や比較的収入基盤が不安定ではないかと見られる人のほうが柔軟で敏感です。最近のツイートに職人は感性が高いので放射能問題についても、これはやはりおかしいと感じ始めているとの指摘がありましたが、ありうることだと考えます。

B 学校の教員や公務員と話したことはありませんが、彼らは心まで体制に完全に組み込まれていますから、話しても無駄です。実際は気が付いていると思いますし、放射能の知識もあります。彼らが考えているのは、「意識の低い」大衆をそのままにして自らは被曝回避に努めると言う行動パターンです。
そこのおとうさん! 役人がタダでもいらないと置いていったコメ食べていませんか

C 医師などの専門職は、放射能問題に一定の知識はあります。ですが開業医は大きな借金を抱えています。彼らの一番の恐怖は、開業場所から住民がいなくなることです。これは筆者が体験したことで住民が避難していなくなるかもしれないといったら医者が顔を真っ赤にして怒り始めました。

医は仁術ではありません。医は算術なのです。開業医の中には患者が増えたことを歓迎している感が否めないところもあります。

D 一般にまだ若い人は、耳を傾けてくれることがあるでしょうか。学生、建設労働者、配達などの業務に従事する者です。比較的柔軟です。筆者がよぼよぼの老人男性ですから心残りなく成仏できるように話を聞いてくれているつもりなのかもしれません。

E 年配男性ははっきりと二手に分かれます。もうそういう新しい話、不快な話は聞きたくないという人が多いです。理解力が落ちている人もいます。

筆者と年代の近い男性については、挙動と顔を見ただけでその人の器の大きさは見当が付きますので、相手を選び無駄だと思う人とはそもそも話をしません。話もつながりません。

会社経営者は、やはり現状維持願望が強いので放射能の話は受け入れがたいようです。あるサイトのコメント欄で高級子供服メーカーの社長が「原発事故の死者と交通事故の死者とどっちが多いか」という点で議論を展開し完敗しましたが、その後、ブランドを毀損されたと非難している例がありました。ブランドを毀損する行為をしたのは、子供服メーカーの社長自身です。黙っていればいいのに。

ただ、会社の経営者は、一般にアンテナを高く張っています。見ず知らずの筆者のようなみすぼらしい老人の話に耳を傾けることはなくても、しかるべき情報を持つ人から情報を得ているはずです。このサイトにあるドメインから集中的にアクセスがあったことがあり、調べたら最近人口動態が急速に悪化している地域の建築設計会社のドメインでした。このような業種は、住民がいなくなれば、影響が出ます。

おそらく健康被害回避のための情報も得ているのだろうと思います。彼らは外食の機会が多く、美食しています。輸入農産物を使った澱粉の多い大衆向け食品を食べている貧乏人よりもよほど健康被害が深刻化しておかしくないはずなのです。伝統芸能の役者がその典型です。

筆者にお金持ちからご依頼があれば、とびっきり丁寧に優しく被曝回避策をご説明する用意があるのですが、全然ありません。やはり性格の悪さがサイトの隅々までにじみ出ているせいでしょう。

お金持ちのスポンサーはおられませんか〜〜 自分自身の避難費用が不足しているのです。それに貧乏な老人男性(例外的にyさんは夫婦で可)のための共同ホームを運営したいと思っているのです。

ちょっとお見苦しいことを書いてしまいました。反省しつつ、話を元に戻します。

年配男性でも柔軟性があるという点で特異なのは、昔会社を経営したり事業を営んでいて、かつ失敗経験のある人です。こういう人達の話はとても面白く、参考になります。人間的に共感できる場合も多いです。

幸いにして失敗経験のない人でも、もちろんいろいろな苦労を積み、世の中の裏表を見ていますから話はおもしろいですが、彼らは見ず知らずの人とあまり話をしません。筆者なども警戒されて当たり前だと思います。

それに自慢話しかしない人もいます。特に、話の中で有名人や政治家の名前が出てきたら、話を切り上げる準備をします。時には、政治家の下着窃盗のような話が聞けるのかもしれませんが、そんな話は日本ではありふれていて珍しくも面白くもありません。

次に女性について。実はウォーキングの際に女性と話したことはほとんどありません。せいぜい道を聞く程度です。筆者が女性から言葉を掛けられることがあるとしたら、「お爺さん 大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか」とまあこんなケースでしょう。

女子高校生などは筆者にとっては異星人です。そう言えば、同年代の男性で河原に畑を作り、万国旗を掲げて女子高校生が声を掛けてくるのを待つ、出会いがセットできたら柑橘系のオーデコロンを付けてめかして出かけるという親父もいましたが、筆者には感嘆しかありませんでした。そんな面倒なことを!! それにそんな持て筋だとは思えなかったし・・・。

筆者が出かけるのは週末の日中ですから、子供連れの若い母親を見かけることが多いです。

天気が良い日に子供を公園などに連れ出すのは、止むを得ないことです。風があってもマスクもせず、子供をバギーに乗せて空を眺めさせている、そんな母親に筆者が話すことはありません。

早く脱出するようにしたほうが良いですなどと不用意に話をしたら、怒り出す人も多いでしょう。「若い女性に話しかけて不安を掻き立てる不審な老人が出没しています。見かけたら110番通報を」などというカンバンが立ちかねません。

中年以上の婦人とも話す機会がありませんし、近所のご婦人何人かに放射能対策を助言して、中年以上の女性は他人の話が聞けない特性があることは痛感しています。

女性は、男性以上に分かっているつもりの人が多いです。このサイトの読者のコメントでも、分かりやすい記事、読みやすい記事云々と書いてくる人は女性です。そして、どうも分かっていない、間違って理解しているという面があります。

人並みには努力、注意していると書いてくる人も女性です。人並みの努力、注意? そんなのはどうやって把握できますか? そして人並みの注意がどれほどの意味があると考えているのですか、と問います。

誰かが言っていますが、女は子宮で考える。そうなのかも知れないなと、最近よく考えます。冒頭のコメントにある「毎日の生活に疲弊しており、細かいことに気を回せない。それより、今、この一瞬が楽しいかどうか。そちらの方が大事」という捉え方もよく分かります。

ご批判を予想しつつもあえて書きますが、女性は快楽主義、刹那(せつな)主義なんですね。女性は頭で考えるより、身体で感じることを優先させる。

筆者は、女性の容貌変化がもっと出てこないかと注目しています。奇形児が生まれるようなことは、多くの女性は現実感をもって捉えられないようです。

あくまでも自分の身に災難が降りかかったことが、自分の感覚だけでなく、他人の瞳に映し出されることが怖いのです。女性にはそれが最も効くのです。

「緩い自殺願望」とありますが、このような傾向は、主体的な意思に基づく選択としての自殺願望ではありません。自殺願望がありながら子供を作るのなら止めなさいと言いたいです。

そういう人に限って、放射能問題拒否反応は、共産党拒否反応と同じで人と違ったことをして目立ちたくないだけです。ここでも他人の瞳に映る自分を意識しています。それが自民党政権を維持し、自らの首を絞めていることにも気付きません。

海外で活躍するキャリアウーマンの方からの便りに次のようにありました。
「電車や街中で倒れて眠っている人の話にはとにかくあきれ果ててものも言えません。そんな所で『普通に』暮らしている人々にはもっと驚きます。まあ、一つよいことを探せば、おかげで毎日一生懸命生きなくてはと思うことでしょうか。」

残念ながら、「毎日一生懸命生きなくてはと思っている」人は、国内にはあまりいないようです。

とても残念ですが、それでも海外の人達が日本の惨状を知り、日々一生懸命生きなければと思ってくれるだけでも慰めにはなります。筆者は、5年近くデータや情報を蓄積してきました。なんとかこれを残して活用してもらうための手段を考えなければなりません。
posted by ZUKUNASHI at 14:51| Comment(0) | 福島原発事故
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