2010年は東日本で何があったのか 結局分からないということは分かった: ずくなしの冷や水

2015年12月24日

2010年は東日本で何があったのか 結局分からないということは分かった

静岡県を中心に生じたと見られる2010年の死亡数の急増。とても不思議ですが、その原因の解明は筆者の手に余ります。すでにどなたかが解明されておられるのかも知れません。筆者が知らないだけで。

最後の一踏ん張り。静岡、神奈川、東京、山梨、愛知を並べてみました。



これで見ると、早いところで2011/1頃、遅いところで2011/6頃が分岐点になっています。2010年中は、いずれも同じような動きです。

静岡を基準にすると、2011/5頃まで静岡と神奈川はよく似た動きを示しています。2011/6以降については、静岡と愛知の動きが似ています。

これは、2011/5頃までは、神奈川は、おそらくは静岡で生じた事象により影響を受けていましたが、その後は静岡の影響が弱まり、それよりも他の要因、筆者の考えでは福島第一原発事故の影響が大きくなったと考えます。

静岡、愛知と西に行くほど初期プルームは弱かったと考えられますが、愛知は影響を受けていないわけではありません。神奈川の死亡数の伸びが静岡を大きく上回っているのは、やはりプルームの強さの影響が表れていると見られます。それに加えて、その後の飲食物による内部被曝もあります。

そのように見ると、愛知は静岡とあまり変わらないほどの影響を受けているとも言えるでしょう。愛知県下では、いろいろ不可解な現象が起きていますが、それとの関連はもちろん分かりません。

山梨県は、上の5都県の中では、福島第一原発事故による影響が相対的に少ないと見られます。東京は、人口の流動性が高く、影響が出にくくなっています。4年経てば大学生のほとんどが入れ替わります。

このグラフで、とても怖いと思うのは、いったん死亡数が増えるとなかなか減らないことです。高齢化の進行で死亡率が年々上がっているという不可逆的な変化はもちろんあります。

ですが、特に2010年に「高齢化が激しく進行した」のでしょうか。そんなことはないでしょう。

あったのは、「老化の進行」であり、「体力、免疫力の低下」です。例えば、次のような事例は、その一つの例として挙げられるでしょう。

2010/09/13 共同
熱中症で児童34人搬送 静岡・伊東市の小学校
 13日午前10時10分ごろ、静岡県伊東市幸町の市立西小学校から「気分の悪くなった児童がいる」と119番があった。同市消防本部によると、児童34人が熱中症とみられる症状で病院に搬送された。西小によると、いずれも軽症という。
 同市教育委員会によると、搬送されたのは2〜6年の男女34人。午前9時半から全校で運動会の練習を始め、入場行進の練習を約15分間した後、児童らが「気分が悪い」と座り込んだという。
 静岡地方気象台によると、同市付近の気温は午前10時に32・1度に達していた。

筆者が人口動態統計の蓄積と分析を始めたのは、ほんの数年前です。2010年当時にデータを分析していても、このような異変を異変として捉えられたかは自信がありません。ですが、福島第一原発事故後の人口動態の変化と比較しても、2010年の死亡数増は異常です。

今の段階では、それだけしか言えません。

・・・・・

興味を持って読んでくれた読者もいるようですので、年末を迎えたこともあり、一区切りつけます。打ち切り強行。

既出の人口動態のグラフから2009年度から2013年度までの分を取り出し、静岡県下にある某施設の出来事を書き込んで見ました。



そして、上のグラフの黄色のハッチの期間について静岡市のMPの測定値を下のグラフに示しました。



地震後、稼働中の原子炉2基が自動停止したとされています。それは良かったのですが、その後整備補修を要する箇所が多数見つかったようです。事業主体は1年以上も時間をかけて点検整備を行いました。大変な作業だったでしょう。

そして、2011年の年初に再起動にこぎつけます。1月末に5号機、2月初めに4号機起動。ところが、とても書きにくいのですが(そう言いながら前にも書いたことがあることはありますが)、なんと調整運転が本格化した頃から、「何か臭いぞー 漏らしていないか〜」となったようです。

ここでデータを引用したMPは離れていて距離があります。それでも「ずいぶん臭いよー」ということだったのでしょう。地震の前に比べれば一目瞭然です。

それに筆者が注目するのは、点検整備の期間中にも静岡市内のMPが大きく上昇していることです。この継続反復的にMPの値が上昇する期間が約1年余あり、この期間は死亡数が急増した期間に対応します。

もし、仮に、万一、この静岡市のMPの値の上昇と死亡数の急増が関連があるとしても、飛散した物質が何なのか。そんなに致死的な威力のある、風に乗って遠くまで運ばれうる物質があるものなのか、筆者の知識では判断がつきません。

ですから、結論としては、「分からないということが分かった」と言うしかありません。

ただ、筆者には、新しい心配の種が増えました。短絡的に言うと、原発が整備補修を行うと死亡数が増えることがありうるのではないかということです。

福島第一原発でも原子炉の上部を壊していた際に南相馬市で稲が汚染されました。廃炉作業などをやったらもっと飛散するのではないかという懸念です。

これは念頭に置いておいたほうが良いでしょう。チェルノブイリ原発では、そのような作業はやっていません。彼らは原発をすっぽりと囲んだのです。日本は間違っています。汚染ガレキを燃やしたり、非汚染地域に汚染物を移動させたり平気でしています。

米国の指導ではそうなるのかも知れませんが、ロシアに指導を求めたら即刻止めろと言うでしょう。

でも、あんまり臭いので、何とかしなければと思った人はいたようです。原発運営主体の側ではないかと思いますが、どこかに泣き付いて、停止要請を出してもらった。それが、福島第一原発事故後の原子炉2基停止の経緯だと筆者は推定しています。

ぷすぷす漏れ放題の原子炉を動かし続けたらどうなったでしょう。関東全滅だったでしょう。

最後に、読者の一番の関心事項を書いて本当の終わりにします。もしこのような死亡数の増が放射性物質の飛散によるものであるとした場合、福島第一原発事故によるプルームと比べてどのくらいの威力だったのでしょう。

次は、静岡と茨城について、各月の死亡数が1年前の死亡数
に比べてどれだけ増えたかを計算したものです。比較対象は茨城県の2011/3の死亡数の伸び率です。約23%前年同月より増えました。これに比べると、2010年中の静岡の月別の伸び率は大きくて10%です。ただ、1月と12月を除いて5%を上回りますし、これがプラスで持続することはやはり恐怖です。茨城県も影響を受けたと見られますが、7月に8%も伸びています。決して甘く見ることはできません。



(終わり)
posted by ZUKUNASHI at 21:15| Comment(4) | 福島原発事故
この記事へのコメント
釈迦に説法かもですが
2010年問題 自分なりに考えてみました。
まず地震と原発の記事から

2003年 (平成15年)宮城県沖地震(みやぎけんおきじしん)は、2003年5月26日18時24分に宮城県沖を震源として発生したマグニチュード7.1(Mw7.0)地震。

(女川原発の情報は見当たらない、探せない)

2004年(平成16年)新潟県中越地震(にいがたけんちゅうえつじしん)は2004年10月23日17時56分に、新潟県中越地方を震源として発生したM6.8、震源の深さ13kmの直下型の地震である。
中越地震では、気象庁が小千谷(原発と直線距離で約22.9Km位)で1007ガルを観測しており、


2005年 千葉県北西部地震(ちばけんほくせいぶじしん)は2005年(平成17年)7月23日(土)午後4時35分に千葉県北西部(北緯35度34.9分、東経140度8.3分[2])千葉市付近直下を震源として発生した地震である。震源の深さは73km、地震の規模はM6.0(Mw6.0)。


2005年 8月16日 宮城地震(震源:宮城県の牡鹿半島、マグニチュード7.2)によって、女川の3つの原発はずべて「緊急自動停止」した。2度目のケースだ。
構内の岩盤(地下8.6メートル)に置いた地震計のデータをもとに詳しく分析した結果、周期0.05秒付近の揺れの大きさが888ガル(ガルは加速度の単位)に達し、限界地震の想定値(673ガル)を上回った。
Posted by とおりすがり at 2016年04月30日 22:05
2007年 新潟県中越沖地震(にいがたけんちゅうえつおきじしん)は、2007年(平成19年)7月16日10時13分23秒(JST)に発生した、新潟県中越地方沖を震源とする地震である。地震の規模を示すマグニチュード(M)は6.8。
排気塔からのヨウ素他の排出が報じられた。
柏崎市では実に812ガルの加速度を記録している。
柏崎刈羽原発3号機から火災が発生
従来の国の原発の耐震基準はマグニチュード(M)6・5の直下型地震に耐えられるように設計
東電の柏崎刈羽原発は7基ともM6・5の耐震構造しか持たなかった。今回の中越沖地震はM6・8の規模であり、想定した2・5倍もの揺れで、破壊力はすさまじい。
原子炉建屋最下階で揺れが最も大きかったのは1号機の地下5階の地震計で、東西方向に690ガルの最大加速度を記録した。この場所での設計時の想定値は273ガルだったから、その2.5倍にも達する揺れだった。


2008年 岩手・宮城内陸地震(いわて・みやぎないりくじしん)は、2008年(平成20年)6月14日(土)午前8時43分(JST)頃に岩手県内陸南部(仙台市の北約90km、東京の北北東約390km)で発生した、マグニチュード7.2 の大地震。岩手県奥州市と宮城県栗原市において最大震度6強を観測し、両市を中心に被害が発生した。
経済産業省原子力安全・保安院は当初「被害はまったくない」とコメントしていたが、地震発生から4時間半後、福島第二原発4号機の使用済み燃料貯蔵プールや1号機から4号機まで供用の施設など2カ所で放射能を含む水19リットルが飛散していたことを認めた。
第一原発の施設内の3カ所から放射能を含む水25リットルが漏れたばかりで、25日には原子炉に冷却水を供給するシステムに不具合が生じ、緊急停止するという事故も起こっている。



2009年 駿河湾地震[5](するがわんじしん)は、2009年(平成21年)8月11日5時7分に静岡県御前崎沖の駿河湾で発生した地震である[3]。静岡沖地震[6]、静岡地震ともいう。
静岡県御前崎の北東35km沖の駿河湾の深さ23kmの地点を震源とし[3]。マグニチュード(M)は6.5、モーメントマグニチュード(Mw)は6.3。
実際には5号機の排気筒から放射性物質であるヨウ素131が外部に漏出していた
Posted by とおりすがり at 2016年04月30日 22:06
乱雑になりましたが

2003年、2004年、2005年、2005年、2007年、2008年、2009年

7回もの地震での それぞれのダメージや
緊急停止や、その他のトラブル、
これだけの地震が原発を襲い、いくらかもれたのではないかな?
と推測してます

2010年から4-5年前の地震とそれ以降の地震がおこした
複合汚染なのではないのだろうか?

という風に考えています。

でもほんとのことは やはりわかりませんね、、、
Posted by とおりすがり at 2016年04月30日 22:20
後で検討してみます。
Posted by ずくなし at 2016年04月30日 22:35
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