2015/7/10に寄せられた化学物質過敏症の方の投稿を掲載する 今は誰にもこのようなリスクがある: ずくなしの冷や水

2015年07月10日

2015/7/10に寄せられた化学物質過敏症の方の投稿を掲載する 今は誰にもこのようなリスクがある

Fさんから寄せられた投稿を掲載するのでよくお読みください。福島第一原発事故当時岩手県南部にお住まいで、化学物質過敏症を発症し九州に避難された方もおられるなどこの疾病に苦しむ方は増えています。引用開始。

私の放射能劇症反応は古く、チェルノブイリ事故当時から、ベイリーフーズ(カレーなどに入れる香辛料)やイタリアレストランでトマトパスタを食べると反応し、喉が腫れて喘息の発作がでるようになりました。

事故当時の週刊誌FRIDAYに、チェルノブイリで生まれた2つの頭をもつ奇形の牛の写真と合わせて「欧州の食材の高濃度に放射能汚染された食材に気をつけて」という記事を読み、そこには写真入りで私がいつもカレーを作る時に使うベイリーフーズが載っており「ああ、やっぱり駄目なんだ〜」と料理好きな私はガッカリしました。

それからというもの輸入された食材、特に欧州のものには気を付けて購入するようになりました。

また長くなりますが、JCO事故百メートルで被曝した方に(仕事の関係で)二時間もマッサージした直後の友人からまさかの二次被曝により劇症反応して目の前が真っ暗になり、身体中機能不全となり、失神寸前になりながら「Mちゃん!何か大変なことした?」と私がいうと彼女は「Fちゃんには嘘はつけない。JCO事故の関係者にすごく接近してしまい、私も直後に下痢が止まらなかったのよ」とカミングアウト。はあ〜(ToT)

三番目は、北朝鮮の核実験…当時アベは汚染なしの発表。しかし、空気の綺麗な長野の山奥でマスクなしで避難生活しておりました私は、干した洗濯物がものすごく痛くて着られなくなりました。その後、しばらくしてアメリカの放射能探査機がやっぱり「北朝鮮の核実験は放射能汚染漏れがありました」と発表。「アベのおお嘘つきヤロ〜」と叫びました。

四番目は、F1爆発。ニュースで知る少し前、いきなりぎっくり腰になり「凄い事故だよ。これは大変だ」と。

五番目は2012年8月、フランス核兵器工場爆発事故。やはりニュースの前にまた、いきなりぎっくり腰になりネットで調べてもらったら、作業員二名が真っ黒焦げになる大惨事でした。

もうきりがないので、最後に去年の暮れ「一度でいいから外を歩いてみたい」と初めて長野からの避難から、三年振りにお散歩したその夜、私はとうとう肋骨の骨、背骨、身体中の骨が折れるほどの痛みが今日まで続き、起き上がれなくなりました。何が起こったかは、もう調べる気持ちも起きず現在に至ります。

でもずくなしさん「重症のCSに移動の可能性は限りなく0に近いけど、なんとか脱出しようね」と旦那と打開策を話し合う毎日です。負けません。

・・・引用終わり・・・

酸素吸入など最近はいろいろな器具が出ています。ぜひ研究して避難を実現してください。ストレッチャーの上に半円形のカバーをつけストレッチャーごと移動する方法もあるのではないかと思います。

関東の環境は、残念なことに改善が見込めません。
posted by ZUKUNASHI at 15:18| Comment(0) | 福島原発事故
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