2011/3/15早朝 膨大なヨウ素を含んだプルームが東京を直撃、三浦半島へ: ずくなしの冷や水

2015年03月30日

2011/3/15早朝 膨大なヨウ素を含んだプルームが東京を直撃、三浦半島へ

ヨウ素がいつどれほど飛んできたのかは、2013年05月15日 プルーム襲来時に、特に屋外にいた幼児の保護者は、甲状腺の異状に注意を! ヨウ素の地表付近の濃度シミュレーション図で検討結果を示した。

だが、この2011/3/15午前以降にもヨウ素は飛んできているはずであり、ヨウ素による被曝が他の時間帯にもあったのではないかと、懸念を抱いていた。

次は、米国エネルギー省/国防総省による土壌調査結果から取り出したセシウム134、137の計と、ヨウ素131の市町村別濃度を示す。単位Bq/kg。複数のサンプルがある市町村については測定値を平均した。福島県を除く。

このグラフでセシウム降下量の多いところは概してヨウ素の降下量も多いことが分かる。だが、セシウムの濃度に比してヨウ素の濃度が突出しているところも見られる。



小山市、逗子市、武蔵村山市、つくば市、横浜市、綾瀬市、横須賀市、水戸市、東京新宿区だ。これらの都市を地図に落としてみる。小山市と武蔵村山市、綾瀬市は西に離れている。



どこかで見たようなラインだ。次の図の時間的にもう少し早い段階がこんな位置にあっただろう。


WSPEEDIによる、2011/3/15、午前10時の地表近くのヨウ素の濃度分布。

気象研究所による2011/3/15午前3時の気流のシミュレーション。赤みがかったところほど福島第一原発から放出されたときの濃度を保っていることを示す。

プルームの本流部分は、このあと東の風に押されて西に動くが、福島第一原発から放出されたフレッシュな放射性物質を送り込み続けた。



東京、神奈川にヨウ素を大量にもたらしたのは、2011/3/15の早朝に東京を通ったプルームであることが分かる。武蔵村山市、綾瀬市は、この気流が西に押されたときにヨウ素が降下したのだろう。小山市は、3/15は午後にわたって長時間プルームの通り道となった。

ヨウ素の降下、沈着量から見れば、濃厚汚染は東京、神奈川で生じている。茨城の北部、中部の汚染は強いし、埼玉の東部や茨城西部、栃木南部もその可能性があるが、福島県を除くと、甲状腺異常の発生数が大きくなる可能性があるのは、人口の多い東京、神奈川だ。

これらの地域に住む子どもさんと親御さんは、甲状腺異常について警戒が怠れない。長い戦いになるが、まずは定期的な検診が必要だ。
posted by ZUKUNASHI at 20:21| Comment(1) | 福島原発事故
この記事へのコメント
ずくなし様、この分析は真実です。悲しくなります。今でも忘れることが出来ない2011年3月12日自宅で、朝8時私は、テレビを見ていました。そこで地震より福島第1原子力発電所で冷却が出来なくなつたことを知りました。私は、直感で東京は、放射能地獄になると感じました。それで政府に原発を冷却しろとメールを送りました。そして3月14日、日本国の運命の日、福島3号機核爆発です。3月14日東京住んでいた妻の兄家族四人を福岡に連れてきました。3月15日放射能が東京に降つた(運命の日)。まさかソ連の軍事研究と魔術が役立つとは、人生は、不思議なものです。
Posted by 西 亨 at 2015年03月31日 05:45
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