おやじたちの精神的破綻は近い: ずくなしの冷や水

2014年12月27日

おやじたちの精神的破綻は近い

「松戸市に学ぶ被曝の恐さ」を書いていて、松戸市長ほか市の幹部は、困りきっているのだろうと思った。

一つの小学校で児童3人が白血病発症の情報は、確認されたものではないが、デマではないだろう。少なくともそれに近い事実があり、あるいはもっと深刻な事態になっているのかもしれない。

市の教育委員会は、児童の入院欠席があれば当然知るだろう。教育委員会がその情報を握りつぶしているとは思えない。どこから情報が漏れるか分からないわけで、市長が不意打ちを食らわないように当然話を上げる。もちろん極秘情報として。

児童の白血病発症を知った市幹部は、それが何を意味するかは当然理解する。市で甲状腺検査に対する助成措置も講じているくらいだ。

だが、市として何か独自の対策を講じうるかということになるとこれは難しい。被曝との関係についても、その可能性を認めただけで強烈な圧力がかかるだろう。すでにかかっている可能性が強いと思う。

市議会で新人議員から内部被曝対策を問われて、国が国がと繰り返したのは、もう身動き取れない、当事者能力なしということの別の表現だろうし、市長が答弁に立たなかったのも、議長も含めて市議会構成員の多くがこの問題の深刻さを知っているからだろう。

汚染地域の自治体当局者は、今後の展開に戦々恐々だろう。事態は今後悪くなっても良くなることは無い。

事態が急速に悪化していることで困りきっているのは、御用学者も同じだろう。いつまで隠蔽を続け、因果関係を否定し続けられるか。健康管理に関する環境省の専門家会合がまとめたリポートは、とても科学的とは言えない。

WHOやUNSCEARに依拠しているが、それだけなら別に専門家でなくとも用は足りる。手間隙かけて会合を持つ意味はどこにあるか。役所が責任を分散したいからだ。声のかかった専門家は、偏りが見られる。かかわりたくない、意見を求められれば会議メンバーとは別の見解を示す専門家は別にいる。

民間の企業経営者などは、どう考えているのだろう。2013年11月、高級こども服メーカー社長の発言を巡り、「院長の独り言」を舞台に活発なコメントの応酬があった。

こども服メーカー社長の発言は、「原発は危険というけど、(原発が稼働した)この50年で、交通事故で100万人以上が死んでるわけです。原発でそんなに死にましたか?」というもの。

まあ、原発事故や原発労働による死者と交通事故による死者を比べることがそもそもナンセンスで、花火製造工場は危険というけど、交通事故で・・・、花火工場でそんなに死にましたかと問うのと同じだ。

この企業経営者の発言を論じるつもりはないが、筆者が注目するのは、この見方がおそらく企業経営者の間で福島第一原発事故に対する典型的な受け止め方なのだろうということだ。

大きな事故や出来事が起きたとき、経営者は事業環境の変化として受け止める。アベノミクスはプラス効果が大きいと見た経営者が多かっただろうし、福島第一原発事故では経済混乱が起きることを懸念した経営者が多かっただろうから、プレイダウンしようとする見方が大勢だったはずだ。

福島第一原発事故後間もない頃であれば、仲間内での論調に同調してこのような発言が出てくることはよく分かる。

だが、こども服メーカーの経営者としては、認識不足ではなかったかという懸念もある。上のコメント応酬では発言が取り上げられてブランドイメージの毀損につながりかねないと言う懸念が示されているが、子供が病気になることを心配する親が多いのに、上のような発言は短慮だとしか言いようが無い。

それに、余計なお世話だが、筆者が人口動態を観察した結果では、日本の赤ちゃんは福島第一原発事故後8年で月9万人から8万人へ1万人減は確実と推計され、子ども服メーカーなら、その対策が欠かせないのでなかろうか。しかも、原発事故による健康被害を軽視する姿勢ではブランドイメージが落ちるのは避けられない。

死亡数の増加は、まだ出生数の減ほど顕著ではないが、いずれ明確になる。張り切っているのは、医療関係の企業だろう。他は人口減で企業経営にはマイナスの影響を受けるだろう。

大手居酒屋チェーンの店舗縮小が、ブラック企業というブランドイメージの墜落が原因なのか、それとも人口減や健康被害懸念が原因なのかは不明だが、大きな変化が始まっていることを示している。

企業経営者は、一般のサラリーマンよりは経済的変化に強い面がある。物価や為替が動けば資産運用で稼ぐこともできるし、新しい需要が生まれればビジネスを立ち上げることもできる。

だが、まだ原発事故がもたらす経済社会に対する影響については、甘い見方の人が圧倒的に多いだろう。例えば、濃厚汚染地域で新しい私立幼稚園を設置する学校法人があるのを見ると、将来見通しをどう立てているのか疑問に感じる。

この先数年で、福島第一原発事故による健康被害が顕在化すると見込まれ、その段階でこんなはずではなかったと誤算に気付く経営者も多いだろう。

致命的な打撃がなければよいが、回復不可能な打撃に至る場合も出てくるだろう。痛い思いをしてようやく眼が覚める、これが世の常だ。

筆者が同年代のおやじといろいろな機会を通じて話をして感じるのは、企業の規模を問わず事業経営に携わり、失敗経験のある人の話は深みがある。年齢を重ねることによる洞察力の高まりもあるのだろうが、それだけではなく、失敗が人間性を高めると言うことは間違いないようだ。もちろん、その人が失敗と正面から向き合った場合だが。

そんな経歴を持ち、良い思いもしたと述懐する人がビニールシートの家で暮らしていることもある。印刷関係の零細企業は、デスクトップパブリッシィングの普及と中小食品・日用品メーカーの激減で破局に瀕したところが多いことは、そんな話の中で学んだ。

行きずりの人との会話を通じてわかったのは、事業経営者でもなく、大企業のサラリーマンでもないおやじたちのほうが、放射能問題については警戒感が強いことだ。新聞もテレビもろくに報じないのになぜ知っているんだろうと疑問に思ったことも多い。

読者のコメントでは、女性同士で放射能問題に触れると感情的な反応が多いとあるが、おやじの場合はどこまで関心を示すかは別として、人づてに聞く断片的な情報でも、しっかりと受け止めると言う面はあるようだ。

新聞やテレビの報道を真に受けていたら、尻の毛まで抜かれてしまうと言うことを50年、60年の間に習得しているのだと、筆者は理解している。

子どもの洗面器一杯の鼻血で、あるいは蓄膿症の悪化で夜眠れないさまを見かねて移住を決断したという父親の話を知っている。新天地での求職と職場への同化は大変な苦労だと思う。だが、それもへたに事業を営んでいないが故にできたと言う面があるだろう。

同調圧力やポジショントークに明け暮れて事態の本質を見失うか、貧しくもたくましく生き抜くか、おやじたちの選択は正念場に来ている。
posted by ZUKUNASHI at 09:02| Comment(1) | 福島原発事故
この記事へのコメント
ずくなし様、破綻しません。今の日本人は、駄目です。いくら私が来年放射能地獄来ると言つても、みんな死ぬなら自分と自分の子供も死んでいいしと言います。一億玉砕思想です。国の洗脳の勝ちです。私の明治生まれの祖父のほうがしつかりいていました。
Posted by 西 亨 at 2014年12月28日 08:50
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