「お前放射能がみえるんか」 2011/3/15昼 東京都心はスモッグがかかっているように見えた: ずくなしの冷や水

2014年07月25日

「お前放射能がみえるんか」 2011/3/15昼 東京都心はスモッグがかかっているように見えた

2014/7/25、東京都心に勤める方からコメントをいただいた。私が一つ疑問に思っていたことが解決した。

・・・引用開始・・・

住居は練馬区で50代半ばの男性の私の場合は。
2011.03月中旬から
鼻血:
ドバっとではなくタラタラと出たのが2回。また起床時鼻をかんだ時、右鼻腔の鼻汁が毎日真っ赤(ゼリー状)。3月下旬まで2週間くらい
口内炎:
それまでは数年に1回程度だったが15日頃に同時に4つできました。知人も似た症状が出たと言っていました。痛くてしばらく冷たいソバばかり食べていました。1週間くらい
偏頭痛:
生まれて初めてです。頭頂部やや左部分。秋頃まで
結膜炎*:
目ヤニで朝、両目が開きませんでした。3/20過ぎ
蕁麻疹*:
両手足に「梅仁丹」そっくりのものがびっしりと。当時では一番慌てました。1週間ほどで消えました。4月上旬
爪:
全ての爪が縦筋だらけになりました。以前にはなかったこと。
ここ1年位少しましになりましたが、今もまだ継続
網膜剥離*:
初期段階でレーザー手術。網膜に小さい穴が複数開いていた。右眼。その後視力低下。パソコンが辛いです。2013.9月。経過観察中
*印は医者に掛かりました。

その他、311以降とははっきりはしませんが心臓の(背中中央やや左の)痛みなどもよくあります。
当時のメモを見てみれば結構記録しており、思い出したことも含めて書きました。誇張はしていないと思います。

3/15.3/21は都内で外出もしていました。
3/15は午頃東京駅八重洲口側屋外で、新しい十円玉(銅)の臭いのするいやな空気を感じました。「晴れてるのに薄暗いのを怪しんだ」記憶があります。鼻と口をタオルで覆って近くのデパートに駆け込みました。その日の午後から用事と避難半々で大阪滞在、所用で3/20夜帰京しました。
3/21は雨に濡れた覚えが・・・
(店屋で傘を盗られた記憶があります)。

今となっては反応は良かったが考えが甘かったとしか言えませんね。

・・・引用終わり・・・

私が注目するのは、「八重洲口側屋外で、新しい十円玉(銅)の臭いのするいやな空気を感じました。「晴れてるのに薄暗いのを怪しんだ」」との記述。

2011/3/15午前、東京都台東区で空間線量率を測定した方がおられ、動画をアップしてくれている。
http://www.youtube.com/watch?v=hMKo9ZmhEjo

この動画から切り出した画面、まずピークを付けた9時40分頃。1.008μSv/h。


11時14分頃。0.239μSv/h。


約1時間半経過して空の色が変わっていることが分かる。私(管理人)は、3/15の正午前に所用で外出し、東京江戸川区のほうを見ると、自分のいる場所は日が照って雲もないのに、まるでスモッグで覆われたように灰色になっていて見通しが利かなかった。

この日プルームは、早朝に私の住む地域を襲ったが、東風によってプルームの流れ全体が西に、東京のほうへ押されて行った。上の動画でも、空間線量率のピーク時は空が曇っているが、線量率の低下とともに、空が明るく、青みを帯びている。東京新宿で測定した空間線量率のピークは10時台だが正午過ぎでも、プルームの本流部分が残した大きな塊が、東京の23区を覆っていたと推定できる。そして、場所によっては、プルームの濃厚部分がとどまり続けたのだろう。



初期のプルームにはキセノン133、135の膨大な量が含まれていた。キセノン133は半減期5.25日、キセノン135は半減期9.2時間。3号機の爆発は3/14午前11時1分だから3/15の正午は25時間経過。膨大な量のキセノン135が次々に崩壊してセシウム135に変わっていく真っ最中だ。気体のキセノンがセシウムに変わると、反応性が高いからすぐに化合物を作る。多くは、水酸化セシウムに変わるというのが研究熱心な読者の見解だ。水酸化セシウムは水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)と同じほどの強塩基。

つまり、2011/3/15にプルームに曝された人は、全身に苛性ソーダ並みの強塩基を散布され、吸入させられたことになる。鼻血が出るのはベータ線の影響だけではない。肌も荒れるだろう。持病、特に呼吸器系の病気をお持ちの方がそんなものを吸わされて症状が悪化しないはずはない。

このように整理がつくと、プルーム襲来地の初期の症状の出方によってプルームの強さが推定できる。肌にぶつぶつができるという報告例の多い症状は、強塩基の水酸化セシウムなどによる直接的な被害の可能性も高い。

コメント主は、「今となっては反応は良かったが考えが甘かった」とユーモアを交えて書いておられるが、私は、目の不調と「背中中央やや左の痛み」に懸念せざるを得ない。詳しい症状の記録から、全体として悪化しているようには見えないし、内部被曝回避に努めておられるはずだと思うが、さらに万全を期していただくよう願っている。

参考

プルームが来ると見通しが悪くなると信じられない方も多いかもしれない。そこで次の画像を掲げる。今、震度6強が来ると倒壊の危険のある福島第一原発1、2号機共用排気塔。
2011/3/12、14時の画像。


次は東電のライブカメラの映像。15時時点でもなお煙が出ている。そして、この30分後に爆発。


プルームが流れてきて視界が悪くなったのは、2011/3/21も同様。次の画像は、 正造@etosha0824 氏のツイッターアカウントのヘッダーから借用。縮小して解像度を落している。



「2011年3月21日12時38分、異常な倦怠感と頭痛に襲われ、窓の外を撮影。品川港南地区地上約130m。後日プルームと判明したがが後の祭り。」と記されている。これも極めて貴重な画像だ。
posted by ZUKUNASHI at 21:04| Comment(2) | 原発事故健康被害
この記事へのコメント
私にとっても、疑問が氷解した思いです。
東京駅でのくだりは、八重洲地下街のどこかの出口を出て、さくら通りを歩いてタカシマヤへ行った往復の事だった筈です。
「いい年をして被曝被曝と騒ぐなんて」「お前放射能がみえるんか」といった反応を予測して、ほとんど他人に言えなかった体験です。
これほどはっきりと映像と生き証人(ずくなしさん)が出てくるとは驚きました。「思い込みではなかった!」
ずくなしさん、ありがとうございます。
Posted by I.A at 2014年07月25日 21:02
はなゆー氏の旧ブログに過去ログがあると思うんですが、
ツツジが一気に枯れた直後の時期に、白い綿が降ったと言ってたのが記憶に残っています。

強烈なホットスポット周辺だったと思います。
忘れてるか記憶が欠落してる人が多いから、もはやなんとも言えないんですが。
Posted by KAT at 2014年07月26日 00:47
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