ずくなしの冷や水

2018年07月29日

イランの議会議長顧問がゴラン高原も取り戻せると檄

FARSNEWS2018/7/29
Iranian Speaker's Advisor: Liberation of Occupied Golan Possible
TEHRAN (FNA)- Advisor to the Iranian Parliament Speaker Hossein Amir Abdollahian lauded liberation of Quneitra province by the Syrian people and army, and stressed that the occupied Golan Heights can also be retaken.

"Congratulations to the Syrian people, Armed Forces and president on the liberation of Quneitra from the hands of the al-Nusra Front (Tahrir al-Sham Hay'at or the Levant Liberation Board) terrorists and the Zionists," Amir Abdollahian wrote on his twitter page on Sunday.

"This victory means that it will be possible to liberate the occupied Golan Heights as a result of efforts by the Syrians," he underlined.

The Syrian army forces managed to capture Quneitra city in the Southwestern part of the country near the border with Israeli-occupied Golan Heights after a month of non-stop battle against terrorists, field sources reported on Saturday.

The sources said that the army men freed Quneitra city and its outskirts completely and entered the city, hoisting government flag in al-Tahrir square.

The sources further said that the army's engineering units has started defusing bombs and landmines planted by the terrorists across the city.

The army men also freed the small towns of al-Quneitra Mahdama, al-Qahtaniyah al-Rawazi, al-Samdaniyah al-Qarbiyah, al-Ajraf, Um al-Ozam Dam and al-Alam square in Quneitra outskirts, the sources said, adding that militants in the Jabata, Taranjah, Ofaniyah and al-Horiyah regions have also handed over their heavy and semi-heavy weapons to the army men under a surrender plan in the region.

The sources went on to say that there are only a few villages under militants' control in Quneitra now and the army is nearing complete liberation of the entire province.
posted by ZUKUNASHI at 23:01| Comment(0) | 国際・政治

中京から西にはセシウムとは異なるガンマ線源が多い?

関東のセシウム濃厚汚染地帯も7年の時間の経過で空間線量率は低下しています。公設モニタリングポストの値は、多くのところでは2012/4/1以降の値しか得られませんからこの期間を対象にして見てみます。

市川市大柏小学校のMP、この6年間で大きく下がっています。舗装のない校庭の片隅にあります。雨水の浸透は、良好でしょう。

2012/4/1を起点としてその後の減衰を理論値で表せば次の通りです。2018/6/30現在では当初の55%程度に減っています。


上の市川市大柏小学校の例では、55%よりももっと減っていますが、これは開かれた環境空間に置かれた試料を測定しているようなものですから、環境条件の影響があります。

一方、次の愛知県一宮市の例では、低下が見られません。それどころか当初の3年は水準が上がっています。

一宮市ではなぜこうなっているのでしょう。

もう1か所愛知県内を見るとこちらは少しですが下がっています。一宮市より東に位置する設楽町です。


気象研究所のシミュレーションでは本州中部しか対象になっていないのでシミュレーション結果は示されていませんが、他の機関の作成した結果では、愛知にもさらに西の地域にも福島第一原発事故による放射性物質、特にガンマ線源の降下があったことが推定されています。

米大学宇宙研究協会(USRA)や名古屋大、東京大などの国際チームが2011/11/14までに行ったCs137の2011/3/20から1カ月間の沈着シミュレーション結果。米科学アカデミー紀要電子版に掲載。

これはセシウム137のみを対象とし、また2011/3/19までの降下分は含まれていません。それでもそれなりの降下はあると推定されています。

原子力規制庁の空中測定マップでも、中国山地には福島第一原発起源のガンマ線源が降下したとしか考えられない線量率の高いところが斑状にあります。


ところが例えば一宮市のガンマ線源はこの6年の間にほとんど減っていません。むしろ増えたとも言えます。

では、これらの減衰しないガンマ線源は何でしょう。福島第一原発事故によって放出された放射性物質の見積はいくつかの機関が出していますが、いずれもウランとその子孫核種については見積もりが示されていません。

しかし、米国が福島第一原発事故後早い時期に行った日本国内の土壌調査結果ではウランの一部が測定され、通常より高い値が示されています。

セシウム137の半減期は30.1年です。線量が落ちないということは、これよりもはるかに半減期の長いものか、あるいは崩壊後にもガンマ線を発する核種に変わりガンマ線を出し続けるものだということになります。

福島第一原発事故では、核反応の産物である人工放射性物質と合わせて原料であるウラン235、238などが大量に飛散しました。

例えばウラン238は次のような崩壊過程を経ます。
いつも「き坊の棲みか」から引用させてもらっているウラン238の崩壊過程を示す図。



これらの子孫各種は主としてアルファ線、ベータ線を出しますが、中にはガンマ線を出すものもあります。

次の資料は、鳥取県が道路脇に放置されたウラン鉱脈から掘り出されたとみられる土壌をゲルマニウム半導体検出器で精密に測定したものです。少なくともこれらの核種はガンマ線を出します。


トリウム234とプロトアクチニウム234mの半減期は短いです。しかし、ラジウム226の半減期は1600年です。ですからウラン238から崩壊が始まり次々に娘核種に変わっていってもここで堰き止められることになります。その下に行くのに時間がかかるのです。

ですが、ラジウム226からガンマ線を出してラドン222に変わった後は時日を経ずに鉛214、ビスマス214となりそれらが崩壊する際にガンマ線を出します。

ですからこの系列に限ってみれば、トリウム234とプロトアクチニウム234m、ラジウム226、鉛214、ビスマス214の出すガンマ線が公設MPの線量率を左右することになります。

ビスマス214と言えば、CTBT高崎観測所の観測結果があります。4年間のグラフの中で3年間は数値が上がり続けています。追加的な降下でしょうか。そのように考えるよりは崩壊系列のより上位にある核種から時間の経過とともに娘核種が生み出され、それがビスマスまで到達したと考えるほうが妥当でしょう。


このグラフは、その後低下し始めました。そしてCTBTOは高崎で検出されるビスマス214について検出数上昇後の水準をバックグラウンドと捉えることにしています。数か月ごとのデータ公表も止めてしまいました。

CTBTOは、ビスマス214の水準が短期間で低下するとは判断していないのです。それはなぜか? ウランから次々と崩壊系列を経てビスマスが生み出されるからです。

ウラン238は、原子炉の中にあると通常の崩壊過程とは異なる崩壊が進み、ラジウムがより多く生み出されるとの説もあります。この説に従えば、通常の崩壊系列の中でのラジウムの割合よりも福島第一原発から放出されたウランとその子孫核種の中でラジウムは相対的に高い割合を占めていたとも考えられます。それが福島第一原発事故直後からそれの降下した地域のガンマ線線量を引き上げたということもありうるだろうと考えられます。

ここで、福島第一原発から関東よりもより遠い地域にウランやラジウムの飛散、降下が多かったのかと疑問が生ずることでしょう。もちろん、関東と中京以西についてウランやその子孫核種の降下量について比較できるデータを筆者は有していません。

ただ次のデータはあります。次のグラフで3/14のSPM濃度は東と西でそれほど格差がないが、3/15に関しては西高東低の傾向が強く出ています。


言うまでもなく、SPMは放射性物質そのものではありません。しかし、原発事故があった際にはSPM濃度が大きく上昇することは関係者には周知の事実らしく、茨城県は東海第二原発のベント時のSPM濃度のデータを、福島県は2011/3の浜通りのSPM濃度のデータを隠してしまいました。

3/15に関東に流入したプルームが群馬県、埼玉県西部にとどまり3/16未明から南東海上に抜ける通路となった神奈川県では3/16も高い線量率が続き、SPMも濃くなっています。

原発事故後のSPMが少なからず放射性物質を含んでいることは疑いようがありません。

愛知のSPMは常に相対的に高くなっています。粉塵王国ですからその点は考慮しなればなりません。

2011/3/15は早朝から強力なプルームが関東を襲いました。しかし、プルームの通り道となった茨城や埼玉よりも岐阜、愛知、三重、滋賀で高くなっています。これらの県は静岡よりも格段に高く、神奈川、静岡経由ではなく別のルートで放射性物質を含むSPMが飛んだものと見られます。

もともとシミュレーションは、原発の一定の地点高度から一定量の微粒子が放出されたとの前提で作成されています。このため、放射性物質の放出が原子炉の蓋を押し上げて環境に出てきたのか、換気塔から放出されたのか、あるいは爆発で高度600mまで吹き上げられたのか、さらにはその微粒子の濃度はどうかなどは考慮されていません。これは気象研究所のシミュレーションに限らず、SPEEDIでも同じのはずです。

管理人は、岐阜、愛知、三重、滋賀での3/15のSPM濃度の上昇は、3/14の爆発に伴うSPMが上空を経由して降下したと見なければならないのではないかと考えています。それゆえ、北アルプスの山頂部に濃厚汚染が生じたのです。
※ 「電波状況 報告掲示板」へのk氏の投稿 2015/03/19
その先輩という人は岐阜県に住んでいるみたいですが、ある大学の先生と調査をしており、上高地や穂高岳 槍ヶ岳 大天井岳などは、人間が行くとこじゃないくらい汚染されているみたい。(略)
あと、部分的にもの凄く汚染がある場所もあるみたい。何十万ベクレルとか言ってました。放射線管理地域よりも数十倍の汚染と言ってました。(略)
やはり、その先輩も北アルプスに行ったあとは、下痢に悩まされていたみたいです。(略)
そしてビックリしたのが、その先輩も岐阜を離れるとのこと。
その先輩も、私たちと同じくらいの1歳前後の子供さんがいて放射能の汚染を気にしてるみたいです。
その先輩は、「もう北アルプスには行けないな」とのこと。
それを聞いて、うちの旦那も北アルプスには行かないとのこと。





以上は筆者が収集した資料に基づいて行った机上の推論です。これを確認するためには中京以西に出向いて実地調査を行う必要があります。そして関東での調査結果と比較しなければなりませんが、マンパワーと費用の制約があり当面実現の見込みはありません。

しかし、とりあえずの推論の結果を今回示すことにしました。それは、上のような推論が県別の人口動態の動向と整合する面があるからです。

厚生労働省全国人口動態統計速報による出生死亡比率の変化度合いの測定
2009/1から2009/12の平均を基準として2017/6から2018/5の平均を指数化
出生死亡比率=出生数÷死亡数だから、この比率の低下が大きいほど新生児が減り死亡者が増えている度合いが強いことになる。


岐阜、静岡、愛知、三重、滋賀、そして近畿のいくつかの県はさらに人口動態が悪化していく恐れがあります。そしてそれが長く続きそうな恐れがあることは頭に置いておいたほうが良いかもしれません。
posted by ZUKUNASHI at 21:49| Comment(3) | 福島原発事故

日本人は家族や友人が亡くなっても平静なんですね

感動的です。亡くなったサッカー選手に最後のゴールを入れさせます。大統領がニコラス・マドゥロ。ベネズエラがんばれ!!
※ RT2018/7/27
Deceased Venezuelan footballer given final send-off by grieving teammates (VIDEO)


管理人は、日々記事を書きながらとても不思議に思っていることがあります。家族や友人などが急死しても周りの方がとても冷静なように見られることです。

もちろん急死した方が出たような場合、身近な方は驚き、嘆き、悲しんでおられると思います。ツイッターに書き込んだりする人は、ある程度その方との距離があって冷静でいられるということなのだろうと思いますが。

個別の事例を掲げることは避けますが、例えば同居する義理の父が家の前で急死しても孫も抱けたことだし・・・というようなツイートも見かけました。

私の知人は相次いで義理の親と親せきのおばさんを見送りましたが、悲嘆に暮れることもなくテキパキと葬儀を済ませました。

友人の一人は、飲み友達が肺がんから脳に転移してあっという間に逝ったとき、特にショックを受けているようにも見えませんでした。放射脳でない人で一緒にモツ煮などをつまみに酒を飲んでいたと聞きました。

不幸があっても打ちのめされずに立ち直れるのはとても良いことだと思いますが、日本では家族が亡くなっても感情を表に出すことを抑制する人が多くなっているのではないでしょうか。

それとも経済的な問題などは心配がないからでしょうか。

posted by ZUKUNASHI at 09:25| Comment(9) | 福島原発事故

F1 3号機は爆発後大量の蒸気を噴き出していた 続き

2011/3/14の3号機爆発時の画像は本当に少ない。


フランスの核実験と見られる画像や米国の核実験の画像と同じだ。だから画像が出ないのだと思う。



4号機の爆発時の動画がないとされるが、次の画像は、4号機のものとみられる。インドのTV9の動画から切り出した。煙突から煙が立ち上るような形で上にまっすぐに伸びている。1号機とも3号機とも違う。こちらは、爆発の際にモーフィングのようにコンクリートの建物が膨らんだという。もう少し爆発の威力が強ければ建物全体が破裂するということになったはずだ。それゆえ画像が出ない。


桑原氏が撮影した画像がいかに貴重なものか分かるだろう。桑原氏に伺ったところ、3号機の爆発から1時間後くらいとのこと。1時間後でもあれだけ蒸気が上がり続けていた。


次の画像では、使用済燃料プールと原子炉の両方から蒸気が出ている。




これだけ大きく蒸気が噴出していたということは、それが運んだ放射性物質も大きいことになる。気象研究所のシミュレーション画像から気流の流れを見る。爆発時

17時までは北東方向に流れている。

次第に南に流れ始め

23時にはいわき市を覆った。

3/15午前1時には茨城県東部を覆った。

3/15午前3時には東京に到達している。爆発から16時間後。


2011/3/15、この画像の撮影時間が分からないが、桑原氏の画像撮影からほぼ24時間経過とみてよいだろう。まだ噴煙のような蒸気が多い。桃色の円の中は黒い煙だ。この時、関東には強烈なプルームが届いていた。


2011/3/16になっても蒸気が出ている。

位置確認のための画像。


次は2011/3/18、陸上自衛隊が3号機に放水した際の画像。4日経ってもこれだけ出ている。

水をかけると蒸気が多くなる。放水がSPMの放出拡散の一つの原因だ。


2011/3/18までの放水は限定的だ。それが格段に増えるのは、3/19からの東京消防庁による放水。そして3/19の夕刻から北東北でSPM濃度が大幅上昇。次のシミュレーションでは北北東に向いているが、その先で西に向きを変えている。


2011/3/20午前7時、3号機の格納容器が3.4気圧に上昇。


2011/3/14、11:04の3号機爆発後、使用済燃料プールの水はほとんど蒸発してなくなっていった。このため噴煙は少なくなったが、大量の放水が行われ、高熱のものに水がかかることにより蒸気の発生が増えた。

北東北へ飛んだSPMは3号機燃料プール由来の可能性が強まった。

以下に管理人が集計分析した2011/3のSPM濃度のグラフを掲げる。ちょうど1年前にやったものだ。







次のグラフで3/14のSPM濃度は東と西でそれほど格差がないが、3/15に関しては西高東低の傾向が強く出ている。愛知は常に相対的に高いのだが、3/15は岐阜、愛知、三重、滋賀で高くなっている。3/14の爆発に伴うSPMが上空を経由して降下したと見なければならないだろう。気象研究所のシミュレーションは地表近くの大気の流れで推計している。

SPM分析についてはデータ量が多く、さらに精査が必要だがとりあえずは上のように結論せざるを得ないだろう。

この県別の結果は人口動態の悪化度合いとも整合する。

posted by ZUKUNASHI at 08:57| Comment(0) | 福島原発事故