ずくなしの冷や水

2017年04月16日

フィールドワークの記録 新シリーズの1

2017/4/16は気温が上がり6月並みの陽気となりました。樹木観察に出かけたついでに新機材を用いて現地調査を行いました。

調査先は、2014年04月24日 フィールドワークの記録 4で10,000CPMを検出した場所。

場所の全景 この歩道上を向うの柵の切れ目辺りから手前に、そしてここの後まで場所を1〜2m程度移動しながら測定しています。まずは測定結果をご覧ください。


測定器は薄いプラスティックの袋に入れてありますからアルファ線は検出しません。


















冒頭のリンク先記事にあるような1万CPMなどという高い値は出ませんでしたが、どこでも変動が大きく60CPMくらいは出ています。(新しい器械で1万CPMも出たら走って逃げます。目を近づけなくても良いように500円の双眼鏡を買いました)

最高は160CPMでした。

管理人が以前に見つけた自宅近くのミニホットスポットのこの器械での測定値が 160CPM、0.43μSv/h相当でした。ガンマ+ベータ。地表5cmだからアルファ線は届きません。同じですね。この辺にはミニホットスポットがそこいら中にあることになります。


この器械でセシウム137を測った場合、1μSv/hになるカウント数は334cpmだそうです。ですから60CPMならば0.18μSv/hでそれほど高くありません。160CPMでも0.48μSv/h。

60CPMは、管理人が自宅近くの風の通る場所の地上高1mで2017/4/15に検出しています。アルファ、ベータ込みですがベータ線の寄与原因物質は同じでしょうか。

通常、空間線量率を算出する場合は、日本ではベータ線をカウントしませんから地上高1mで測定すれば、この場所の空間線量率は0.17〜0.18μSv/h程度にになるでしょう。SOEKSで測ると地上高1mの値が少し高いなと感じる程度です。

冒頭のリンク先記事の測定のあと、高いCPMを出す土壌は散逸しました。ただ、それはこの歩道表面に広く薄く広がったということではないと思います。

今日の測定の結果からは、この場所付近はかなりの広がりでベータ線源がより濃く降下したらしいという印象を受けました。

原因物質は、スペクトロメーターで分析したわけでもありませんから分かりませんが、おそらくはアルファ線源とベータ線源の混合物ではないかと考えられます。

それらのベータ線源が降下したタイミングとしては、管理人は次の時期を想定しています。
@ 2011/3/11夕刻、千葉市内の石油タンクの火災事故の影響で延焼した劣化ウランが飛散、降下した。(保管されていた劣化ウランは、延焼時点で年月の経過により子孫核種への崩壊が進んでいます)

A 2011/3/20のプルーム第六波
2015年04月16日 2011/3/20午後 関東南部にプルーム第六波

B 2011/3/21のプルーム第七波
2015年04月16日 2011/3/21早朝から 関東南部にプルーム第七波

C それ以降

ベータ+ガンマで100CPM強は、福島県北部の民家の敷地内コンクリート表面の測定値と同等です。今回はホットスポットを探すために5秒間の測定値を示しています。アルファ線はカウントしていません。

この器械は、パソコンにつないで1分ごとの測定値を記録することができます。小型のパソコンにつないでカートに載せて移動すれば、ベータ線源のホットスポット探索が可能になるでしょう。場所情報は動画撮影でも良いし、GPSの記録をつける方法も考えられます。

いろいろな機材が出ています。費用をかければ、個人でも詳しい調査が可能になっています。
posted by ZUKUNASHI at 22:16| Comment(0) | 福島原発事故

ヒトラーの「我が闘争」が日本の学校の教材に復帰

RT2017/4/15
Hitler’s Mein Kampf returns to Japanese schools as ‘teaching material’


Japan has okayed using Mein Kampf, Hitler’s autobiography and Nazi manifesto, in schools for educational purposes just weeks after the similarly controversial Imperial Rescript on Education was approved as “teaching material,” according to media reports.

Although the Japanese government approved Hitler’s infamous book as “teaching material” for schools on Friday, using it to promote racial hatred will lead to a strict response from regulators, according to the Japan Times report.

The decision came weeks after the controversial Imperial Rescript on Education in schools was approved for the same purposes.

According to many historians, the Rescript, which focuses on patriotism and loyalty to the Japanese Emperor, was one of the primary sources promoting obedience and moral certitude that helped militarism to grow in Japan.

It was issued in 1890 to expound the government’s policy on teaching the Japanese Empire’s guiding principles and it was subsequently distributed to all of the country’s schools, along with a portrait of Emperor Meiji. Schoolchildren were obliged to learn and recite it from time to time.

Following Japan’s surrender and the end of the World War II, American occupation authorities banned formal reading of the Rescript.

“Use of the Imperial Rescript on Education as teaching material cannot be denied,” Japan’s cabinet said in a statement on March 31 this year.

The Imperial Rescript came into the limelight earlier this year after a video emerged showing three- to five-year-old pupils at an Osaka kindergarten reciting the long-defunct document. The video sparked heated discussion in Japanese society and angered the Chinese, who suffered the most at the hands of Japan’s imperial forces. China lost between 15 and 20 million people during the war, the majority of whom were civilians.
posted by ZUKUNASHI at 10:19| Comment(0) | 国際・政治

これは新聞社の創作ですよね 違いますか? こんな30代女性が増えている? に寄せられたコメント再録

Posted by mom at 2017年04月10日 23:34
正直ひどいな、と思いました。

70歳まで働いた父親に「何もすることがなくていいね」とイライラ。
「尊敬できる父親であってほしい」

父親は自分の人生を生きる、一人の人間(生き物)です。

いつまでも子女のために生きているわけではありません。
甘ったれるのもいいかげんにしろ、と。

何十年も生きていれば、今の自分に一番適した生活をするでしょう。問題があるなら自分で改善するはずで、人からコントロールされることではありません。
いい大人が押し付けられればただのストレスにしかなりません。

30代で父の介護をして、見送ったわたしの見解です。
父が病になってから色々大変でしたが、亡くなった今も、してくれたことを噛みしめて存在の大きさや愛情を思い起こします。

場所も場所だし、脳やられてるのかな。

創作であることを望みます。

Posted by SY at 2017年04月11日 01:27
はっきり言って人権侵害でしょう。
それか、政府の福祉削りの忖度かな?

そもそも、この30代の未婚同居と思しき女性はパラサイトなのでは?
彼女の方こそ、文句があるなら出て行くべきです。

Posted by ずくなし at 2017年04月11日 01:50
SYさん こんばんは
30代女性の身上をいろいろ想定すると突っ込みどころ満載ですよね。
momさんが書かれているように70代後半まで介護の世話もなくこられたわけですから、むしろ感謝しても良いのではないかと思いました。
でも、30歳代の半ばに差し掛かったような女性には似たような思考傾向の方、多いんじゃないのかなというのが、最近の私の印象です。
自己中心的で自分の思ったことをズバズバ言うだけの人、確実に多くなっていると思います。

Posted by SY at 2017年04月11日 03:30
ちょうどバブルで育ってきた人たちですね。
頭の中は昔の18、思春期の小娘と同じと言っていいのかな?

体は結婚適齢期(すでに過ぎてる?)でも、頭はとてもとても結婚できるレベルではありません。
まともに働くのもあほらしいでしょうから、男は誰も相手にしないでしょうね。

自分は母親代わりに、父親の面倒見てやってるつもり?
父親が家に居て、介護が必要になるような兆候にビビり始めているのかな?

果たしてこの方たち、生き残れるのでしょうか?
経済的にも、健康的にも
父親が逝って経済的に梯子を外されて困窮してしまった人を何人か知っています。
ほんとは引き蘢りまっしぐらじゃないの?と訊きたくなります。

Posted by ぷう at 2017年04月11日 09:09
ここに集われる爺さん、婆さん? は別ですが、というか、精神年令的にはお兄さんの私よりも若い方が多いので、あまり過激なことを言うとマズイのですが、

ゆっくり寝て、好きなことをしてもらうのは構わないが、選挙の時だけ起き出して、いそいそと自民・公明・維新あたりに投票するのはどうかと?

老い先短いんだから、孫や子供のために動けや! 政府の放射能拡散テロを止めるために、何かできることをせえや! 

原発はやっぱり必要だとか、安倍さん以外に日本を任せられる人はいないとか、まあ、NHKしか見ず、読売しか読まないのでは、アウトプットはそうならざるを得ないか? いや、最近はネットでもニュースを調べているけど、ヤフーニュースしか見ないので、もっと偏った見方に? 

とは思うものの、孫がかわいいかわいいと言いながら、銃剣道をやらせて、副作用ワクチンを打たせて、経済徴兵でアメリカの軍産複合体様に人身御供? 孫に寿司やらなにやらをご馳走して内部被曝させ、スマホやゲームを買い与えて頭と心を破壊して?

いや、余計なことはせんでいいから、悠々自適、寝とってください。起きてごそごそするんなら、年寄りとして尊敬に値する行動と言動をとって、その知恵をいかんなく発揮してください。

安倍政権の大臣を見ていても、国会議員や官僚のお偉いさんを見ていても、年寄りがこれだけ品格を失い、下品かつ低脳になった時代は、前の大戦末期以降、初めてのことじゃないか? と思ったり。

まあ、放射能の影響もあるのでしょうが、チェルノブイリと違って、以前と異なる現実を目の前にしながら、いまだに「帰還させて復興? 玉砕?」路線を突き進む日本に、知恵のある指導者、知恵のある老人は存在しているのか?

この30代の女性が、本当に言いたいことは、「人生の先輩として尊敬できるものが何もない」ということじゃないのかな? というわけで、私も私よりも上の世代に向かって叫びたい。「あんたら馬鹿ぁ?」 いや、ここの人たちは別です( ̄□ ̄;) イジメないでm(__)m

ちなみに、うちの親父は、50代で会社を辞めて、うちでごろごろ、趣味の世界を生きていましたが、20年を経て時代が追いついて、同年代から羨ましがられるようになりました(ToT) 

趣味でも一朝一夕は無理で、臥薪嘗胆、「なんで私ばかり働かなければならないのよ!」という妻の声を聞き流しながら、淡々と技術を磨きあげていかなければ、モノにはなりません。周囲が「うーん、20年先を見ていたか!」とわかるのに、20年かかる。

さて、20年後の日本を見据えて考え、動いているご高齢の方は、いかほどおられるのか? 少しは尊敬せい! と言うなら、少しは尊敬に値することをせい! と言い返したい私。多分、それだけ年配者の「経験に基づく知恵」に対する要求水準が高いんでしょうね。

Posted by ぷう at 2017年04月11日 12:47
少し付け加えると、どうもエリクソンの心理社会的発達段階理論の枠組みが、頭を離れないのですね。第8段階老年期の発達課題は、統合性VS絶望、自らの人生を振り返って肯定的に統合どきるか、それとも取り返しのつかない後悔のなかで絶望するか? 統合できれば、その経験と知識から汲み出す英知を下の世代に分け与えることができるようになる。

まあ、プルタルコスの寝台みたいなものですが、この基準? 理想? に照らして尊敬できる方というは、身近にはいるのですが、公けの場やマスメディアなどでは、あまり見かけなくなりました。

経験に基づく知恵、戦時中の経験から始まって、敗戦、安保闘争、水俣病、森永ヒソミルク、チェルノブイリ、湾岸戦争、イラク戦争などなど、すべてリアルタイムで経験したんじゃないのか? その経験があって、なんで「食べて応援」「風評被害」「教育勅語」「テロとの戦い」なのか?

「あんたら馬鹿ぁ?」と叫びたい気持ちの裏には、経験にもとづく英知を分かち与える存在であって欲しいのに、現実には、権力の垂れ流す情報を鵜呑みにするゾンビばかりじゃん! という残念な気持ちがあるわけですね。

隠居して、好きなことをして、ごろごろするのは結構なことだけど、すべてのしがらみから離れた、大極的なところから国や世界を見て、子供たちや孫たちの未来をよくするための知恵を働かせないで、いったいどうするの?

NHKや新聞の言うことを鵜呑みにしてきた結果、自分の頭で考えることもできなくなっているのかな? NHKや大新聞が内閣府によって情報統制されている、という状況変化に対応しきれないのかな?

まあ、個人的には、数十年前にお世話になった恩師が、森友学園がらみで登場していてひっくり返っているところです。教育評価や自己意識論(まさにエリクソンですね)が専門で、自己教育力やトランスパーソナルについて議論していたのに、数十年を経て森友の愛国教育に行きますか?

いや、人間、長いスパンで見ないとわからないものです。批判を浴びている30代女性だって、どこで大化けするかわからないですよ。でも、70代の親が病気もせずに徘徊もせずに、うるさいこともいわずに、健康でいてくれる! というのは本当にありがたいことなんですがね。

存在していてくれるだけでありがたい♪ という生き仏のような存在になるには、それなりの長い年月をかけた仕込みが必要かもしれません。このまま行けば、日本は「分かっていて声をあげなかった存在」として、老人がさげすまれ、罵倒されるような日がくるかもしれません。

戦後の公害やら環境問題を巡るすべての教訓が生かされていれば、311後の人為的な放射能拡散、被曝拡散はありえなかったし、日本の近現代史を肌で感じて学んでいて、特定秘密保護法案や共謀罪を成立させるなんてこともありえなかったと思います。

結局、我が身がかわいいだけなんでしょう? その親にして、その子あり。それだけのことなんじゃないですか? 50年後の子孫がかたわになろうが知ったこっちゃない。今、金が入るのが重要だ! という精神が、この21世紀を迎えた日本に、広く行き渡った?! ということでは?

Posted by hiyaase at 2017年04月11日 15:45
>>戦時中の経験から始まって、敗戦、安保闘争、水俣病、森永ヒソミルク、チェルノブイリ、湾岸戦争、イラク戦争などなど

おお、すべて、私を通り過ぎている!
私はなんの被害も受けなかった!!(おお!)
笑っていれば、災禍は通り過ぎるのだ。
わっはっは。
♪世俗はいいとこ、一度はおいで。
みんな、はみ出し者にならないように、しっかり徒党を組んで、笑って生きていこうぜ。
というのかな。

Posted by hiyaase at 2017年04月11日 19:08
今の時代に新聞の投書欄に投書しようという人は珍しい人たちでしょう。
まして、若ければツイッターでもやるでしょうから。

ということは、これは数少ない投書しかないからボツにできなかったか。
ボツにする判断もできない社員しか担当部署にいなかったか。
あるいは、創作か。
いずれにしろ、さびしい時代でしゅなあ。

Posted by ぷう at 2017年04月11日 20:57
ははは! その調子で放射能も笑ってやり過ごしてください(^-^)

やり過ごせなかった胎児は生まれる前に死に、子供は成人になる前に死に、若者は還暦前に死ぬでしょうけど、そういう人たちは「私の世界には存在しなかったから、関係ない」んでしょうね。

いや、そういう生き方もありでしょう? 精神健康上は、自分に関係のないことに腹を立てたり、悩んだり、悲しんだりしないで、笑って愉快に過ごすのが一番。まあ、だいたいそういう人の身近にいる人は狂いますけど。

いやいや、ほんと、なんでもありですよ!?

Posted by SY at 2017年04月11日 23:00
エリクソンの第8段階を生きて発信できる人は殆どいないと思います。今の商業メディアに載ること自体、第7段階の所業でしょうし、世の中のすべてがそこで停滞している。

課題として重く、他の競合を抑えて露出するのは至難です。かろうじて実践できているのは、天皇陛下と瀬戸内寂聴さんぐらいだと思います。(極端に偏った私見)

逆に言えば、第8段階は未開拓で、もっと充実発達させる余地があるのだと思います。人材がもともと量的に少ない生き残りの集団なので限界ありまくりなのですが、人類の最後の発展と成熟はここにかかっていると思います。

Posted by ぷう at 2017年04月12日 12:05
確かにそうですね(>_<) ピアジェの認知発達理論でも、形式的操作期=論理的思考の段階に達しているのは、成人の15%? みたいな調査結果を見た覚えが。コールバーグの道徳性発達理論でも、超慣習水準に達して、そもそも何のためのルールなのか? ルールがその目的を成就しないなら、ルールそのものを変えるべきではないか? というレベルまで達している人たちは、ごくわずかだったような?

うーん、人類の進化段階を過大評価しすぎなのかな? せめて目標は高く持たないと! なんて思ってしまうんだけど、その目標に照らして他人を評価するのはやめた方が良さそうですね。他人に厳しく、自分に甘く(>_<) をモットーに生きてきましたが、他人にも自分にも甘く、に変えましょう。と言っても、年下には甘いのに、どうしても年上には厳しくなっちゃうんだよなあ('-'。) hiyaaseさん、ゴメンなさいねm(__)m

Posted by hiyaase at 2017年04月12日 17:05
笑っていれば災禍は通り過ぎるのだと
いうのは
皮肉ですけど・・。

おいおい。

Posted by hiyaase at 2017年04月12日 19:22
水耕栽培とは・・・。
ぶったまげるわ。

70歳代後半・・・
ああ、そこまでいったら、何もしないでゴロゴロしていたいなあ。
熱望するね。
ゴロゴロがいいわ。

ああ、
ジョークでも言ってないと
やってられないなあ。。。

Posted by ぷう at 2017年04月12日 20:33
最後の、というかな、を見落としてレスしていたので。いや、現実世界でずくなしさんのようにインタビュー調査をしてみると、まさにそういう方が多くて、嘆息することが多いので、思わず皮肉に皮肉で反応してしまいました。

安倍さんの支持率が下がらないのも、そういう方々の熱い? 支持があるからかもしれません。その割に、安倍さんの背後にいる日本会議とか、統一○会とかを知らないし、創○学会の池田先生は朝鮮とつながりがある方だよ! と言ったら目が点だし?

放射能の問題もそうですが、どうも長年に渡ってウォッチし続けていないと、そういう情報というのは入らないのかなあ? 被曝の問題だけでなく、政治、宗教、経済、あらゆる面で情報が統制されているのかもしれませんね。「統制」と気付かない形での統制、忖度? や自己規制による統制が、一番、怖いかもしれません。

これから起こる情報開示に、日本人はついていけるんだろうか? まあ、周りに流されやすいだけに、赤信号、みんなで渡れば怖くない? の世界かもしれませんが、果たしてそれでいいんだろうか? という気もしないではなかったり。

前世紀、大学の恩師ともそういう議論をしていて、確固とした自我を確立した上で、それを否定して超越する「トランスパーソナル」な自己成長の在り方というのは、自我が弱いというか、関係的な自我の束のような自己意識を持つ日本人にはフィットしないのではないか?

自我を確立しないまま、スルッと超越的なありように抜け出す、バイパスみたいなものがあるんじゃないか? みたいな議論をしていたものです。でも、それは「トランス」とは言えても、「トランスパーソナル」とは言えない、日本人に独特の自己成長あるいは自己超越のプロセスになるんじゃないか? あたりで、話が終わっていたような。

その後のオウム真理教事件、心の時代(という名の自己責任論)、そしてスピリチュアル・ブームと続くなかで、どうもそういう問題意識は語られなかったような気がします。いや、その辺、というか、21世紀に入ってからの議論については勉強不足で(ToT)

で、最近、喜寿を越えてヒップホップを聞きはじめた父が、「スマホが神になる」という宗教学者の島田裕巳さんの本を貸してくれたのですが、東大の早野教授の原発事故後のネットでの情報発信を評価していて、ひっくりかえりました。

この方は、オウム真理教事件のときに、いろいろな誤解? を受けて苦労された方ですが、今度は原子力真理教に騙されている? ということは、オウム真理教に騙されたのと共通する、なんらかのメンタリティーがある? ということなのか?

おそらく、教団言うことを鵜呑みにすることからオウム真理教の研究をしたのと同じように、原子力真理教の教祖さんの言うことも鵜呑みにしてしまったんでしょうね。

そこが宗教の教義や実践、教団組織を科学的に? 研究しようとする宗教学者が陥りやすい罠なのかもしれません。というか、その教えや実践が本物かどうか審神する能力がなく、また、自分の意識や経験に照らして判断する能力もないまま、そういう世界に踏み入ってしまうと、どうしても熱烈な信者になってしまうか、あるいは逆に熱烈なアンチになってしまうか、になってしまいます。

冷静かつ客観的に、と言うとまた違ってくるのですが、信者にもならず、アンチにもならず、宗教を研究するには、教祖の存在や教義を所与の絶対的なものとは見なさずに、教祖が実際にどんな生き方をしているか? 教義にしたがって生きている信者さんたちが、現実のなかでどう生きているのか? 本人も周りの人たちも幸せなのか否か? を見なければならないのでしょう。

なんか話に収拾がつかないんですが ε〜(;@_@) 過去の苦い経験を踏まえて、本来なら原子力真理教を宗教学的に分析しなければならない方が、原子力真理教マンセー、「早野氏の冷静なツイートを追うことで、原発の事故が今どのような方向にむかっているかを確認していった。信頼できる人間の目を通して伝えられる情報というものは、安心感を与えてくれる。その点では、私はそれに大いに助けられた」(「スマホが神になる」島田裕巳著 角川新書 p.188)で、思考停止というのが、日本のアカデミズムの現状なのでしょう。

二十数年ぶりに考えてみても、おそらく、プレ・パーソナルからスルッとトランス・パーソナルな意識状態あるいは存在になる抜け道なんていうものは、存在しないのでしょう。

超越的な何と対等にやり合うための土台として、自我を確立することは、自己成長そして自己超越のための必須のプロセスなのでしょう。それが会社のなかで、家庭のなかで、学校のなかで、行われ得るのか? どうも、そのことを意識しないかぎり、現代の日本社会では、自然に自我が確立されるということは、ないのかもしれません。

言い換えると、それと意識しないかぎり、日本人は大人にはならない? ということかな。実は、そのことがオウム真理教をはじめとする新興宗教が日本で跋扈し、ついには政治や経済を牛耳るに至った背景であり、同じく原子力真理教が政治や経済のみならず、学問や教育、医学まで支配するに至った背景かもしれません。

ぐらいのことは書いているんでしょうね? 島田先生?

Posted by ずくなし at 2017年04月12日 20:48
私の街頭インタビューでは、女子高校生に道を聞くのと、30代半ばくらいの女性に放射能問題を話すのは控えています。
とんでもない道を教えられて迷ったり、あまりの礼儀のなさ、自己過信、独善性、非科学性に暗澹たる気持ちになるだけですから。

Posted by lemon at 2017年04月12日 22:31
あえて、書きます。

「いじめ」は絶対にだめの教育をしっかり受けた
世代はせいぜい、50代前半程度、
以降の世代は「いじる」の言葉などに抵抗なし、
これぐらいの物言いは何とも思わないかもしれません。
思いやりなどに欠け、残念ですね。

この父親、70才代後半、
そこそこの企業戦士だったようで、
地位もそこそこ、
退職後、ジムに行って、料理を振る舞うなど、
いかにも、収入、年金もそこそこよかった世代、
ただし、家庭はほとんど省みず、
プライドが高いとあり、
会社ではそこそこ威張れたと言うこと、
それが身にしみているのでしょうね。

さてさて、現状はパソコンでゲームをしては、
テレビを見ながらごろごろ、
家族は心配し、外出に誘えば
足が痛い、疲れたなど言いだす始末、

典型ですね。

残念ながら、75才を過ぎると
さすがに心身能力の低下の速度は
ほとんどの人が急加速するようになります。
ちょっとした入院などで
あっという間に寝たきり、
特にこの威張り散らす企業戦士タイプは
たちの悪い認知症になりやすいようです。

質のよい、優しい介護をなど、よく標榜されていますが、
残念ならが介護の沙汰も金次第のようです。
月30万以上、しかも、10年、20年、それ以上、
払い続けられますか。

その現実を考えれば、70才代後半とのことですので、
一日でも早く、頭、身体を使う機会を増やす、
習慣づけしなければならないと思います。

綺麗事ではすみません。

繰り返しますが、医療、介護の沙汰も金次第になりつつあります。

この投書の言葉遣いなどに関しては
お怒りの念もごもっともですが、
現実はそんなに甘くありませんよ。

追伸

この父親、家族にやさしく接してきたのでしょうか。
男は外に出れば7人の敵がいる、
俺のおかげで家族はこの生活が続けてこれたのだぞなど、
強弁するタイプですと、この投書のように扱われちゃうでしょうね。
男はつらいですが。

Posted by ぷう at 2017年04月12日 22:32
いやあ、ゲロッとうだうだ考えていたことを吐き出してみて思い至りましたが、私の場合には、こういう思考の枠組み、発達段階論そのものを手放さないといけんですね。

そもそも、発達段階論的な考え方を持ち込んだ時点で、スルッと抜け出すバイパスみたいなものを想定せざるを得なくなりますが、発達段階みたいなものを最初から考えなければ、バイパスも何も、その人が通った道が正道ということになりますね。

まあ、観察されるデータを類型化やステップ化して理論を構築して、今度はその理論に適合するデータを集めて、理論の精緻化を図る、という人文科学の方法論そのものが、恣意的であり、認識に限界を設けてしまう、ということなんでしょう。

では、どうやって人間を理解するのか? その心、意識を理解するのか? やはり、相手になりきることを通じてになるのか? パソコンモデルの意識論なら、パソコンAがパソコンBになりきるには、パソコンAからフロッピーディスクでデータを取り出して、パソコンBに移してみる? 僅かなデータを少しずつ移すしかないし、移している間にも相手のありようが変わってしまう(観測者問題?)ので、結局、完全かつ包括的に理解することは不可能? という話になるでしょう。

でも、ネットでつながったパソコンなら? スノーデンさんではありませんが、相手のパソコンを乗っ取って、相手をそのまま体験する? なんてこともできちゃうかもしれません(良い子は真似しないように♪)。そういう次元に開かれると、従来のパソコン人間学? は、ほとんど意味をなさなくなるかもしれません。

まあ、秘密のお部屋というか、パスワードがないとアクセスできない無意識はどうするの? という話になりますが、破られないパスワードなど存在しない? という前提で、秘密のお部屋はなし! みんな変態!? じゃなかった、おっぴろげで隠し事なしの世界になる?

そうなると、まあ、フロイト派とかユング派のセラピストは、晴れて失業ということになりますが、まあ、人類の意識進化の未来は、そういう方向ですね?! 

なにもかもマルッとお見通し、すべてミラレパ? の世界が楽な人たちは、喜んでそういう世界に行き、そういう意識を装備するし、「マルッとは、恥ずかしい(->_<-)」という人たちは、従来の潜在意識、無意識というアタッチメントのついた意識を装備して、従来通り、隠し事あり、陰謀ありまくりの世界に行くし♪ 
まあ、どっちに行くかは、好みの問題かもしれませんね♪ おお、これでスッキリ! もちろん私は、「見て見て♪」の方なので、露出狂の変態さん達のパラダイスへ♪ コズミック・ディスクロージャー、情報開示というのは、そういうことですね。いや、本当にそういうことなのか?

というわけで、国家レベルで言うと、安倍政権は人類の進化の方向に逆行してるんですよね。なにもかもすべてマルッと情報開示! の趨勢のなかで、特定秘密保護法? ただでさえ秘密の多いくになのに、さらにどろどろしたものを無意識に抑圧してどうすんの? 国がノイローゼになるぞ! って、とっくの昔になっていました(>_<)

まあ、国を癒すためにも、秘密を暴露して、後ろ暗いところを明るみに出すことが必要なんですが、そうなるとやはり、アトミック・ディスクロージャーは不可避なんですよね。しかし、いまさらどうやって本当のことを白状するのか? ババを引くのは誰か?

うーん、考えただけでも、僕は途方に暮れてしまう(-_-)

Posted by SY at 2017年04月13日 02:13
トランス・パーソナルへの道は既にユングが用意していると思います。それを現実に実行しているのは、学問の世界ではなく、占いやサイキック・リーディング、ヒプノ・セラピーといったオカルトの世界です。ネットにもその入り口がありますが、現実との乖離を埋めるには、やはり人と人との直接の出会いが必要のようです。

多くの日本人は探求をしません。それは探求の仕方を学ぶ機会が無いせいもありますが、効率の面から無駄の無い学習を重視しています。その弊害、副作用として、日常生活に追われ娯楽に溺れるだけの普通のオジサンやオバサンが出来上がります。いわゆる愚民、為政者には好都合な特性を持った人たちです。

ネットを使い、探求し、人と出会い、さらに探求する。それができれば意識の殻を破り脱出できますが、使おうと思えば使えるネットでさえ、どれだけの人がまともに使っているのか疑問です。
多くの人は死ぬまでそのまま、今後の多死化社会では不都合な情報の廃棄システムとなって行くのでしょう。年金もらって口封じとは、なかなかなシステムです。

Posted by hiyaase at 2017年04月13日 19:46
もうすぐ40歳の娘がまだ嫁に行かないのだから
ふてくされて寝てるのがいちばんだろうな。
ひょっとしたら、この娘は90歳までいるんじゃないか。

Posted by ぷう at 2017年04月14日 12:55
個人的には、lemonさんの意見に賛成です。以前の職業柄、親が子供たちが必要とするもの、温かい関わりや家庭のぬくもり、家族がただそこにいるだけで感じる安心感や幸福感みたいなものではなく、世間が子供達に必要だと言うこと、たくさんのおもちゃ、高額のお小遣、豊かな暮らしを与えてくれた結果として、壊れてしまった若者たちをよく見ました。

広い立派な家に帰っても誰もいない、一緒に晩御飯を食べることもない、最新のゲームを買い与えられて、親に今日あったことの話も聞いてもらえない。

外では優秀な企業戦士、あるいは生徒に慕われる熱心な教師、もちろん家族にも優しいのだけど、いかんせん家にいない。子供達が寝た後に帰ってきて、起きる前に出勤する。そのおかげで、豊かな生活ができて、高い学費を払ってもらって学歴をつけて、一流企業に入って、家庭を持って、自分と同じような寂しい子供達、どこか壊れた子供達を再生産する。

確かに、今の年金世代は、よく働き、よく頑張ったのだと思いますが、それは世間の基準に照らしてであり、子供達の基準、日常的な家庭的関わりのなかで子供達の心を育むという面では、足りない面もあったかもしれません。

まあ、そこまで甘やかさなくても、育つ子は育ちますが、大事なところ、エリクソンの発達段階論で言えば、初期の基本的信頼や自律性、勤勉性の獲得、言葉以前の感覚として身につけないといけないところが、親の不在や知識偏重の関わりによって欠落してしまうと、後で厄介なことになることもあるようです。

この親にしてこの子あり、ではないですが、こういうコメントをするように、結果として育ててしまった親の方にも、課題はあったのでしょう。ここをスタートラインにして、親子の関わりをどう変えていくか? それこそ、親が倒れて看病するなかで、お互いの見方が変わるかもしれませんし、まあ、最後まで何が起きるかわからないのが人生です。

私の目からすると、孫にお年玉をあげるのもいいけど、孫の基本的人権を守り、軍需産業の在庫一掃セールのための戦争に行かせないように、そして何よりも放射能被曝から守って健康な人生が送れるようにしてやるのが、老い先の短い知恵ある者の勤めだろうが! と、やはり、ぶつぶつ言いたくなってしまうのですね。

残念なことに、若輩者がこういうことを言っても、反発して聞く耳を持たない方が多いので、ここはぜひ、ご高齢の人生の先輩方に頑張っていただいて、同年輩の方たちに啓蒙していただきたいものです。

とか何とか言いながら、私も年上の方たちに、喧嘩を吹っかけていますがm(__)m

Posted by hiyaase at 2017年04月14日 14:56
>親に今日あったことの話も聞いてもらえない

私の同期で、そんなことしてもらった奴はいないはず(笑っちゃいました、失礼)。
誰からも聞いたこともない。

私なんか、自分の誕生日も祝ってもらったことはない。

親は家で威張っていて、子供が間違ったことをすれば、
ぶん殴っていただけ。

それがイヤだからみんな早く家を出るのが楽しみで、
親を乗り越えようとして、自立した。
そうしない家庭は、ベタベタするから子供が自立しない。

時代が変わったなあ。

Posted by ぷう at 2017年04月14日 20:29
そう、hiyaaseさんの年代の親は、大概、そういうふうに言います。そして、子供がおかしくなると、金だけ払って専門家に任せて、治らなければ文句を言い、治れば自分が治してやったみたいな物言い。

ただ、「親なんてそんなもん! 分かって欲しいとか、変な期待をするだけ無駄!」と悟って、遅まきながら自立する人もいるので、そういう態度、突き放しが悪いわけでもない。

ただ、老後、動けなくなったときに優しくしてもらうとか、そういう期待も、捨てた方がいい。まあ、面倒を見てくれるだけでも虐待されないだけマシ?! くらいなところで考えた方がいいでしょう。

hiyaaseさんたちの年代は、大家族のなかで兄弟同士でわいわい過ごしたり、あるいは外へ出れば友達同士でつるんで、家には飯を食うのと寝るので帰るだけ? みたいな生活だったのでしょう。

私が子供の頃は、ちょうど端境期で、最後のガキ大将が消えて、ファミコンやゲーセンが流行りはじめ、外で友達とつるんで遊ぶ子供たちと、自分の部屋でゲームをしたりテレビを見たりする子供たちの数が逆転していった時代。そして、その後は? 外で遊ぶ子供たちの姿を見かけなくなって、「いったいどこで何をやっているんだろう?」みたいな。

まあ、そういう子供の置かれた環境の変化もあるし、イジメや不登校といった問題が語られはじめ、さらに発達障害や学習障害というくくりで、昔なら地域や家庭での関わりで処理されていたような問題が、病気や障害というくくりで理解されるようになり、専門家? のケアを受けるべきことみたいな、よくわからん流れに。

まあ、うだうだ言っても仕方ないのですが、要するにあなた方とはまったく違う環境で育った世代に対して、「自分たちの世代はこうだったんだから、お前らがおかしい!?」みたいな物言いはナンセンスだと言うことです。

と言っても、別にそういうことを言うなということではなく、もしあなた方の子供さんがおかしくなったなら、「素直に自分の子育てがまちがっていたか、失敗だったことを認めろや!」ということです。

逆に、自分のお子さんが立派に(どういう基準かはさておき)育ったのなら、おおいに自分の子育て法を吹聴されたらいいと思います。正しい子育て法があるわけではなく、その子に合った接し方ができたかどうか? だけの話ですし、たまたま手のかからない子供だっただけかもしれませんが。

私も、そういう援助に関わるのを辞めて久しいですが、問題を抱える若者と関わりながらいつも思ったのは、「この子が立ち直って社会復帰したとして、親は自分の子育てや生き方を反省しないで、逆に自分は正しかったと思い込むだけだとしたら、親との関わりで傷ついたと言っているこの子たちの思いはどうなるんだろう?」ということでした。

それは、その親のためにもならないんじゃないか? この子を援助して、家庭的な関わりのなかで立ち直らせても、金さえ出せば何とかなる? という親の考えをさらに補強するだけで、この子がもとの家に戻って暮らしはじめても、改めて傷つくだけじゃないのか? なんてこともよく考えました。

引きこもりやら何やらの若者たちが社会復帰できるように援助するのに、どれだけのエネルギーがいるのか? しかもそれで報酬をもらうのではなく、すべてボランティアで、自分のなけなしの収入も持ち出して関わって、その子が良くなったら親達は「自分たちがお金を出してやったから!?」と、さらに自分の従来の生き方や価値観を補強する。

「これはやってられないわ! それだったら遅まきながら自分の好きなことをしよう♪」と思って、大きく方向転換した? と言うと格好いいんですが、実際には、「ああ、自分にはこういう活動は向いてないや(ToT) 研究とかしても、自分の才能ではとてもじゃないけどやっていけそうにないし、このまま行けばますますつぶしが効かなくなるし! それなら、思いきって自分が本来やりたかったことをやろう♪」と思って、現在に至るわけですね。

というわけで、ぷう博士、頑固な老人、すぐに自己保身に走って、決して自己否定しようとしない老人には噛み付きますが、甘えた若者を援助したり、相談に乗ることもありません。というか、上も下も敵に回しちゃっていいのか? イジメないで(>_<) みたいな。

いや、こういう経験や経緯を踏まえながら、同じような構図を311以降の原発や放射能の問題を見ているんですよ。何か飛躍的な宇宙人の新技術で、放射能汚染の浄化のみならず、内部被曝による諸症状が癒されるようになったら、どんなにいいことだろうか? 

でも、そうなった結果として、原子力村の人たちが反省しなかったら、そういう技術の存在をよいことに、ますます原発が増え、放射能汚染が増え、「コスモヒーリングマシンで治したらいいじゃん♪」ということで被曝も増える? なんてことになったら、本末転倒じゃないのか?

「治療」ということを考えるときに、「病気を治すことが、本当に解決なのだろうか? 病気を治すことによって、本人と家族は本当に幸せになるんだろうか?」ということも、考える必要があります。

かのナイチンゲールさんに、「すべての病気は回復過程である」という言葉があって、その意味を考察するだけで、論文が一本書けてしまう? という世界ですが、病気や問題がその人の人生に対して提起している実存的な意味? にまで目を向けると、病気や問題の背後にある不調和、あるいは自己否定によって飛躍的に成長すべき行き詰まった状況を指し示してくれている、という意味では、目に見える症状や問題として表れていることそのものが、人生の回復過程のはじまりである? みたいな見方もできます。

さて、原発問題、「食べて応援」問題に、いかなる意味があるのか? それを「回復過程に至るためのシグナル」「否定的に乗り越えるべき課題」として認識することができるのかどうか?

いや、もう本当に歳の行った人たち、特に社会的に成功された人たちは、何を言っても変わりませんから。物分かりのよいことを言っていたとしても、それすらそういう自分をアピールするための見せかけだったり。そういう意味では、ここのご老体がた? の、歯にモノ着せぬ正直かつ独善的な物言いというのは、非常に貴重だし、なんらかの理解や創造の余地を残すものかもしれません。

まあ、そういう方々の尻拭いはもうたくさんなんで、「勝手にしやがれ」なんですが、そういうジュリーが脱原発で頑張っていたりするので、ステレオタイプでものを言うわけにもいきません。

でも、あなた方の負の遺産、原発と放射能、いったいどうすんの? すべての子供たちが病気になり、死ぬまで、「食べて応援」させるの? 他の世代に文句言う暇があったら、自分らの世代の責任で、原子力村を何とかせいや!?

いやいや、世代間の対立を煽って、安倍さんをウホウホさせてどうすんだ? という話ですが、まあ、その辺が本音だったりします。充実したシニアライフ? おおいに結構ですが、下の世代はおおいにシラけてまっせ? というか、シラケる余裕もなく、日々の暮らしに追われて、内部被曝を蓄積して、出口のない袋小路に入り込んでいる、と言うべきか?

まあ、いずれにしても、自分がしたことが返ってくる。しかも、それは自分の「してやった」基準ではなく、相手が「してもらった」基準。まあ、そういうギブ&テイクを卒業して、与えることに喜びを感じるような子に育っていればベストかもしれませんが、それには自分がギブ&ギブで背中を見せていないと無理でしょうね。

自分の、そして自分の世代の成功体験にしがみつかずに、他の人の、そして他の世代か置かれてきた環境や経験にも耳を傾け、目を配る。それができて初めて、貴重な経験や知識が知恵として相手に伝わるんじゃないでしょうか?

いやもう、またうだうだと、いらんことを(-_-) 「詰まらぬものを斬ってしまった」ならぬ、「詰まらぬ言葉をひってしまった」みたいな感じですが、どうせ伝わらない相手に、無駄なことを書いてしまいました。しかし、無駄なことはないんですよね♪ こちらの意図と外れても、届くべき言葉は、しかるべき時に、しかるべき存在に届く。

そういう根本的な信頼がないと、書きつづけられませんよね? ずくなしさん? って、最後、人に振るか? Σ( ̄ロ ̄lll)

Posted by hiyaase at 2017年04月14日 21:10
>ただ、老後、動けなくなったときに優しくしてもらうとか、そういう期待も、捨てた方がいい

そんなこと思っている奴には会ったことないです(爆笑)。
そんなアホは、社会のどこにいるんでしょうね。
もし居たら、嘲笑されていますよ、どこかで。

>外へ出れば友達同士でつるんで、家には飯を食うのと寝るので帰るだけ? みたい
な生活だったのでしょう。

家に帰るのは門限は17時まで。これは厳守しないといけない。
18時すぎて表にいる奴はゼロ。
都会でなく人口20万くらいのいなかでしたが、近所の家も同じ。
18歳になったら、男はとにかく家を出て自活する。
18歳で家を出ない奴は、ろくでもない男だけ、というのが社会常識でした。
もちろん、今の時代は60万人と言われるひきこもりは、私の若い頃はゼロでした。

どうしようもない奴は、親の仕事を形式的にしろ、8時間労働に満たなくても手伝っていました。
それもしない奴は1人も知りません。

それから、70代が家でゴロゴロしてると言っても、それは戦前派か戦中派でしょ。
前も言いましたが、私は戦後団塊の世代です。
団塊の世代と戦中・戦前派は、民族や人種が違うくらい考え方が異なっています。

そして、前にも言いましたが、この世代は5種類くらい存在して、
5種類がそれぞれ違います。
多様性の世代の始まりです。(世代を経るごとに少しずつ多様性は失われていきましたが)。

だから、前も言いましたが、あなたがたの世代は戦後団塊の世代の多様性を、決定的に理解できないと思います。何も発言する権利はないほど知らないようです。

われわれでも、誰も自分たちを本などで書いて総括できないほど複雑なんです。
そもそも多様性の別の群の連中に、総括するほどの興味すら持ってないし(笑)。

上の世代の堺屋太一が団塊の世代論で本を書きまくって売れましたが、中身は非常に中途半端なものです。

赤軍派と中核派とボブ・ディラン派と普通の団塊世代のやくざなおっさんたちとの違いなんて、きっと別世代の人には分からないでしょうよ。

だから、もう語るのをやめます。
こんなこと簡単に言えたら、私がベストセラーを書けますよ(笑)。

Posted by ぷう at 2017年04月14日 23:49
hiyaaseさん、直球ど真ん中のレスをしてくれてありがとうございます。これは皮肉ではありません。お互いに正直に言いたいことを言い合うところからしか、新しい気づきは生まれないと考えるからです。

hiyaaseさんのことだから、絶対に自分が間違っていたとは言わないだろうし、ましてや「君の言うことにも一理あるね。でもね、、、」みたいなことも言わないだろうと信じていました。まさに、根本的な信頼感です。そして、自分(の主張)を守るために、あらゆる論理を駆使して、「あなたは間違っている。私の言うことが正しい」と言うだろうなあ、とも思っていました。

それがいけないということではなく、本質的な問題を明らかにするには、まさにそういう真っ正直な言葉、反応が必要でした。そして、こういう反応、この日本でよく見かけませんか?

「日本の原発は安全だ。メルトダウンはありえないから、津波・地震対策はいらない」

実際に地震と津波で原発が水蒸気爆発しても、「メルトダウンはしていない。放射能汚染も、直ちに健康に影響はない」

メルトダウンが隠せなくなると、「アンダーコントロールだから問題はない」

セシウムが問題になると、「放射能は実は健康にいい」「食べて応援しよう」「内部被曝云々は風評被害だ」

そして、国民の脱原発の声が高まると、「原発再稼働しないと電力が足らなくなる。書類上の安全審査を厳格化し、異を唱える地震学者や火山学者は排除したから、原発は安全だ」

どこまでも自己保身して、自らの一番最初の誤り、「日本の原発は地震や津波でもメルトダウンしない」という原子力神話の誤りを認めて、謝罪して、責任者に刑事責任をとらせるということをしない。

何を言われても、また、どんなに都合の悪いことが起きても、「自分には非はない。想定外の天災のせいだ」

そして、自分の間違い、誤り、失敗を指摘する者に対しては、あらゆる手段を使ってつぶしにかかり、自分が加害した被害者たちには、お金や補償を与えて黙らせる。挙げ句の果てに、自分の加害責任を棚に上げて、自主避難さた被害者を自己責任呼ばわりする。

いや、hiyaaseさんがそうだと言うわけではありません。実を言えば、こお書きながら自分の身がつまされて、文字通り心臓バクバク、心苦しいのですが、言いたいことは、そういう自己保身のためにはなりふり構わない、エゴイスティックな心性が、原子力真理教の中の人たち、あるいは戦前回帰を目指す安倍政権や日本会議の人たちと、根本的に共通していないか? ということです。

「原子力真理教」と揶揄するのも、ゆえなきことではなくて、「わたしは悪くない♪」というテーマソング的にも、批判者や告発者をポワして口をふさいでしまう手口も、そしてポワすることは被害者のカルマを浄化するよいことなんだ! と信者を洗脳するやり方も、オウム真理教と共通するように思うからなのです。

この期に及んで、自己批判も自己否定もなく、原発再稼働のみならず、核兵器の使用反対という国是までひっくり返す原子力村と安倍政権の姿を見ていると、目の前で息子や娘が苦しんでいても、頑なに自らの非は認めず、うちの子に限ってそんなことはないと言い張り、少し良くなってくると自分の手柄のように家庭に戻して、再び、ご自分のやりかたで息子や娘をぐちゃぐちゃに傷つける。そういう親御さんたちの姿がフラッシュバックして、「もしかすると、これは世代的な心の問題なんじゃないだろうか?」と思うようになってきたのです。

そのぼんやりとした気づきが、hiyaaseさんとのやり取りのなかで、実感を伴った言葉として形になってきたわけです。そして、臨床的には、自己保身に走り、自らの失敗や誤りを素直に認めることも、謝ることもできない存在が、実は一番傷つき、病んでいる? ということも考えられます。

実際、うちの父親が軽口で家族を傷つけるようなことを言って、しかもそれに対して家族が腹を立てても素直に謝れず、でも「悪いことしたな!」とは思っているので、その後でご機嫌を取ったり、プレゼントしたりするのだけど、家族はますます不愉快になるか、腹は立っているのに贈り物には感謝しないといけないというダブルバインド(二重拘束)にハマって狂ってしまう!? ということが、30年ほど続きました。

還暦を大幅に越えて、間違ったことをしたり、その気はなくても相手を傷つけるようなことを言ってしまったときに、ちゃんと非を認めて「ゴメン、俺が悪かった」と謝れるようになったので、人間というのはどんなに歳をとっても、自分の殻を破って成長できるんだなあ?! と改めて親父を尊敬し直したりしています。もちろん、口には出さないけど(〃д〃)

放射能汚染で家や土地を奪われた被災者に、自らの非を認めて、きちんと謝罪して、責任者に責任をとらせて、同じ過ちを繰り返さないように手を打つべきところを、補償名目でお金を渡して被害に対しては黙らせて、果ては汚染された故郷に帰還しないと補償金を打ち切るぞ! と脅す。

あるいは、汚染した食べ物の生産・流通に補助金や補償金を出して、被害者を共犯の加害者に仕立て上げて、自らの間違い、責任を回避するために利用する。

過ちを認めて、謝罪して、行いを正すという、ごくごく当たり前のことをするかわりに、責任を回避し、既得権益を守り、自らの崩壊した神話を存続させるために、お金をばらまいて、さらに汚染を拡げ、国民の被曝を拡大させる。

加害者から、謝罪を受けるかわりに、責任回避と過ちの隠蔽のために、被害をなかったことにするために、被害者がお金を受けとる。ちゃんと非を認めて「ゴメン」と言えば済むものを、謝れないためにご機嫌取りをして、自分も疲れ、相手をさらに怒らせるか、狂わせる。

最近、福島県と福島県民について心配しているのは、ダブルバインドどころか、いろいろなやり方で被害隠蔽のための口止め料と、さらなる加害援助金を渡される?! というマルチ・バインド(多重拘束?)のなかで、集合的に発狂してしまうのではないか? ということ。発狂を避けるためには、加害者に対してはぶちキレて、きちんと謝罪させて、責任をとらせた上で、被曝回避という合理的な対応策をとらせるしかないのですが、どうも入ってくるお金の額が多大なせいか、まだまだそうはならないような感じがします。

家族病理というか、世代的な集合的意識のあり方に、今の日本の国家的な病理、その表れとしての原子力真理教と戦前回帰の動きに通底する、根本的な心性があるのではないか? ということ。hiyaaseさんの個人的な問題ではなくて、hiyaaseさんの真摯なコメントに触発されて指摘することができた、集団心理的な問題です。

そして、もし臨床心理学的な見方に立って、この自らの非を認めてきちんと謝罪し、責任をとり、過ちを正すことのできない、深く傷ついた存在として、原子力村を見立て、安倍政権や日本会議を見立てるなら、その過ちや責任は見逃すことなく、いかにしてその深く傷ついた心を癒すことができるのか? が、これからの日本の課題になるかもしれません。

実は、そこをすっ飛ばして、コズミック・ディスクロージャーもへったくれもないだろう? とも思いますし、パックス・ジャポニカとか縄文回帰とか、何を寝言を言っているのか? なんていうのは独り言です、むにゃむにゃ。

国会での安倍総理の痛々しい答弁を見ればわかるように、深く傷ついたというのは、発達的には乳幼児期のトラウマへの固着、別の言い方をすると、幼少期のトラウマ的状況のなかで固着して、発達しないまま別人格として無意識に封印されていた内なる子供の心が、そのトラウマ的状況を想起させる目の前の状況をトリガーとして、大人の人格を憑依し、子供っぽい非合理的な言動や行動に衝動的にかりたててしまう、ということです。

国民を代表する総理大臣が自ら、そういう幼児退行的な姿をさらけ出している。しかし、それは実は、問題でありながら、この国、この国民が癒されるための回復過程なのかもしれません。

実は、親子関係で傷つけられた子供達が癒され、自立する契機というのは、自分が親より大人になり、親を自分の子供のように思えることだったりします。

まあ、言い方を変えれば、「ああ、親も一人の人間で、本当に限界があるなかで、家族を養い、自分を育て上げてくれたんだなあ」としみじみ思えたとき、親子関係が問題にならなくなる、ということでしょう。はずかしながら、私でもつい最近の話ですが(〃д〃)

同じように、国民が国をお上ではなく、我が子のように思えたとき、一つのステップアップするのかもしれません。まあ、まさにそこが民主主義を勝ち取ったのではなく、アメリカ様から与えられた日本国民の限界であり、課題なのかもしれませんが。

戦前回帰の動きも、そういう文脈で見るなら、戦後日本への重要な問題提起と言えますが、そこでさらに民主主義を成熟させるのではなく、国民の基本的人権を取り上げて国家的に全体主義に退行してどうする! というのが問題だったりします。つまり、問題の所在を明らかにしているという意味では、回復過程であり成長過程であると言えますが、その解決の方向性が間違っているのではないか? ということですね。

自分の非を認めて謝ることのできなかった父親が、どうして素直に謝ることができるようになったのか? うちの親父に聞いてみないといけないかもしれませんね。

アドラーは、「他人のために尽くせるようになったとき、自然に神経症は治っている」みたいな言葉を残しています。心の病気というのは、もちろん器質的な原因が存在することもありますが、自分のことばかり見て、自分のことばかり考えてしまう、自己中心的な傾向が見られることも多かったりします。

これを「もっと他人のことを考えて、他人につくしなさい」と説教しても、あまりうまくいきません。心の癒し、あるいは成熟の結果として、自分に余裕ができて、自然にすこしでも自分の心から離れて、目の前の他者に目が向き、その心を推し量ることができるようになったときに、まずは周りの人たちが、「あれ? すこし変わった?」と気づいたりするんですね。

これに付け加えて、私が発見したわけではないのですが、「素直に非を認めて、謝ることができないと、本人がおかしくなるか、周りがおかしくなる」という観察もあります。そのメカニズムは今までにお話した通りですが、精神分裂病のタブル・バインド理論を提唱し、80年代のシステム論的家族療法の土台を築いたのは、グレゴリー・ベイトソンです。ご興味の方は調べてみてください、というか「精神の生態学」は、今もって奇書の類いですね。

自分自身も含めて、精神の健康度、成熟度を計る時、実は「他人に自然に配慮できるかどうか?」と、「間違いや失敗をしたときに非を認めて謝れるかどうか?」を尺度にして行動観察すると、あまり外れることがありません。学歴も地位も性別も年齢も関係ありません。簡単に言い換えると、「自他への愛があるかどうか?」と「自己否定して過ちから学ぶことができるかどうか?」ですね。私も、機嫌がよいときはいいんですが、疲れていたり、お腹が減っていたり、どこか痛かったりすると、てきめんダメダメです(T_T)

まあ、原子力村という、精一杯、先端科学の服を着て虚勢を張っている駄々っ子、安倍政権および日本会議というポイントはついているけど明らかに間違った方向に突っ走ろうとしている駄々っ子を、いかにして癒して、みんなが幸せになる方向へ軌道修正するか?

日本という国そのもの、そして国民の集合的無意識を対象とする、一種の精神療法的なアプローチ、もしくは人類そして銀河系の一員としての国家的アイデンティティの確立を援助する、発達心理療法的なアプローチが、必要なのではないか? と、えらい壮大な寝言をぶち上げて、終わりにしたいと思います。

hiyaaseさん、気を悪くされたらごめんなさいm(__)m 私的には、hiyaaseさんのおかげで、最近、もやもや考えていたことが形になって、排出されてすっきりしたので、感謝しています。ありがとうございます。これに懲りずに、話が噛み合わなくてもよいので、またご教示ください。

ちなみに私、ボブ・ディランのアルバムは、「ディラン」と最近2010年以降の作品を除いて、すべて揃えていたので、おそらく、ディラン派の範疇かもしれませんね♪ 今の私は、あの頃の私よりも、ずっと若いです。

Posted by SY at 2017年04月15日 02:47
一つには、結果と向き合う機会を邪魔しないことだと思います。尻拭いしてくれる人がいなくなって、いくら他に当たっても自分しかいない状況、逃げるだけ逃げて限界を知ることは貴重な経験、権利ではないかと

それで、軌道修正するなり、気づいただけであの世へ行くなり、さらなる逃げを打つなり、自分で考えてすればいいと思います。最終的に、お釈迦様の手のひらから逃げおおせる事はできないでしょう。他人が何とかしてやろうなどと、コントロールは無意味だと思います。

ただ、未来に可能性のある自分よりも若い世代には、少なくとも死なないように助ける(甘やかす?)、いい年こいた上の世代には、恥をかき死の淵を彷徨う権利を邪魔しない(突き放す?)のが基本的流儀かと思います。

世代のバリエーションがあるにしても表面的なもの、一皮剥けば実質はそれほど変わらないというのが個人的な経験知です。着ている服が極端に違っても、裸になればたいした違いがあるわけではない。だからどうした、というわけでもありませんが、言語や文化が違っても理解は可能だし、それで十分だと思っています。

まずは自分の尻を自分で拭くこと、他人が気になるのは多分、自分自身から逃げているサインです。もちろん過程としてはそれでいいんですから、まあ、頑張りましょう。

Posted by ぷう at 2017年04月15日 07:25
まあ、そこまでは書きたくなかったけど、うちの親父が変わったのは、家族が狂って手がつけられなくなって、でも精神病院にほうり込んで知らん顔するのではなくて、家のなかで向き合った、よそからの助けも借りながら、自分で自分の尻を拭いたからでしょうね。

被曝させられた国民が狂って、暴れ出さないと、国も原子力村も目覚めないのでしょう。しかも、実はそのことを恐れているから、特定秘密保護法案とか共謀罪とか、強制措置入院に関する法改正とかを、急いだのもしれません。

爺さん、婆さんたちも、自分の息子や娘が先に死に、孫の心身がおかしくなったときには、原子力村の嘘に直面して、自分たちが騙されていたことに気づくかもしれません。もちろん、放射線被曝はないことにしたまま、「なんでこうなったんだろう? 呪われていたのだろうか?」とか何とか思いながら、自分も病み、死んでいくだけかもしれませんが。

今回のコメントは、hiyaaseさんがあ?! とか言いながら、自分の来し方をえぐるようなものだったので、書き終わってすっきりした部分と、改めて自分の至らなさを突きつけられる部分があります。きちんと拭けているかどうかわからない(゚ω゚?) というか、「まだウンチついてるのか?」という話ですが、それでも「自分の尻は自分で拭くぞ!」と覚悟を決めたところから、自分の人生が変わったのは確かです。

でも、その覚悟は、そのときの自分を直視して、その悲惨さを心底味わって、その方向を進み続ければ自分も周りもさらに悲惨になることを悟って、初めてできたものでした。悲惨な状況であっても、そこに理由づけをし続けて、悲惨さを感じず、周りの苦労にも目をつぶれば、その生活を続けることもできたでしょうが、本当に二進も三進も行かなくなって、「私は悪くない♪」という幻想のなかで死んでいたでしょうね。

内なる子供の元型は、ユングが最初に提唱し、ブラッドショーが理論と実践として体系化したものだと認識していますが、傷ついた内なる子供の存在を、絶対的な悪、悪魔のような存在が利用して、その人の人生や人間関係を破壊する、という見方もできます。

前のコメントで、原子力村や安倍政権という駄々っ子を癒して? という書き方をしましたが、その幼児的な心性を利用して、悪魔的な存在が日本という国家、そしてその国民を破壊しようとしている? という陰謀論的な見立てをするなら、背後に隠れている黒幕を徹底的に暴き出して、その影響力を排除する必要があるでしょう。まさにアトミック・ディスクロージャーですが、果たしてそれを穏当なやり方で実行できるのかどうか? 実際に狂って暴れ出さないと、そこが明らかにならないかどうか?

まあ、癒しだのなんだのと、優しい言葉を使いましたが、彼らが今までやってきたこと、そしてこれから起こることを考えると、タダでは済まないでしょうね。還暦過ぎて、いまだにママにケツを拭いてもらいながら、背広を着た幼稚園児という痛々しい姿を全国民にさらけ出している、某総理大臣。「母ちゃん、もうタオル投げてやれよ!」と、最近は祈るような気持ちにもなっています。他人に尻を拭いてもらって、偉そうに踏ん反り返る、、、って、昔の私の姿じゃん( ̄□ ̄;) というわけで、最後まで冷や汗もののコメントでした。

あ、コンピュータのソフトが立ち上がっているときに、いきなり電源を抜く。今はどうか知りませんが、一昔前のコンピュータは、そうやってソフトを破壊してフリーズさせました。人間の心のソフトも同じ原理で、いきなり電源を落とされた時に、自分を取り繕わず、自己保身に走らず、あらわになった自分の心のあり方を、何の判断もせずに瞑想的に見つめ続けることができれば、その心のソフトから脱同一化して、自由になることができます。特定の状況で自動的に立ち上がっていたソフトに関して、一歩踏み止まって、そのソフトを使うかどうかを意識的に決定できるようになる。もちろん、失敗を重ねて練習する必要はありますが。

まあ、そういうことをしてみたわけです。真摯に我がこととして受け止めてくださるなら、これは大サービスなんですが、そうでなければ単なるお節介あるいは嫌がらせΣ( ̄ロ ̄lll)

Posted by hiyaase at 2017年04月15日 11:59
ぷうさん

>ただ、老後、動けなくなったときに優しくしてもらうとか、そういう期待も、捨てた方がいい

>外へ出れば友達同士でつるんで、家には飯を食うのと寝るので帰るだけ? みたい
な生活だったのでしょう。

これがあなたの団塊の世代に対する、あるいは年長世代に対する理解なんでしょ。
全部、完璧に間違っています。
感動するほど団塊の世代の全体に対して無知なんですねえ。言葉がありません。

(私の言っている団塊の世代とは、昭和22,23,24年生まれの3年間だけの人たちのことです=狭義の団塊の世代・ベビーブーマー=親は外国の戦地からの帰還兵が多く、他の世代と人生観や、学生運動など、やったことが全然違っている)

ネットの論争は、インターネット以前のDOSのパソコン通信の時代から20年以上やってきましたが、
これだけ、見当外れなこと書いて謝罪も訂正もなく、
まだ、中身のない長文をダラダラ書き続けることに何の意味があるのでしょうか?
あなたが無知なだけでしょ。

それから、団塊の世代のボブ・ディラン派は、私には興味もないことですが、
私は村上春樹類似の思いを持ちながら青春を送ったグループです。
まあ、これはどうでもいいことですが。また誤解する読者が居たら困るので書いておきました。

Posted by mom at 2017年04月15日 18:17
いやぁ、ぷうさん、みなさん、ありがとうございます。

この話題で殺到した皆さんのコメントの中に、何故か私は、とても引っ掛かるコメントがあって。

分析していったら、実は過去の自分、自分の心を無視して、自分に害を与えていた人間のことを慮っているつもりで、自分を無意識にとても抑圧して、心身ともに傷ついてトラウマになった経験があるのですが、そのコメントの方がそのときの自分を思い起こさせるからだったんです。
投影ってやつです。(あくまで私個人の問題で、私が投影していただけで、その方が悪いとかそういう人だということではありません。)
とても個人的なコメントで全体の流れからちょいとそれて、あいすいませんが。

このご時勢でさっさともっと備えねば、と思っているのに違うことでモヤモヤしてどうすんだと思いましたが、向き合って謎が解けてすっきりしました。

自省、大事ですね。
主相も政治家もしてくれればね。(苦笑い)

ぷうさんのように、自分の全てを人に伝えられる方は強いな、と思います。

ありがとうございました。

Posted by ぷう at 2017年04月16日 01:16
いや、hiyaaseさんのおっしゃる通りでしょう。昨日も、団塊世代ではありませんが、昭和一桁時代の方の話を延々と聞かせていただいたのですが、完全に私の想像力を超えていました。そして、hiyaaseさん、あなたは同じように団塊の世代以外の世代について、まったく理解していない。そのことだけは、自認してください。その認識の上で、何を言っても構わないし、その言葉がさらなる理解を深めてくれると思います。

ずくなしさんにお願いなのですが、hiyaaseさんとのやり取り、そしてsyさんのコメントも含めて、一つの記事にまとめておいていただけませんでしょうか? 

今のところは、私がメタレベルでhiyaaseさんに伝えたかったことは、伝わっていないようですが、そこまで読み込める読者にとっては、非常に有益な教えが、このやり取りのなかに込められています。そして、それはhiyaaseさんの貴重なコメントを抜きにしては、成り立たないものですので、ぜひお願いします。

私がこれまでの人生で学んだ到達点、皆さんに伝えることのできる最高のものが、「だらだらとした内容のない文章」のなかに、そしてhiyaaseさんとのやり取りのなかに込められています。

わかる人にはわかるし、わからない人にはわからない、そういう世界ですが、何しろ非常に重要な内容だと思うので、よろしくお願いしますm(__)m

いや、久々に教師魂? が目覚めた感じで、hiyaaseさんには感謝だし、syさんにも感謝なんですが、一つの核心に触れることができた?! という感覚があります。そして、それは意識の教育の領域のことなので、わかる人にはわかるだろうと。いや、わからんでもいいんです、単なる自己満足の世界と思っていただいたら結構なんですが、何しろ、伝えたかったことはだらだらとした内容そのものではなく、このやり取りのなかで起こったことだということです。

準備のできた方、そのことに関心を持っている方には言いたいのですが、これが自らの心の見つめ方、そして自らの心を支配してきたカルマ・パターンから脱同一化し、その自動的な起動から自らを解き放つための、具体的な方法だということです。もちろん、私のオリジナルではありません。そういう教えの伝統があり、図らずもそれを漏らしてしまった? ということです。不慮の事故? みたいなものですので、参考にされる方は自分の人生に生かしてみてください。残念ながら、これ以上の指導はできません(>_<)

あ、このコメントも解説になってしまったので、記事の締めくくりに使っていただけると幸いです。すでに伝わった方がおられるというのが、非常に嬉しいです(≧▽≦) 
posted by ZUKUNASHI at 02:07| Comment(8) | 社会・経済